プロローグ
プロローグ
高校一年生が終わり二年生になって、まだ少し寒さが残る中、俺は新しいクラスにもそれなりに馴染んで、友だちも出来た。
例えば、前の席の斎藤公介。
生粋の歴史オタクで、今もそう、ノートで隠して何やら展示会のチラシを見ている。
そっと横から覗いてみると。
《まだあなたの知らない平安時代展 京都からやって来た名品珍品が揃う!》
そうチラシに書かれていた。
へえ、そんなものがこの不動市にやって来るのか、と興味半分からかい半分、斎藤より先に観に行ってやろうかとイタズラ心が湧いてきて、放課後の予定にそれを入れておいた。ちょうど暇だし彼女がいるわけでもないし。後学のためにも悪くないだろう。そう思いつくと思わず頬が緩んだ。
「コラ、音無、私は何かおかしいことを言ったか?」
ニヤニヤしていると、教師に指を差されて注意されてしまった。恥ずかしい。
みんながクスクスと笑っている中、俺の席から右斜め前、一列飛ばした場所に座る鈴原瑠璃さんがふとこちらを見た。色白の綺麗な顔立ちとぱっつん前髪で、まるで日本人形のように見える。
滅多に笑わない彼女が笑うか、と思ったが、何ごともなくぷいと前を向いて授業に戻ってしまった。うーん、残念。
「音無静也、集中しなさい」
教師からもう一言、小さなカミナリ。
すみません、本当に集中してなくて。
「ハハッ、二回も怒られて何やってたんだよ」
休み時間、斎藤に笑われても、俺は知らんぷり。
こいつよりも先に平安時代展を観に行くという優越感を得るためだけに、俺は黙っておいた。
何の興味も無い俺に先を越されるとは、さぞかし屈辱的だろうな、フッフッフ。
って……これって悪趣味だろうか。
いや、別に斎藤は斎藤で好きな時に観に行けばいいだけの話だし、何も遠慮することはない。
ただ、「えっ、お前歴史オタクなのにまだ観に行ってないの⁉ プププー」ってしたいだけの話であって──まあ悪意丸出しではあるが──俺が歴史に興味を持ったとでも言っておけば、もし斎藤が怒っても誤魔化せる。
そんなわけで、俺はただ一人で不動市の中央歴史博物館にやって来た。
げろ……平安時代展のチケットは普段より千円増しか。学割してもらえるとはいえ凄く損した気分。何で俺こんな馬鹿なことやってるんだろう。
まあしょうがない、こうなったら余すことなく観て行ってやる。
平安美人の絵がデザインされたパーテーションを右に見ながら展示会場に足を踏み入れると、早速平安貴族が普段着ていたという装束がマネキンに巻き付けられるようにして飾られていた。
あらまあ豪華なこと……こんな物着てよく普段生活出来てたな。特に女性貴族。
なるほど、これが十二単ってやつか。重そう。
……なになに十二単は平安時代中期に完成した装束で……っていろいろ書かれているがよく分からないな。京都の冬は寒いっていうから、こんなにいっぱい着込んでたんだろうな。
その他、平安時代の食事は和食の原型、と説明書きが添えられた食品サンプルが並べてあったり、女性が遊んでいた貝合わせの道具が置いてあったり、ぐるりと周回してそれなりに楽しめた。ちょっと高い勉強代だったけど、悪くはなかった。
さて展示は満喫したし、そろそろ帰ろうか……と思った時に、俺の足はガラスケースに入れられて展示してある《守り刀》という物の前で止まった。
鞘に収められたそれ──シェフナイフほどの長さで、柄はシンプルな白木作り。随分時代が経っているはずなのに、不思議と古く見えない。
何だろう、妙に惹きつけられる……と、俺はいつの間にか守り刀が飾られているガラスケースに自然と触っていた。
その時、ガラスケースに触れた指にビリッと刺激がきた。
えっ、何だこれ?
もう一度触れようとすると、パイプ椅子に座っていた学芸員のおば様が立ち上がって、俺のところへやって来た。
「展示品には触れないようにしてください」
おば様は掛けていた眼鏡をくいっと上げてそう言った。
注意され、あっすみませんと咄嗟に謝ったが、どうしてもその守り刀が気になって、チラチラと見てしまう。
何だろう、懐かしいような切ないような……。
とにかく引っかかるのだ。
ガラスケースに触れた時、電気のようなものを間違いなく指で感じた。
防犯のためにそんな仕掛けがしてあるのか?
……分からない。
密かに他の展示物のガラスケースにもちょいちょい触ってみたが、何も感じなかった。
むーんと顔を近づけて睨んでみるが、何も起こらない。
あの守り刀だけか……。
俺は首を傾げながら博物館を出て、電車に乗って自宅のボロマンションに帰った。
「お兄ちゃんごはんだよー」
と中一の妹の優が俺を呼びに来る。
俺はパソコンで守り刀という物について調べていた。
「なるほど、誕生した子どもや花嫁などの子女に送る物、か。源義経などは授かった守り刀を肌身離さず持っていた……ふむふむ」
「お兄ちゃん何一人でブツブツ言ってんの。ごはんだって言ってるじゃん」
「ああ、今行くよ。優、お前が嫁に行く時は上等な守り刀を持たせてやるぞ」
そう言って俺は優の肩に手を置いた。
「意味が分かりませーん。それよりもごはん食べましょうね!」
「はいはい……」
兄の思いやり、妹には届かず。
〇
その日は、ガラスケースに触った時指に走った電気の違和感が取れることがなく、風呂に入って何度も指を揉みながら、一体何だったんだろうとひたすら考えていた。
何かの間違いじゃない。
静電気ともちょっと違う。
呪い?
メッセージ?
考えても分からない。
ああ、こんな悩みが出来るぐらいなら平安時代展なんかに行かなきゃ良かった。
斎藤をからかうという馬鹿な目的だけで金も時間も使って……。
明日、斎藤に何て言おう。
いや、黙っておいた方がいいか。あの守り刀のことも。
何か滅茶苦茶歴史が好きになったと思われたりしたら俺も困るし。
──その日の夜だった。
「……ねひささま、つねひ……さま」
布団で眠る俺に、誰かが呼び掛けてきた。
お化け? だったらこのまま目を閉じてやり過ごしてしまいたいが……。
「つね……ひさ……さま……」
男の声ではない、女だ。
最初は優かと思った。しかし声質が違う……。
「つねひさ様、お久しぶりでございます、ふたばにございます」
今度はハッキリ聞こえた。
はあ? 何のイタズラ?
やっぱりお化け?
それとも俺が寝ぼけているのか?
俺は目を開けて、ゴシゴシと目を擦る。見えるのは、薄暗い部屋の中、古びた天井。
「ああ、間違いありませんね、やはりみなもとのつねひさ様です」
その声がした方を見た。
……俺の布団の上。
女の、子どもが乗っている。
ヤバい、幻覚を見ているのか俺は。
「まさかこのふたばをお忘れになるわけはありませんよね、つねひさ様!」
女の子は元気よく言った。
つねひさ様……誰?




