第五章 1 幻の樹
俺と鈴原さんに、ペアを組んで魔塊狩りに向かうよう本部から指令が出た。
日曜なので二人共私服だ。デートしているような気分になっているのは……俺だけか。
俺はジーンズに白シャツ。鈴原さんはマウンテンパーカ―にアウトドアパンツで、山ガールといった感じ。左手の怪我も癒えて、万全だ。
「音無君もちゃんとした装備を用意してもらうように本部に言いなさい。揃えてくれるから」
「どこに連絡すればいいの?」
「スマホ持ってる?」
俺はリュックからスマホを取り出して鈴原さんに渡す。すると鈴原さんはパスコードを解いて、自分の電話番号を教えてくれた時のようにまたパパッと番号を登録し俺にスマホを返してくる。
「魔塊狩り支援本部の番号入れといたから。困った時は電話しなさい」
はあ、それは助かります。
そういえば、魔塊狩りの本部はアウトドアメーカーもやってるんだっけ……なら次からは俺も鈴原さんみたいなオシャレで格好良い服を用意してもらおう。
二人共リュックだが、俺の荷物は自分で握ったおにぎりとコンビニで買ったミネラルウォーターだけだ。
鈴原さんのリュックは膨れているので、いろいろ入っているのだろう。
そして肩には、赤い布に包まれた細長い《武器》。
ほどよい長さをしているそれは、言わずもがな、鈴原さんの刀だろう。
鈴原さんは目的地で何をするか教えてくれなかった。まあ俺が訊かなかったから言わなかったんだろうけど。
──着いてからのお楽しみ。俺は今日の仕事に面白味を見出すため、訊くのを止めることにした。
不動市南区をさらに南に行った蓮美区に向かう。俺たちの住む中央区から、電車を乗り継いで四十分。
蓮美ヶ池駅というところを降りた街。
「そこで魔塊が育っているのよ」
と鈴原さんは言った。
育っている、って。だったらさっさと始末すれば……と思うけど、そう簡単にはいかないらしい。
俺たちはタクシーでその問題の魔塊が居る場所へ向かう林道に着いた。ここからは車で行けないということ。
タクシーを降りる時に運転手さんが言った。
「頑張ってくださいよ、また迎えに来ますので」
……運転手さんまで魔塊狩りの仲間かよ。
「ここから歩いて林道を進む。そうね、八キロぐらい先に目的の魔塊がいる」
八キロか……微妙に坂になっているからきついな。
「今回は魔塊の居場所も分かってる。そう考えると楽な指令よ」
「いや、楽じゃないでしょ、こんな……大自然の中で、八キロも歩くなんて」
せっかく二人っきりのデートだと思ったのにぃ。
鈴原さんは俺より先に歩き出す。元気だなあ。魔塊狩りとして鍛えているからなんだろうけど……スタイルの良さもその賜物だろう。
歩を進めている途中、鈴原さんはふと尋ねてきた。
「音無君は本当にこれからも魔塊狩りを続けるの?」
鈴原さんが俺に興味を持つなんて珍しい。
「え? まあ言われたからには……」
「魔塊狩りを続けると、本部から報酬が出る。音無君の家はお金に困ってない? 親御さんが再婚するとか噂で聞いたんだけど」
「え? そうだなあ、これから何かと物入りになるかもしれないなあ」
白石さんちと同居することになれば、引っ越し費用とかいろいろ掛かるだろう。
それまでに金を貯めておくのも悪くない。
「貰えるなら貰っておきたいね。命を懸けて戦っているということを考えれば」
「そう。確かに音無君の言うとおりね」
鈴原さんは少し歩く速度を上げる。
「ねえ、もし辞める時は新源氏清零を譲ってね」
「またその話か……だから俺じゃなくてふたばを説得したら?」
今日も付いて来ていたふたばは、俺たちの会話を聞いて怒り出す。
「ちょっとちょっと何ですか! 清零を譲れるわけないじゃないですか! 清零を使いこなせるのは常久様が転生された静也さんだけ……」
「はいはいもう言わないわよ。ごめんなさい」
そう言って鈴原さんはクスッと笑った。
「強い絆で結ばれているのよね、二人は」
「なっ、た、確かにそうですけど……」
「前世からの強い繋がり。羨ましいわ、恋人みたい」
「ち、ちょ……たっ、他人に言われると小っ恥ずかしいです!」
ふたばは顔を赤くして高く飛び上がっていった。
「鈴原さん、俺の相棒をあんまりいじめないでくれない?」
「いじめてるつもりはないわよ。からかってるだけ」
「同じことだよ、俺にはあいつが必要なんだから」
「あの子が清零を持ってるんだものね。本当に相棒以上の関係じゃない?」
鈴原さんってこんな感じだったっけ……二重人格なのはお母さんだけじゃなくて鈴原さんもそうなんじゃないか?
いや、まだまだこの子には奥がある。きっと三重人格、四重人格的なところも隠しているに違いない。
「さあ行きましょう。先は長いわよ」
鈴原さんはさらに速度を上げた。
──ハァハァ。
きついな。
八キロって遠いんだな。
林道を進み続けると、今度は森に入り、そこは広葉樹の木が道を塞ぐように次々と立っている。俺たちはそれをよけながら進まなければならない。
「迷子になったりしないよね?」
俺が鈴原さんに尋ねると、涼しい顔をして前を向いたまま答える。
「地図とコンパスもあるし、GPSも持ってる。問題ないわ」
それは良かったけど……ハァ、ハァ……マジで疲れる。
「……何でこんな仕事引き受けたの?」
「引き受けたわけじゃない。指令だからよ」
「もう疲れたんですけど……」
「これぐらい頑張ってもらわないと。男の子でしょ」
鈴原さんは歩みを止めない。
「男女差別だ!」
「何とでも言うがいいわ」
「俺おにぎり食べるから! 鈴原さんにはあげないから!」
「どうぞご自由に」
「本当に嫌な人ですね! 静也さんは疲れてるって言ってるのに!」
ふたばが口を尖らせてそう言う。
「あら、音無君ならこれぐらい出来ると思ってたんだけどなあ」
特に気にする様子も無く、鈴原さんはどんどん進んで行く。
俺はむう、と拗ねてリュックからラップで包んだおにぎりを取り出した。
「いただきます!」
と口の中に入れて、モリモリと平らげていく。
「ああ、美味いなあ、これが食べられないなんて鈴原さん可哀想だなあ」
「私にはこれがあるから」
そう言って鈴原さんはエネルギーメイトの箱を取り出し、中身を取り出して袋を破り食べ始める。
「そ、そんな物食べてもお腹に溜まらないでしょ?」
「そんなことないわよ美味しいし。音無君も食べる?」
と俺に差し出してくる。
「結構です!」
「じゃあ帰りに分けてあげるわよ」
そうだった、これは往復路。俺たちはまだ往路の途中なんだ。
げっ……おにぎりタイムはちょっと早かったか。
でもまあ、これで少しは歩ける。




