第三章 5
俺は自転車から外して持ってきたライトで辺りを照らす。
「高子先輩はどこで蜘蛛の巣を?」
「これだ」
自前のライトでクマザサを照らした高子先輩は、そこにべったりと張り付いた蜘蛛の糸を俺に見せた。
「これは……確かに巨大ですね」
高子先輩のライトと自転車のライトだけでは足りないので全体を把握出来ないが、そこら中に網目の大きい蜘蛛の糸が引っかかっている。
「分かっているだろうが、これには気を付けるように」
「は、はい」
俺が糸に手を伸ばそうとすると、パンッと高子先輩に手を叩かれた。
「触るな。一旦絡みつくと面倒だぞ」
「これだけの物を張れるっていうのは……蜘蛛魔塊は怖ろしいですね」
「ああ。魔塊はどれも手強い」
「これは……人を食うためですよね?」
「それ以外何がある。朝の散歩がてら山に登って来る近所のおじいさんおばあさんが起きる前に駆除しなければいけない」
そこまで考えて魔塊狩りは行動しなければいけないのか。俺は自分のことでいっぱいいっぱいだというのに。
「それにしても姿を現しませんね。試しに巣に引っかかってみましょうか?」
「私の忠告を聞かないで死にたければ勝手にすればいい」
「冗談ですよ、嫌だなあ本気にして」
「あんまりふざけてると、私の薙刀の錆にしてやるぞ」
そうやって俺と高子先輩がちょこちょこ言い合っていた時だった。
突然地面が盛り上がってきて、ボコッと音がし、手が……人間の手の骨と思われる物が現れた。薄く光っていて、気味が悪い。
しかも一か所じゃない、雨後の筍のように次々とそこら中から現れてくる。
「た、高子先輩、何ですかこれは⁉」
「江戸時代、ここは罪人の死体を葬る場所だったとお前も知っているだろう。つまりそういうことだ」
高子先輩は薙刀を構える。
「でも、どうして今頃になって⁉」
「おそらくだが……蜘蛛魔塊の強い精気に反応しているのだろう。ここはお前に任せる。私は蜘蛛魔塊を始末しに行く」
高子先輩はくるりと俺たちに背を向けて、山の奥へ入って行く。
「ええっ、そんな任されても困りますよ!」
「静也さん!」
ふたばが腹から取り出していた清零を渡してくる。クソッ、やるしかないか!
「こいつらは死骨魔塊です! しかし本物の人骨ではありません、強い恨みを残して死んだ人間が腐り果て骨になり、それでもなお怨霊になって実体化した姿です! 大した相手ではありませんが、数が多いので面倒ですね!」
なるほどアンデッド系な!
俺は清零の柄を持ち鞘から引き抜くと、遂に全身を現した骸骨たちに立ち向かって行く。
「本物の人骨じゃないんだな⁉ じゃあ思い切って叩き斬ってもいいんだな⁉」
「はい! 後腐れなくやっちゃってください!」
「よし、でやあああああ──!」
最初の一体を、袈裟斬りでバッサリ斬り伏せる。
──やった。魔塊を斬った。
「こっちも!」
調子に乗った俺は、清零を横に振って二体目の首を刎ねた。
「たあっ!」
三体目、四体目も続けて斬った。死骨魔塊はバラバラになって地面に崩れ落ちる。素人の俺がこれだけやれるとは……ふたばが言ったとおり、大した相手ではない。
「はっ!」
どんどん骸骨たちを叩き斬っていく。戦えてる、俺、魔塊と戦えてるぞー!
「いいですよ、頑張ってください静也さん!」
「これって素振りの成果だな!」
「ええ、そうだと思います! ほら、まだまだ来ますよ!」
ふたばが前を指差す。
「ええい、お喋りしている暇も無しか!」
俺は死骨魔塊に向かって行く。もはや恐れなど無かった。
「この!」
「こっちか!」
「とりゃ!」
次々と骸骨たちが地面に倒れていく。
「おりゃ!」
「うりゃ!」
「どりゃ!」
上下左右に清零を振り回し、正に無双状態。
「はあ!」
「たあ!」
「やあ!」
……ハァ、ハァ……。
「どうしました⁉ 静也さん!」
「ち、ちょっとスタミナ切れ……」
何ていうか、あまりにも相手が弱いというか、手応えが無いので、煙か霧を斬っているような感覚に陥ってしまっている。
「こいつらを退治する意味あるのか……?」
「現れる限り倒すのが魔塊狩りの仕事です。もう少し頑張ってください!」
「やるしかないか、ハア。……よぉし、来やがれ怨霊共!」
俺が覚悟を決めたその時、清零が青白く光り──体が今まで体験したことのない超反応を見せた。
えっ……これって……?
