第四章 2
次の日。
「なあ、四神獣のことちょっと教えてくれよ」
と斎藤に言うと、鞄からまたドンッと太い本を取り出した。
「フッフー、音無も分かってきたなあ。いいだろう、この不動市の四神獣のことを余すことなくたっぷり教えてやるよ」
と目を光らせて言ってきた。こいつのヤバいスイッチを入れてしまったかもしれない。
「まず基本な。四神獣というのは玄武……」
そこからが長かった。こいつの歴史オタぶりは計り知れない。
──要約しよう。
この不動市には北に玄武を祀った北運神社、東に青龍を祀った不動青龍神社というそのまんまな名前の神社、西に白虎を祀った西王神社、最後に南に朱雀を祀った南鳥神社、という四つの神社がある。らしい。らしいというのは、俺はどれにも行ったことが無いからだ。
それを斎藤に伝えると。
「お前には天罰が下る」
と言われてしまった。
「じゃあお前が連れて行ってくれよ」
と頼んだら斎藤はにんまり。
「よし、今度の祝日空けとけよ!」
となり、俺はせっかくの休日を斎藤とのデートに使うことになった。
「神社巡りなんて良いことですね! 静也さんにも幸運が舞い込んできますよ!」
ふたばは嬉しそうにそう言う。当然こいつも付いて来るんだろう。
そして当日、待ち合わせた駅前で斎藤はレインボーカラーのど派手な御朱印帳を渡してきた。
「お前もこれ持っておけよ!」
「あ、ありがとうよ……」
「さあ、まずは北、北運神社に向かうぞ!」
斎藤は小走りでホームへの階段を駆け上がって行った。
「北運神社ってのはなあ、大きくて立派で、不動市を代表する神社と言ってもいいぐらいだ!」
そう斎藤は教えてくれた。そんな立派な神社に行ったこと無かったなんて、マジで天罰が下りそう。
まあいい、初めて行って丁寧にお参りしておけば。四神獣には魔塊から不動市を守ってもらわなければいけないのだ。
「着いたぞ」
北運という駅で降りて、斎藤にガイドを任せ徒歩で北運神社に向かう。
「この店のそばは美味いぞ、時間があったら食っていこう」
などと途中お散歩番組のようなやり取りをして、二十分ほど歩いて北運神社が見えてきた。
鳥居をくぐる時、「一礼な」と斎藤に注意され、ぺこりと頭を下げて神社に入った。
「鳥居は真ん中を通るなよ。真ん中は神様の通り道だから」
「お、おお」
どうしよう、マナーとかお参り作法とか全く分からない。
チラチラと斎藤の方を見ながら真似してみる。
「しょうがねえなあ~、まずは、あそこで手を洗ってだな」
水がこぽこぽこ溢れているところへ連れて行かれ、そこで柄杓を持って手を洗い、最後に手で水を受け口に含んで口内を清めた。
「ここを手水舎という。まあ他にも呼び方はあるから、好きに呼べばいい。よし、お参りするぞ」
と斎藤に賽銭箱の前に連れて行かれ、ほいっと百円玉を投げ込んだ。
そしてガラガラと鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼、そしてお願いごとを……しようと思ったら、斎藤がじろっと横目で見てきた。
「いいか、ここは普段元気に過ごせていることの感謝を伝える場所だ。ゲスいお願いごとなんて止めとけよ」
そうかそうかそういうものか、まあそうならそうしようか……本当は悪い魔塊をみんな斬り殺せますようにとかお願いしようと思っていたんだけど。
──それにしても本当に立派な神社だ。
境内はゴミ一つ無く、綺麗に掃除されている。
本殿は大きく立派で、色は白と黒で統一されている。
「初詣には、入りきれないほど参拝客が来るんだ。ローカルチャンネルで中継されるのは大体ここだ」
確かに、それだけの器のデカさみたいなものを感じる。
「どうだ、来て良かっただろ」
斎藤は得意気に胸を張る。
「うん、まあな」
とだけ答え、御朱印帳を持ってさっさと御朱印を貰いに行った。
「ここは心地の良い風が吹いてますね~」
ゆらゆらと揺れながらふたばが気持ち良さそうにしている。これだけ立派で清潔な神社なら、幽霊も快適だろう。
「お前、御守り買ったか? 俺は当然買ったけどな!」
「いや、買ってないけど……」
「なら買っておけ! 薄幸な音無にも良いことがあるぞ!」
「誰が薄幸だよ」
こいつ、これから回る神社全ての御守り買いそうだな。
