第一章 1 魔塊が来りて人を食う
「ハア?」
女の子に対する最初の一言は、それだ。
「どうされたんですか? ふたばですよ? 貴方様の右腕の」
「右腕?」
「そうですよ。やはりこの街へ来て良かった。つねひさ様と再会出来るなんて!」
「つねひさ様って……」
意味が分からないんだが。というか何故俺の布団の上に乗っているんだ。どこから部屋に入って来たんだ。
「寝ぼけてらっしゃるんですか? みなもとのつねひさ様ですよ」
「……え、いや俺は音無静也だけど」
「それは現世での仮の名前です」
「仮の名前と言われても……この名前でずっとやってきたんだけど……」
「あなたは転生したのです。生まれ変わりとでも言いましょうか。元は源常久という方です」
「ちょっとちょっと」
「はい?」
「ちょっと起きるから待ってね」
「はい、待ちます」
俺が掛け布団を捲ってふたばと名乗る女の子をどかそうとした時、ふわっとしてまるで重さを感じなかった。
「え? あれ?」
「どうなさいましたか?」
ふたばはにこにこして不思議がる俺を見ている。
──この子、変だ。
いや、俺の部屋で布団の上に乗っかっていた時点で十分変なんだけど。
「君、体重いくつ?」
「さあ、分かりません。測ったことがありませんので」
「そう……」
俺は立ち上がって部屋の明かりを点けに行った。
パチリ。
スイッチを入れる。
これで彼女は消えたり……していなかった。
俺の布団の隣でキチンと正座して待っていた。
「おはようございます。起こしてしまって申し訳ありません」
ふたばは両手をついて俺に頭を下げる。
このふたばという少女、優よりはずっと年下であろう、小学校中学年ぐらいに見える。半袖半ズボンの白い着物を着ていて、後ろ髪を捻じれた朱色の紐で結んでいる。額にはインド人のような赤い印。
その姿から最初に想起したのは……座敷わらし。
「うちに幸運を呼び込んでくれるの?」
俺がそう言うと、座敷わらしは頭を振る。
「あ、いえ、私はそういった類のお化けではなくてですね」
「じゃあ何? 何で俺の部屋に居るの? どこから来たの?」
何か怖いんですけど。
「どこからお話ししましょうか……常久様はすっかりお忘れのようですので」
「だからつねひさ様じゃないって。お・と・な・し・し・ず・や」
「そうですか、もう完全にお忘れなんですね……」
強く言い過ぎたかな?
ふたばは随分寂しそうな顔をする。
「と、取り敢えず俺と君の関係性から訊こうかな?」
「はい。今から千年ほど前、あ、これでは数字がいい加減すぎですね、ええとですね、今から千……」
「あ、いやいいから、そこら辺はいいから。俺数字覚えるの苦手だし」
「そうですか、じゃあ千年ほど前、現代の言い方なら平安時代です。私、呪術師見習いのふたばと、武芸に非凡な才能を持った若き天才源常久様は、京の都に現れる魔塊と呼ばれる物の怪を退治する仕事をしていました」
「平安時代……」
「そうです。どうですか、段々思い出してきたのではないですか?」
「いや、全く」
ふたばが、ありゃ、という感じで首を傾げる。
「ま、まあいいでしょう。そう簡単には思い出しませんよね。なんせあの頃から千年以上経っているのですから」
「思い出すも何も、そもそも記憶に無いんだよ。俺がその常久さんの転生した人間だとしても、頭の中に入ってないんじゃどうしようもない」
「そうでよね、転生されたんですよね……」
「別の人間だと思ってくれればいいよ。悪いけど」
「そ、それでも私は……!」
ふたばが前のめりになって俺に詰め寄ってくる。
「あなたがあの守り刀に近づいた時……ガラスに阻まれましたが、確かに私は感じたのです、ああ、遂に私を迎えに来てくださった、常久様が私をもう一度呼んでくださったと」
「あの守り刀に? じゃあ俺がガラスケースに触ってビリッとしたのは……」
「そう、それは霊的反応です! しかも私と常久様の間にだけ起こる特別な! 何故ならあの守り刀は私が常久様から頂いた物で、私と常久様の絆の証なんです! あの守り刀は私自身なのです!」
「そ、それには吃驚だけど、それだけで俺を常久さん扱いされても……」
