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第三章 4

 暗い夜道、自転車のライトを頼りに空井山を目指す。

「どうだーふたば、そろそろ臭ってこないか?」

「まだですね。それにしても現代は道が綺麗で良いですよね。平安時代はガタガタでしたから」

 そうか、俺にとってアスファルトは当たり前でも、ふたばにとってはそうじゃない──こうして自転車でスイスイ走れているだけでも凄いことなんだ。道造りしてくれた人たちに感謝だな。

などと、そんなことを考えながら自転車を走らせていると、月明かりも無い暗い道に入った。道の両側が林で、木に覆われているのだ。唯一、街灯が辺りを照らしてくれている。

 ──来たな。中央区で住宅街の中にポコッとスフレのように膨らんで存在している小山、空井山。

「ようし、もうすぐ登山口が見えてくる筈だから、そこから山に入ろう」

「はい!」

 ギアを下げて、緩やかな登りになっている道を上がっていくと、登山口の辺りに自転車が一台駐まっていた。

 俺が自転車を降りてそれを確認してみると、どうも女性用の、しかも通学自転車。

 学生が一人でこの山に入ったのか? しかも女の子。もしかして、鈴原さんが合流してくれと言っていた魔塊狩りはこの自転車の持ち主……なんだろうか。

 とにかく、その女の子と接触してみないと分からない。

 俺とふたばは山を登り始める。登山道も舗装されていて、障害が無く登りやすい。ここは庶民の山なのだ。

 もう近所の人も山に近づかなくなる時間帯だ。魔塊退治にはちょうど良い。無関係の人に居られるとマズい。その人を庇いながら戦わなくてはいけなくなるかもしれないし、魔塊を見たショックで気絶でもされたら余計に面倒だ。

「私たちを助っ人に呼んだ魔塊狩りの人はどこでしょうねえ」

 ふたばがそう言ってキョロキョロと辺りを見回す。

 自転車の女の子はどこだ。魔塊狩りだとしても普通の女の子だとしても、会ってみないと分からない。既に山頂にいるのかと、二十分ほどかけて登ってみる。

 空井山の山頂はちょっとした公園になっていて、ブロック遊具や砂場まである。そこで座って街の夜景でも見ているのか? 自転車の女の子は。

 ようやく山頂に到着し、「魔塊の臭いはするか?」とふたばに尋ねると、真剣な顔をして「はい」と答えた。

 蜘蛛魔塊はいる。

 緊張して手に汗を掻いてしまって、穿いているカーゴパンツに汗を擦り付けた。

 周りを警戒しながら山頂の奥へ向かっていると……。

 俺たちに背中を向けて、肩幅に足を開き立っているセーラー服の女の子が居た。良かった、平気そうだ。

 女の子は、布に包まれた長い棒状の物を肩に担いでいる。

「あの……君」

 俺が声を掛けると、女の子は振り返った。

「……何だ、こんな時間に一人でうろつくものではないぞ」

 と言われた。こっちの台詞だよ。

 いやそれはあなたでしょうがと言い返したかったが、彼女には有無を言わせぬ迫力のようなものがあって、何も言えない。

「ああ、一人ではないな。幽体を連れている。もしや……」

 ……って、ふたばが見えるのか? ということは助っ人を呼んだのはこの子? 魔塊狩りなのか?

