第四章 3
音無家三人、そして母さんの再婚相手の白石さん家二人。
夜景の見えるホテルのレストランで初対面を果たした。
ふたばは家に置いてきた。家族同士のデリケートな話になると、ふたばを入れるのはなんか違う気がしたし。
「ど、どうも、白石雄大と申します。そしてこっちは娘の……」
「茜です。初めまして」
そう言って二人はぺこりと頭を下げた。
「白石さん、そんなに緊張しないで。茜ちゃんは会うのは初めてよね?」
母さんが優しく声を掛ける。
「そうですね」
茜ちゃんはぎこちなく笑って返事した。
……悪い子じゃなさそうだ。煙草とかも吸ってなさそうだし。
「うちの紹介をします。私は母の音無広子で、長男の静也と……」
「はっはーい、長女の優です! 長女だけどまだ中一だよ!」
「ちょっと優、行儀良くしなさい! ……全く元気が有り余っていて……」
母さんが優を窘めるが、優は平気顔だ。
「ああ、いや、かわいらしくて良い子で……」
白石さんがそう言うと、優はピースサインをして頭の上に乗せておどけた。
「優! ……本当にごめんなさいこんな娘で……」
母さんの顔は青くなったり赤くなったり。
優は自分なりに場を和ませようとしているのかもしれないが……。
「あ、いやいや、こんなかわいい子が娘になってくれるかと思うと嬉しいよ」
白石さんはハンカチで汗を拭き拭き笑顔を作っている。特別格好良くもないがイケてないわけでもない、《良い人》を絵に描いたような人だと思った。
「静也君は高校二年生なんだって? じゃあ茜の一つ上だね。勉強とかいろいろ教えてあげてくれたら嬉しいよ」
「大丈夫だよお父さんってばもう……」
茜ちゃんは頬を赤くする。
「静也君の方からいろいろ話し掛けてあげてくれ」
はあ、そう言われましても……。
何か言おうかと思ったが、その時俺が考えていたのは峠剛士を逃した時のことだった。
思い返せば、近くにパトカーがいた。追いかけてもらえば良かったんだ、何で気が付かなかったんだ俺は。
後悔しても時は戻らないが、もう少し何か出来ただろうと悔しさが残っている。
「じゃあ食事しながら話そうか」
白石さんがそう言うと、俺たちのテーブルにスープが運ばれてきた。
「やったあ、ごはん、ごはん♪」
優がメシではしゃぐのが恥ずかしい。成長期だからいっぱい食べる方がいいけどさ。
「茜ちゃんは何が好きなのー?」
優が尋ねると、茜ちゃんは首を傾げる。
「野菜とか……?」
と答えた。意外な回答。
「え、何それなんかおしゃれ~。ヴィーガンってやつ?」
「いや、そういうわけじゃないけど……本当に野菜が好きだから……」
「かわいい~ウサギみたい! 私はお肉だけどね! お、に、く! 特に牛ね!」
今日の優はよく喋る。やっぱり気を遣って盛り上げようとしているのだろうか。
「静也君は、何か嫌いな食べ物はあるかい? コース料理だから、食べられない物があれば引っ込めてもらうけど」
白石さんがそう言う。
「あ、いえ、好き嫌いは特に無いです」
「じゃあ良かった、食べながらゆっくり話そう」
それからしばらくの間、俺たち五人は高そうな料理をじっくり味わいながら話し合った。
運ばれてくる料理はどれも豪勢で美味い。母さんもしかして凄い金持ちをゲットしたんじゃないかと白石さんの顔色を窺う。
「いやあ、今日は奮発しちゃってね、こんな高いレストラン取っちゃって、緊張しないかと自分で自分を心配してたんだ」
良かった普通の人だ。
あんまり金持ちとかだと、どう接していいか分からない。
「どれも美味しいですよ、凄く」
俺がそう言うと、白石さんは満足そうに頷いて笑みを浮かべる。
「そうかい。ほら、茜、サラダばっかり食べてないでお前も何か話しなさい」
白石さんに責っ付かれて、茜ちゃんはボソッと俺に尋ねてきた。
「……高校はどこですか?」
「俺? 不動之宮高校だよ」
「ミヤコーですか、頭良いんですね」
とまたボソッと言って俺から目を反らした。
「そんなことないよ。学年でも真ん中ぐらいの成績だしね。それに……」
「それに?」
魔塊狩りの仕事があるから勉強不足気味、とは言えない。
「……茜ちゃんはどこの高校?」
「不動女子第一です」
「へえ、女子校」
「珍しいですか?」
俺は頭を振って笑顔を作る。