鈴原さんは御守りを持っていたせいで逆に魔塊に襲われてしまったわけだが……普通は買っておいて悪いことはない筈だ。
今日行く神社はあと三つ。楽しみは後にとっておこうと、ここでの御守り購入は控えておいた。
次にやって来たのは、東の青龍を祀る不動青龍神社。
いやあ、ここも良い。ほんと、そのまんまの名前の神社だけど、特に手抜きしてある感じはないし、物静かで落ち着いている。
緑の葉が揺れているご神木の周囲を回りながら、う~ん、特に神社の力が弱まっているような感じはないなと確認すると、ふたばも同じように考えているのか、スンスンとご神木の匂いを嗅いで「うん」と頷き、「ここは問題ないですね」と俺に伝えてきた。
「良い神社だな」
斎藤にそう言って一緒に御朱印を貰い、「次へ行こうか」と、西の白虎、西王神社に向かうことになった。斎藤は電車ではなくバスの停留所のベンチに座った。
「バスで行けるのか?」
「ああ、電車だと遠回りしなきゃいけない」
緑色のバスがやって来て、一番後ろに三人で座った。ふたばを含めて三人だ。俺たちはバスに揺られて、段々市街地から離れていく外の景色を眺めた。
「畑が見えてきたなー」
「田んぼもあるぞ」
などと言い合って、飴玉を舐めて西王神社に到着するのを待った。隣に座っているふたばに密かに飴玉を差し出してやると、嬉しそうに口に入れた。
──こじんまりとしていて自然に溢れている。それが第一印象。
殆ど人が居なくてちょっと寂しい感じがするが、それでも西を守る神社、本殿は古いがしっかりとしていて、寂れた印象は受けない。
「この神社は、もうちょっと人気が出ても良いんだけどなあ」
斎藤はそう言っているが、確かにその通りだと思う。爽やかで良いところだ。
「やっぱり、ちょっと遠いのがネックなんじゃないか」
「うーん、そうだな。……実はな、この神社について悪い噂があってな……」
「何だよ?」
「本来祀られる筈の刀を失くした、っていうんだ。不動丸って名前なんだけどな。平安時代からあるものだけど……」
「それって盗まれたってこと?」
難しい顔をして斎藤は腕を組む。
「詳しいことは分からないけど、どうなんだろうな。軽々に言えないなあ」
俺は斎藤のことをむっと睨んで、じゃあ最初から言うなよと言ってやりたかったが、斎藤は斎藤で誰かに知識をひけらかしたかったんだろう。面倒臭いやつだ。
「ただ、この神社がしっかりしないことには、今年も四神獣祭りは中止になるかもしれない」
「ああ、四神獣祭りな、それならテレビで見るぞ。そういえば最近やらないな」
「北運神社、不動青龍神社、西王神社、そしてこれから行く南鳥神社が協力して行われるんだ。一つも欠けてはいけない」
「やっぱり不動丸を失くしたことが影響してるのか?」
「あんまり言い触らすなよ、神社の名に傷がつく」
「言い触らさねえよ。ほとんどの人は知ったところで……って感じだろうし」
「取り敢えず御朱印を貰って次に向かおう。一日で全部回るのはやっぱり忙しいな。次は驚くぞ、きっと」
斎藤が驚くぞと言っていたので何だと思っていたら、南の朱雀を祀る南鳥神社、そこは柱から本殿、社務所まで全体が赤……いや朱色と言うべきか、目立ちたがりの勘違いオシャレイタリア人の服装みたいな、やりすぎて笑えてきそうな感じすらある変わった神社だった。確かに驚いた。
「な? 驚くだろ。この神社がこうなのはちゃんと謂れがあってな……」
朱色って確か魔除けの意味があるんじゃなかったか。
よっぽど呪われてるのかこの神社。
「魔塊の話はしたよな? その魔塊が平安時代、不動の街で悪さをしていたんだ。それをこの神社の宮司が鎮めた。それ以来この神社は魔塊に狙われるようになって、魔除けの朱色を全体に塗ってるって話だ」
ほう、さすが斎藤。詳しいな。
「今でも出るのか? 魔塊は」
「さあ、どうだろうな。俺は見たことないね。でも一応御守りは買ってる。変な化け物に憑りつかれたくないからな」
その魔塊を退治している男が目の前にいるわけだが、こればかりは黙っておくべきだな。
「静也さん、そんな頼もしい神社だなんて、ここの御守りをぜひ買っておきましょう!」
ふたばはそう言って社務所の前に飛んで行く。仕方ないので俺も付いて行って、どれにしようかなと悩んでから《健康第一》の御守りを買った。
「これで魔塊狩りも捗りますね!」
捗るかあ? 魔塊が寄ってきそうな気もするけど……。