 それにしても……女の子が着ているセーラー服、うちの学校のじゃん! 不動之宮高校、略してミヤコーの物だ。

「もしやお前か助っ人は」

 と女の子は強めの口調で言う。学校では見たことがない、知らない子だ。おかっぱ頭でむっつり顔。長い棒を持っているからか元からか、妙に小さく見える。

「もしかして君が魔塊狩り⁉」

 驚いて俺が言うと、女の子は腰に手を当て、「そうだ文句あるか」とぶっきらぼうに言った。

「いや、文句は無いけど……」

 女の子は「フン!」と鼻を擦ると、首を左右に振り、コキコキと鳴らした。

「ここで蜘蛛魔塊の痕跡を見つけたので、他の魔塊狩りを呼んでやったのだ」

 と小さな体に似合わぬ尊大な態度でそう言う。

「あ、あの、その制服、ミヤコーだよね?」

「そうだが。何か問題はあるか」

「何かベテランの風格を漂わせてるけど、魔塊狩り歴は長いの?」

「うーん、そうだな、中二からやっているから長いと言えば長いかもしれないが」

 ち、中二から……まあ俺よりも長いことは確かだ。

「俺は魔塊狩りになったばかりで……どうもこれからお世話になります」

 ぺこりと頭を下げる。それでちょうど女の子と目の高さが合う。

 この背丈では、彼女は一年生だろう。でも魔塊狩りでは先輩なので、一応挨拶をしておくのが筋だ。

「俺もミヤコーです」

「なに、そうだったか。それならそうと先に言わんか」

「す、すみません……」

 何で俺この見た目完全ロリの女の子に怒られているんだ。

 そういうのが好きな人にはたまらないんだろうけど。

「ところでお前は何年生だ?」

「え? 俺ですか? 二年生ですけど」

「そうか、私は三年生だ」

 ……まさかの上級生。

「さ、三年生……年上……知らなかった」

「不動之宮高校三年、龍王高子りゅうおうたかこだ。ドラゴンの龍に王様の王、高い子と書く。覚えておけ」

 凄く……名前負けしてます。

 そう言いたかったが黙っておいた。

「俺は……二年の音無静也です」

「ふん、引きこもりのような名前だな」

「名前について先輩にとやかく言われたくないです」

「それは見た目からのことか?」

 先輩の左の眉尻がピクリと上がる。

「だって、小さいから今まで学校でも見つけられなかったのかと」

「おい、それ以上言うと血を見ることになるぞ」

 先輩は肩に担いでいた棒──おそらく武器なのだろう──を向けてくる。

「でも先輩が小さいのは事実だし……」

「よし、お前死にたいらしいな」

「あっ、すみませんすみませんもう言いません」

 謝ると、先輩は棒を引っ込めた。

「まあいい。さっきも言ったが、ここに助っ人を呼んだのは、蜘蛛魔塊の痕跡を見つけたからだ」

「痕跡? 蜘蛛の巣とかですか?」

「そうだ。普通の蜘蛛のものとは考えられない大きさの巣だ」

 俺はふたばに再度尋ねる。

「やっぱり臭うか?」

 ふたばはコクンと頷き、「注意してください」と鼻を摘まむ。

「こんな臭いは初めてです。やはりブラジルアオツチグモが外来種だからでしょうか」

「なるほどな」

 蜘蛛の魔塊なんて見たこと無いが、外来種と聞くと特別デカいやつを想像してしまう。

「おい、この子どもの幽体は役に立つのか?」

 先輩にそう尋ねられたので、「ええ、だから連れてるんです」と俺は答えた。

「静也さん……まるで常久様に言われているようです」

 ふたばがうるっときている。いちいち泣かなくてもいい。

「……古来より、蜘蛛の魔塊は巨大化し、人を食らってきた」

 ぶんと棒を片手で振り回して先輩が言う。

「そして益々大きくなる。なるべく早く退治しなければ」

「なんか巨大蜘蛛って聞くだけで背中がぞわぞわするんですけど」

「怖れるな。倒せないほどではない。私とお前がいれば、十分太刀打ち出来るだろう」

「何か……戦っているうちに糸が絡まって、気付いたらぐるぐる巻きにされてたっていう未来が見えます……」

「フン、素人の剣ならそうなるかもしれないな」

 先輩は冷ややかに言って笑う。

「蜘蛛魔塊は、この山のどこかに隠れている……確定でいいんですね?」

「ああ」

 先輩は棒を包んでいた袋の紐を解き、先端にカバーが付いたすらりと長い武器──一般的に《薙刀》と呼ばれるものを取り出した。

 カバーを先輩が外すと、ギラリと鋭い刃が剥き出しになる。

 初めて見たけど、凄い、格好良い。先輩はこの薙刀で中二の時からずっと魔塊を斬ってきたのか。

「薙刀は平安時代に生まれた武器だ。お前の得物は何だ? 見たところ何も持っていないようだが」

「ああ、俺は……」

 俺がふたばの方を見ると、すでに腹に手を突っ込んで「うううう~」と新源氏清零を取り出していた。

「そうか、そのためにその幽体を連れているのか」

「幽体幽体言わないでください! ふたばっていう名前があります! そしてこの刀は源常久様が使われていた新源氏清零です!」

 とふたばは先輩に物申した。

「新源氏清零、薙刀使いの私でも知っている名刀だぞ。そんな平安時代の刀がどうしてまだ存在する?」

「清零は特別で、おまけに私が千年間手入れしてきたからです! いつか常久様が転生されるのを夢見て……そしてこの静也さんこそが源常久様の転生された方です!」

「ほう、お前そんなに凄いのか。今まで何匹魔塊を斬った?」

「に、二匹……です」

 しかも鈴原さんの手を借りて。

「……これは呼ぶ助っ人を間違えたか」

「ちょっと待ってくださいよ、確かに倒したことがある魔塊は二匹ですけど、鍛錬は欠かしていません。ちゃんと俺の実力を見てから判断してください!」

 そう、俺はあれから毎日木刀を振ってきた。手のマメも固まって、痛みもなくなってきた。人間やれば出来るものだ。

「……まあ、いないよりはマシか。いいか、死なないようにだけ気を付けろ。危ないと思ったら逃げてもいい。ここは鍛錬場でも何でもない。本番なんだ。下手すると命を落とすぞ」

「はい、分かっています。頑張りましょう高子先輩!」

「馴れ馴れしく呼ぶな!」

「だって龍王先輩より高子先輩の方が呼びやすくて。高子先輩、良いじゃないですか」

「よ、良くない! 恥ずかしい!」

「一緒に頑張りましょうよ高子先輩」

 俺が今頼れるのはこの人だけだ。だったら少しでも距離を縮めておかないと。

「……お前の葬式には出んぞ」

「結構です。俺には根拠のない生き残る自信がありますから」

「何だその自信は。フン、いいだろう。だが相手は化け物だ。何度も言うが、危険だと思ったら逃げろ。私一人ではお前を守り切れんかもしれない」

「はい、心得ています」

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