「あ、いやいや、女子校の子と話すなんて初めてだから、新鮮だなあって」
「……もしかしてエロい人ですか?」
茜ちゃんにそう言われ、フォークを持つ俺の手は止まった。
「ど、どうかなあ、人並みだと思ってるけど……」
「そうですか、じゃあエロい人ですね」
「コ、コラ茜、失礼なことを訊くんじゃない!」
白石さんが焦って茜ちゃんを叱る。
「だって、これから同居するならあんまりエロい人だと困るでしょ?」
「馬鹿なこと言うんじゃない! ……すまないね静也君、茜がくだらないことを言って」
「あ、いえいえ気にしてませんから」
エロい人か。男はみんなエロいんだよ、と悟った顔で答えれば納得してくれるだろうか。
「茜ちゃん、私たちしばらくは同居しないで、苗字も変えないようにしようと思ってるのよ」
母さんが言った。
「どうしてです? 結婚するならすぐに同居すればいいじゃないですか。それに何で苗字変えるのが嫌なんですか?」
「茜、それは仕事の都合でね、もう少し先にしようということになったんだ」
と白石さん。
「ふうん……まあ私もその方がいろいろ助かりますけど」
サラダをかき混ぜながら、茜ちゃんはぷくっと頬を膨らませる。
大人しそうに見えて毒舌家。それに、口とは反対に同居に反対している。
茜ちゃんはそんな子だった。
「う~ん、お肉美味しい~」
我関せずという感じでステーキを頬張る優。
「まあ、少しの間はそういう状態でいこうと思うんだ」
白石さんがそう言うと、プゥ、と茜ちゃんは空気を吐き出す。
「愛情が冷めちゃうかもよ」
ポロっとそう漏らした。
「どうだった? 良い人だったでしょ白石さん」
うちに帰って、お土産で貰ったケーキを冷蔵庫にしまいながら母さんはそう言う。
「うん、料理も美味しかったし満足した!」
優はお腹を擦りながらにこにこしている。
「静也は?」
「え? ああ、気遣いの出来る良い人だと思うよ。何で母さんとくっついたんだと思うぐらい」
「わっ、酷い子」
「それにしてもあの茜ちゃんは……」
「ちょっと娘が反抗期気味なんだって白石さんが前に言ってたのよ。でもかわいい顔した子よね」
「うーん……」
いきなりエロい人ですかって訊かれてもねえ……最近の女子は進んでるな。
「私は綺麗なお姉ちゃんで良いなと思ったよ!」
優はそう言って冷蔵庫を開け、早速ケーキを取り出そうとして母さんにペシンと手を叩かれた。
「まあ、そのうち慣れるわよ、白石さんにも、茜ちゃんにも」
母さんはそう言うけど……結婚するのにしばらくの間別居状態というのはやっぱりマズいんじゃないかと思う。
茜ちゃんじゃないけど、愛情が冷めなければいいんだけど……。
「しばらく我慢すれば、このボロっちいマンションともおさらばだー!」
優は万歳して再び冷蔵庫に手を伸ばそうとして、また母さんに手を叩かれる。
「そうね、仕事が落ち着いて同居することになったら新しいマンションを探さなきゃいけないんだけど……今のうちに訊いておくけど、何かリクエストはある?」
「私は学校から近かったらどこでもいいー!」
「俺も学校から近かったらいいかな……」
俺たちの意見に母さんはため息をつく。
「あら夢のないことを言うのね。日当たりが良いとかお風呂が広いとかないの?」
母さんは呆れ顔だ。
「だったらさ、もう家買えばいいじゃん。白石さんの懐事情は知らないけど、広くて五人が住むには十分なところ」
「うーん……でも、あんた高校卒業したら大学行っちゃうでしょ? 東京とかの」
「そうだなあ。でも不動市から通える大学でもいいと思ってるよ。せっかく家族が出来たんだし」
「それは駄目よ。自分の未来設計はちゃんとしないと。それならあんたが大学を卒業して帰って来られるような家を買うわ」
「そんな、俺中心に考えなくてもいいよ。白石さんと母さんが幸せに暮らせる家、それが一番じゃないかな」
「……あんた、大人になったわねえ」
「まだ高二だよ。いや、もう高二なのかな」
俺が不動市を離れたら、魔塊狩りはどうなるんだろう。高子先輩が高校を卒業したら?
鈴原さんが卒業したら? この街を守ってくれる魔塊狩りはちゃんといるんだろうか。
「まあ今日は顔合わせってことだけで、そういう話は白石さんとまた詰めて話すわ」
母さんはそう言って、また冷蔵庫に手を伸ばそうとした優の手をペシンとやった。




