第三章 2
「二週間でこの生息範囲の広さというのは、速いような気がしますねえ」
テレビのコメンテーターが言っている。
「うんうん、そうですね」
テレビに向かってふたばが頷く。
「ブラジルアオツチグモというのは繁殖力が高いんでしょうか先生」
司会者が専門家に話を振る。
「いえ、決してそういうわけではありません。ただ移動速度が速くて、次々と新しい場所に巣を作っていきます。巣を見つけても絶対触らないでください。咬まれると肌が腫れ上がるので、まずは警察に連絡してもらいたいですね」
「やはり危険な虫ですね。これが魔塊化する前に手を打ちたいのですが……」
ふたばは考え込む。
「今専門家の先生が言ってただろ、危険だから近づくなって」
「なら余計放っておけませんよ! 魔塊狩りが魔塊を狩らないでどうするんですか!」
「まだ魔塊になるって決まったわけじゃない。慌てるなよ」
「速い、多い、強い、それが蜘蛛の魔塊です!」
「カップ麺じゃないんだから」
「今頃不動市内に侵入しているのかと思うと……ああっ! じっとしてられませんね!」
「いいから落ち着け。そのブラジルアオツチグモってのはどういうところに現れるんだ?」
「蜘蛛には二種類あります。徘徊して餌を捕食するもの。巣を張って餌を捕まえるもの。ブラジルアオツチグモは巣を張る方のようです。蜘蛛は餌があるところに巣を張ります。魔塊の餌は人間、つまり人がいるところに現れます」
「何だって? じゃあ街中危険だらけじゃないか。ブラジルアオツチグモを見つけたら、魔塊になる前にさっさと処分しないと」
「既に魔塊になっている場合、危険度は急上昇します」
「どうしろってんだよ」
「蜘蛛魔塊も馬鹿ではありません。無警戒に人前に現れないと考えてください。ちゃんと身を隠せる場所に居る筈です。そして巣を張って餌がかかるのを待ちます」
「巣にかかったら逃げられないのか?」
「その人の頑張り次第ですが……もがけばもがくほど絡まるのが蜘蛛の巣です。だから、巣にはなるべく近づかずに蜘蛛魔塊と戦うのがいいでしょう」
「難しい注文だな……」
「大丈夫です、蜘蛛魔塊の退治経験はあると言ったでしょう。常久様と共に何度かやりましたから! 私にどーんと任せてください!」
「いや任せてくださいと言われても……」
不安すぎるが、こいつがここまで自信たっぷりに言ってるんだから、戦い慣れているというのは本当なんだろう。
「どうします? 早速出かけますか?」
「出かけるって言ったって、もう夜だぞ」
「好都合ですね、魔塊は夜にうろつく場合が多いです。さあ、行きましょう!」
「フー……分かったよ」
俺は夕食を済ませた後、ふたばと共に夜の街へ出て行った。俺は去年の冬に買ったクロスバイクに乗って空を飛ぶふたばに付いて行ったが、全くと言っていいほど魔塊の気配はしない。そりゃそうだ。広い街の中を適当に探していても、見つけるのは困難だろう。そもそも魔塊化してるかどうかも怪しいのだ。
「どうだーふたば、魔塊の臭いはするかー?」
「いいえー、全く」
ガクリ。
むやみに俺を振り回しても疲れるだけだぞ。
「ふたばー、ちょっとストップ」
俺がそう言うと、ふたばはふわふわと空から下りてきた。
「何でしょうか?」
「ちょっとコーヒーでも飲もう」
俺は近くの自動販売機にお金を入れてカフェオレを買った。
「お前も飲むか?」
「私は結構です。それよりも魔塊ですよ魔塊!」
「あのさあ、これ以上無駄に動いても疲れるだけだ。今日のところは帰ろう。何か手がかりが見つかればまた動く。そうしないか?」
「……常久様は、犠牲が出る前に自ら動いていましたよ」
「そりゃお前、昔の話だろ。今と昔じゃ人の数も何もかも違いすぎる。俺たちは焦って動いているだけで、全くの無策だ」
「じゃあ家で大人しくしてろって言うんですか! 私は手をこまねいてテレビを観ているだけの日々に疲れました!」
「今のままじゃ駄目だって言ってるんだよ俺は。街を適当に歩いていて魔塊に遭遇する可能性ってどれぐらいだよ? もうちょっと考えて動こう、なっ?」
「…………」
「とにかく今日は帰ろう。もしかしたら鈴原さんとか、他の魔塊狩りから連絡が来るかもしれないから」
「……分かりました。静也さんの言うとおりにします。グスッ」
泣いているのか。自分が役に立てないのがそんなに悔しいとは……しょうがないやつだ。
こうして俺たちは夜遅くにボロマンションに帰った。
俺が風呂から上がって部屋に戻った時、ふたばは膝を抱えてゴロン、ゴロンと左右に転がっていた。
よっぽどモヤモヤしてるんだな。でも仕方がない。いくらふたばの鼻が利いても見つけられないのが現実だ。
平安京の広さがどれぐらいだったか、体感的に知らない俺では不動市と比べられないが、それでも不動市の方が広くて人口も多いだろうということぐらいは分かる。京の都を守ってきたという自負があったふたばは傷ついているだろう。
あっそうだ、鈴原さんに電話しとかないと……夜に電話すると約束していた。
プルルルル……。
「もしもし、鈴原さん?」
「遅い」
おおう、怒ってらっしゃる。そりゃもう十一時過ぎてるもんな。
「ごめんごめん、ちょっとふたばが拗ねちゃってさ」
「どうして?」
「自分が役立たずのような気がしてイライラしてるんだよ」
「蜘蛛魔塊のことね。実はあなたにも連絡しようと思ってたんだけど、その蜘蛛魔塊の捜索指令が魔塊狩りたちに出たわ。あなたからふたばちゃんにそう言ってあげて。そうすれば少しは元気になるんじゃないかしら」
「いやさ、探すって言ったってどうするの?」
「どうするもこうするも、しらみつぶしに探すのよ。もちろん私も探すわ。これも魔塊狩りの仕事。いいわね」
「ハア、分かったよ。頑張ってみる」
「油断しないでね」
「ああ」
ピッ。
「おいふたば。ふーたーばー」
まだいじけてゴロンゴロンしているふたばに声を掛ける。
「……いいんですよ、どうせ私なんて現代社会では役立たずのダンゴムシですよ……」
「魔塊狩りたちが蜘蛛魔塊を探すためにローラー作戦をするんだってよ」
「ローラー作戦?」
「片っ端から探し回るってことだよ。お前の方向性は間違ってなかったぞ。今日はもう遅いから寝るけど、明日から俺たちも再出動だ」
「は、はい!」
立ち上がったふたばは、むん、と空手のような構えをとった。
「なら今日はしっかり寝て英気を養わなければいけませんね!」
と言って押入れの中へ飛び込んで行った。
ふう、取り敢えず元気を取り戻して良かった。
しかし、しらみつぶしにとは……本当に見つかるんだろうか。