「いいえ、あなたは常久様なのです! 何と言っても……」
「何と言っても?」
「お顔が……瓜二つなのです」
ポッと頬を赤らめるふたば。
なんだそりゃ。
「わ、分かった、俺が常久さんの転生した人間なのは認めよう。じゃあふたば、君も元のふたばから転生した姿なのか?」
「いえ、違います」
「それじゃあ……」
「私は幽体です。霊魂が形を成したと言った方が分かりやすいでしょうか。平安時代からずっと死んだ時のままの姿なのです。私は死した後、あの守り刀に乗り移り、長い年月を過ごしてきました」
やっぱりお化けに間違いないんだな。体重を感じなかったわけだ。
「……それで、懐かしくて俺に会いに来たのか?」
「いいえ、それだけではありません」
「じゃあどういう……」
「魔塊の動きが活発化しています」
「魔塊って、さっき言ってた常久さんやふたばが退治していたっていう化け物か?」
「そうです。魔塊を退治する者たちは《魔塊狩り(まかいがり)》と呼ばれています。実は、魔塊狩りは平安時代から現代までずっと存在していて、今でも人々のあずかり知らぬところで魔塊を退治しています。ただ最近は魔塊の数が増えてきて、苦労しているようです」
「それは京都だけの話?」
「いえ、この不動の街でも増えているようですね。まだこちらに来て日が浅いので分かりませんが……」
ふーむ、これまた荒唐無稽な話だけど、平安時代からずっとこの世にいる幽霊がそう言ってるんなら信ずるに値することなのかもしれない。
「……それで、まさか俺にその魔塊狩りをやれと?」
「さすが転生されたとはいえ常久様、お察しがいい。というより常久様が向かう道はそれしかないのです! 常久様は魔塊狩りになるために生まれてきたようなお方でした。それは転生されたとしても変わらないでしょう! さあ常久様、昔のように私と一緒に参りましょう!」
「いや参りましょうじゃなくてさ……」
「どうされたんですか? 常久様」
「まず、その常久様っていうの止めてくれない? 俺は静也、音無静也だから」
俺はふうと息をついて頭を振る。
「でも常久様です」
「それは君にとってはね。でも今は平安時代じゃない。ここは京都じゃない。そして俺は源常久じゃない。不動市生まれの不動市育ち、高校二年生の音無静也だ。京都には修学旅行でしか行ったことがない」
ガーン、という表情で、ふたばは前に崩れ落ちる。
「え、ああ……。そ、そうですよね、私、常久様に再会した喜びでつい突っ走ってしまったようです……。申し訳ありません常久様」
ふたばは手をついて頭を下げる。
だから常久様じゃないと……。
「俺のことは静也って呼んでくれないかな? 少しずつ慣れていこう、うん」
「分かりました。つね……静也様」
「様じゃなくてさんでいいよ」
「静也さん」
「そう、それでいい。それでどうする? 正直言って俺は魔塊狩りとかやるつもりはないし、静かに暮らしていきたいんだけど……」
「ええ! つね……静也さんが魔塊狩りをしなければ、魔塊による被害が出ますよ!」
いや、それはちょっと心が痛むけど、だからと言ってねえ……。
「……取り敢えず今日は寝ないか? 夜中に起こされて俺は眠い。君もあの守り刀のところへ戻ればいい」
「いいえ、私は静也さんが魔塊狩りをやると言ってくださるまで戻りません!」
おいおいちょっと。
「じゃあどうする? どこで寝るの? 幽霊は寝なくても大丈夫なのか?」
「ちょっと失礼します」
そう言ってふたばは押入れの戸を開けずに……すり抜けて中へ入ってしまった。
「ここはちょうどいい広さですね。静也さん、ここをお借りしていいですか?」
そうかそうか押入れで寝るのか。考えたな……っていいわけないだろ、出て行けよ!
「それではおやすみなさいませ。また明日」
また明日って……本気で居座る気なのか。
──とにもかくにも、こうして俺と幽霊の同居生活は始まってしまった。
どうしてこうなってしまったのか。俺は源常久なんて知らんと言っているのに、人の言うことを聞かない幽霊だ。そもそも平安時代展なんて行かなけりゃ……後悔先に立たず。
ハーア。頼むから一秒でも早く出て行ってくれ。