信じられない速さ、無駄の無い動き、あっという間に死骨魔塊を斬り倒していく力。
俺の体に何が起こったんだ⁉
「ああ、まるで常久様ご本人です!」
ふたばがそう言う。それって……⁉
いろいろ考えている間に、俺の前に死骨魔塊は一体も居なくなっていた。
全て倒した……あっという間に……。
「常久様! これぞ私と共に魔塊を退治していた源常久様の力です!」
ふたばが泣きじゃくって俺に抱きついてくる。
おいおい、そんな、俺は音無静也だってば。
でもさっきの体の動きは……。
うぐっ、いきなり鉛を背中に乗せられたように体が重くなった……常久さんどこかへ行っちゃったのか?
「ふたば、まだ敵はいる。離れてろ」
「うう……ふぁい」
名頃惜しそうに俺から離れていくふたば。
よし、後は蜘蛛魔塊だけだが……。
「高子先輩──! 死骨魔塊は全部片づけました──!」
俺は高子先輩を呼ぶ。だが返事は無く、姿も見えない。
全く、小さいから姿が見えないんだよな、と思って歩き出すと、突然雑木林の中から巨大な蜘蛛が現れて、俺の前に立ち塞がった。その姿は正にテレビで見たブラジルアオツチグモを巨大化させたもので──!
「ヤバい!」
巨大蜘蛛がカシャカシャと口の牙を動かして俺に飛びかかって来る。あまりに驚いて体が固まってしまった俺だったが、同じく雑木林から高子先輩が現れて、俺と巨大蜘蛛の間に入って薙刀で牙を受け止めてくれた。
危ねえ、ギリギリだった‼
「大きな声を出すな! 死にたいのか⁉」
高子先輩は薙刀を横にして巨大蜘蛛──蜘蛛魔塊の牙を懸命に押し返している。こいつは毒蜘蛛だ、咬まれるとマズい!
「手伝います‼」
体の硬直が解けた俺は清零を構え、蜘蛛魔塊の顔面に勢いよく突き刺した。
キエェェェェェェ‼
蜘蛛魔塊は甲高く鳴いて後ろに飛び、自分の作った蜘蛛の巣に掴まって逆さにぶら下がった。
「フン、化け物め!」
高子先輩はバトントワリングのように薙刀を振り、糸をどんどん断ち切っていく。俺はその見事な動きに見とれていた……というよりも、疲れて腕が上がらず呆然と高子先輩と蜘蛛魔塊の戦いを見ていた。さっきの蜘蛛魔塊への顔面突きが、残りの力を振り絞った一撃だったのだ。
すみません高子先輩、後は頼みます……!
少しずつ、高子先輩の薙刀が蜘蛛魔塊に迫っていく。
すると、蜘蛛魔塊はくるりと回転し尻を高子先輩の方へ向けた。
「高子先輩危ない! 蜘蛛はそこから糸を出すんです!」
俺がそう言うと、高子先輩はニヤッと笑みを浮かべる。この戦いの中でも笑う余裕があるなんて、凄い胆力……!
「それぐらいのこと分かっている! 何年魔塊狩りをやっていると思っているのだ!」
と言って、薙刀を片手で持つと、蜘蛛魔塊の腹に向かって投げつけた。
ドスッ‼
薙刀は見事に命中し、蜘蛛魔塊の腹から素麺のようにだらだらと糸が溢れ出てきて止まらなくなった。
──華麗に糸を斬り裂いていく技。
ここぞと見て薙刀を投げつけた判断の速さ。
相手の手を読んでの見事な攻撃だ。
「魔塊め、もう闇に帰るがいい!」
高子先輩が腹から薙刀を引き抜き、ヒュンと一振りすると、蜘蛛魔塊の足が一本飛んだ。
そしてさらに一振りすると、二本目の足が吹っ飛ぶ。
蜘蛛の足って何本だっけ。
そうだ、八本だ。
高子先輩は薙刀で一本一本斬り落としていく。
……すみません高子先輩、俺、先輩のこと小さいからって侮っていました。
滅茶苦茶強い一流の魔塊狩りでした!