「お前結局ここの御守り買ったのか? 魔塊に狙われてるのかよ」
斎藤は笑っているが、俺にとっては笑いごとじゃないんだなこれが。
南鳥神社……魔塊に狙われるとしたらここか? でも力が弱まっている気配は感じないし……。
「ふたば、この神社の雰囲気はどうだ?」
「がっちりとした、悪者一匹通さない要塞のような感じですね。ここを魔塊が狙うとするなら、逆にやり返されちゃうんじゃないでしょうか」
「へえ……やっぱり」
要塞、砦、コロシアム。そんなイメージでいいのか。
ここで魔塊と戦えたら、負ける気はしないな。
神社巡りの帰り、斎藤にメシを奢るために店に入った。
「どうだった? 四神獣神社巡りは?」
斎藤が尋ねてくる。
「ん? ああ、楽しかったよ」
「何か調べていることでもあるのか? 付き合うぜ」
「ああ、いや、自分の住んでいる街のことをもっと知っておきたいと思って」
「それは良い心がけだ」
ハハハハハと笑い合って、不動名物かしわ飯定食を二人で食べた。
食事が終わって、斎藤がトイレに行っている間。
「悪かったな、俺たちだけ食べて」
ふたばにそう言うと、「大丈夫です」とにこっと笑顔を見せた。
「幽霊なのでお腹は空きません。でも……」
「でも?」
「飴玉をくださったように、時々お饅頭でも食べさせていただければ嬉しいです」
「そういうことは遠慮しないで言えよ。饅頭ぐらいいくらでも食べさせてやるから」
「本当ですか⁉ じゃあ大福を……!」
「はいはい、買って帰るから」
「やったー!」
と、そこに斎藤が帰って来た。
「誰と話してたんだ? 今日のお前は独り言が多いな」
「ちょっと知り合いの幼女と話をな」
「神社を回って霊能力でも手に入れたのか? ハハハ」
その幼女が隣に座っていると知ったら、斎藤は飛び上がって驚くだろうな。
「私は幼女じゃありません! 私が死んだのは十歳の時ですから!」
ふたばはプンプン怒って黙り込んでしまった。
十歳か……本当に若くして死んだんだな。
今日はありがとうな、と言い、駅で斎藤を見送った後、とぼとぼと歩道を歩いていると、左ハンドルの白い車が近づいて来て運転席の窓が開いた。
「やあ」
いきなりドライバーから挨拶された。
誰だ? 知らない人だけど……。
細身でジャケットを着たちゃんとした大人の人に一瞬見えた……けれど。
髪は緩いパーマをかけていて、目元にはサングラス。
何かチャラい感じの人だぞ。しかし、この高そうな車……悔しいがモテるだろう。
「何でしょう?」
「探したよー、今日はどこかへ出かけてたのかい?」
どうしてそんなこと訊いてくるんだ?
「ええ、まあ、神社とかに……」
「神社か、いや見つけられて良かったよ。君を探して君のマンションの周りを車でぐるぐる走り回ってたから」
凄く怪しい。……いや、もしかして母さんの再婚相手か?
それなら無下には出来ないが。
でも、若すぎる気もするし……。こんな人が新しい父親ってのはちょっとなあ。
「あの……どちら様でしょう?」
「え? ああ、俺? 瑠璃の知り合いだよ」
瑠璃……鈴原さん関係の人か。
「君だね、最近瑠璃と仲良くしてくれてる男の子ってのは。聞いていたとおりの少年だ」
俺ってどういう風に伝わってるんだ。
「取り敢えず挨拶しておこうと思ってね。いや会えて良かったよ」
何なんだよこの人は。
「そうそう瑠璃、あの子、大人しそうに見えて強情だろ。昔からそうだった」
この人、鈴原さんを昔からよく知っている。
まさか……!
「あなた、峠剛士さんですか⁉」
「そうだと言えば、どうする?」
「こうします!」
俺は峠の胸ぐらを掴んで逃げられないようにする。
「そんなことしても無駄だよ。瑠璃にいろいろ言われたんだろうけど」
「どうして鈴原さんの前に姿を現さないんですか⁉」
「まだその時期じゃないと思ってね」
峠は笑っている。
「人を斬って刀を持ち逃げしたっていうのは本当なんですか⁉」
「まあ……本当だよ」
「だったら……!」
「おっと、そろそろ行かせてもらうよ」
峠はあっさりと俺の手を振り払うと、車を発車させる。
そして去っていく時に、「じゃあな」と俺の腰をポンと叩いた。
「クソッ!」
俺は峠を取り逃がしたことに地団駄を踏んだ。
次は覚えてろよ……。
俺は車が走り去った方向をじっと睨み続けた。