こうして高子先輩の薙刀で蜘蛛魔塊の八本足は全て無くなり、巣に乗っかっているだけの醜い姿になった。さしずめ、ゆりかごで揺られている赤ん坊のようだ。
キエェェェ……と、動けなくなった蜘蛛魔塊は最後の呻き声を上げている。
巨大な蜘蛛の巣は溶け始めて、消えて無くなっていき、明らかに蜘蛛魔塊が弱体化している。
「やりましたね高子先輩。もうこいつは……」
俺は完全に油断していた。俺が近づいて行くと、蜘蛛魔塊は尻を向けて……。
「危ない! 後ろに下がれ音無!」
高子先輩にそう言われなかったら、俺は往生際の悪い蜘蛛魔塊の糸でぐるぐるにされていただろう。
そして鋭い牙でガブリと……。
「タアッ!」
高子先輩が俺を後ろに突き飛ばし、ヒュンヒュンヒュンと薙刀を振るった。
ズババババッと音がして、蜘蛛魔塊の体から液体が噴き出した。
そしてその体は細切れになり、巣から落ちていって、地面に転がった。
──やった。
誰が見ても文句なしだろう、見事な薙刀さばきだった。
「凄え……小さいのに」
俺がそう言って感嘆していると。
「小さいは余計だ」
高子先輩に薙刀の柄でコツンとやられた。
「それにしてもお前、まだ魔塊狩りの素人とはいえ、さっきのはいかんぞ。油断してくたばりかけの魔塊にうっかり近づいて行くなんて……」
「すみません……高子先輩の薙刀があまりにも鮮やかだったんで、もう相手にならないかと思って……」
「窮鼠猫を噛むというやつだ。魔塊と戦う時は気を付けるんだな」
そういえば、鈴原さんと一緒に倒した犬魔塊も最後は巨大化してたな……本当にしぶといやつらだ。
「これからは注意します……」
「うむ。教訓にするんだな」
俺は項垂れて、自分の単純さ愚かさに落ち込んだ。
「まああまり気を落とすな。……さて、今回はお前もご苦労様だったな。あの数の死骨魔塊を素人が一人で全て片付けてしまうとは、十分な戦果だ」
「ありがとうございます。そう言ってくれると気が休まります」
「いや、本当に大したものだぞ」
「自分でも吃驚しています。なんか……これから魔塊狩りとしてやっていけそうだなって気持ちになりました」
「ほう、落ち込んでいたと思ったらそうでもないようだな。随分自信を付けたものだ」
俺はふたばの持っていた鞘に清零を収める。
「何だかこう、戦い方が分かってきたというか……知ったような……」
俺の中の常久さんが表に現れてきて、魔塊を次々斬っていった……だなんて言ったら高子先輩は信じるだろうか。
「まあいいだろう。今回は合格だ。蜘蛛魔塊に対する一撃も利いたしな」
「ありがとうございます」
俺は助けてもらった礼か褒めてもらった感謝か、深く頭を下げた。
「お前はこれから伸びるだろう。でも気を緩めるな。そういう時に食われてしまう魔塊狩りはたくさんいるんだからな」
ゾクッ、として背中に冷たい汗が流れたが、そんな俺を見て高子先輩はニヤリと笑っていた。
最後に、地面に溶けていった蜘蛛魔塊を見届けて、俺たちは空井山を下りた。
「ここまでだな、後輩」
高子先輩は励ますように俺の背中をポンポン叩いた。
「お前とはこれからも魔塊狩りの現場で顔を合わせることになるだろう。その時までに腕を上げておくんだな」
そう言うと、高子先輩はスマホを取り出してどこかに電話を掛け始めた。
「……あー、もしもし、蜘蛛魔塊は後輩と協力して退治した。ああ、音無静也というやつだ。なかなか見どころがある男だぞ。大事に育てればいつかは……まあいいか。とにかく報告だけしておく。それでは」
ピッ。
「お疲れ様でした、高子先輩」
「いい加減その高子先輩というのは止めんか」
「もうこれで慣れちゃったんで」
「全く……」
高子先輩は薙刀を袋にしまい、よいしょっと背負うと紐で体に縛りつけ、ヘルメットを被って「じゃあな」と自転車で夜の道を走って行った。
ヘル中……そんな言葉が頭に浮かんだが、言わなかった。ヘルメットを被るのは良いことだし。高子先輩が中学生に見えるのは俺のせいじゃないし。
しかし本気の魔塊狩りっていうのはあんなに強いんだな。蜘蛛魔塊をあっという間にバラバラにしちゃうんだから……。
俺も、まだまだ鍛錬が必要だ。




