第二章 4
約束の放課後、下駄箱で上履きからスニーカーに履き替えた俺は、愛しの彼女……鈴原瑠璃さんの待つ校門へ向かって歩き出した。
彼女の姿は遠くからでも目立つ。下校する生徒たちの中に埋もれても、すぐに見つけられる。
手足の長い体に、握り拳ほどの大きさの顔が乗っている。モデル並みだよなあ本当。
「鈴原さん」
俺が声を掛けると、スマホを弄っていた鈴原さんはこっちを向いた。
「今日もお疲れ様。じゃあ行きましょうか」
と無表情で言って歩き始める。
今時当たり前なんだろうけど、鈴原さんってスマホを持ってるんだ。そういうイメージが無かったのでちょっと驚いた。まあ魔塊狩りの仕事でデジタルガジェットを使うことがあるだろうし、連絡を取り合うためにも必須なんだろう。
……鈴原さんの家ってどんな感じなんだ。勝手に古風な日本家屋を想像していたけれど、スマホを使っている鈴原さんを見て分からなくなった。
今日はふたばを連れて来なくて良かった。
鈴原さんの家に行くなんて、あいつ何かキーキー言いそうだし。
並んで歩くのも何だか気が引けるので、鈴原さんから一歩下がって俺は付いて行った。カップルとか思われると鈴原さんに迷惑をかけそうだし。
「音無君」
鈴原さんが立ち止まって振り返った。
「な、何?」
「どうして隣を歩かないの?」
「え、あ、……こ、恋人同士とか思われたら鈴原さんに迷惑かなって」
「そんなの気にしてたの?」
鈴原さんはハアとため息をついた。
「だ、だってクラスメイトとかに見つかったらアレだろ、俺が鈴原さんの彼氏ポジションだなんて」
「構わないわよ私は。ちょっと音無君のスマホ貸して」
「あ、うん」
俺はポケットからスマホを取り出して渡す。
「古いの使ってるのね。パスコードは?」
と尋ねられた。
「8175、だけど」
鈴原さんはピッピッピッと素早くロックを解除して、さらに何か打ち込み始める。
「はい、私の電話番号登録しておいたから」
そう言って俺にスマホを返してくる。はやっ。
「いつでも電話してきて。特に魔塊関係のことはね」
「う、うん、分かった」
「それじゃあ行きましょうか。まだ少し歩くことになるけど、大丈夫?」
「いいよ、何ならバスに乗ればいいし」
「そうね。でもバスに乗るほどの距離じゃないのよね」
鈴原さんは再び歩き始めた。俺は小走りで鈴原さんに追いつき、今度は彼女の横に並んだ。
でーん、という擬音が適当だろうか。
門扉を開けて中に入ると、とにかく広い。
鈴原さんの家は平屋建ての日本家屋で、緑にあふれた庭には松などが植えられていて、鯉が泳ぐ池もある。
……こっちはイメージどおりだったな。
鈴原さんが鍵を取り出して玄関の戸を開けると、家の中も立派な造りで、太い木の柱が立ち、これぞ日本の家だという感じ。うちの狭い鉄筋コンクリートのマンションとは大違いだ。
「奥の間で待っててくれる?」
そう言われて俺は「奥の間ってどこだよ」と思いながらも、取り敢えず畳の部屋を三つ歩いて抜け、花瓶と壺が棚に置かれていた部屋を見つけるとそこで止まり、置いてあった座布団に遠慮がちに正座して、鈴原さんを待った。
「ごめんなさい、お茶を用意してて」
鈴原さんがおぼんに急須と湯呑みを乗せて現れた。この部屋の雰囲気と相まって、凄く似合っている。
「いやいやお構いなく」
セーラー服の美少女が日本家屋でお茶を出してくれる。まるでテレビのCMのようだ。
「もうすぐ母が来るわ。私を助けてくれたお礼を言いたいんだって。悪いけど付き合ってあげて」
はあ、鈴原さんのお母さん……。
俺の予想では、着物に髪をかんざしで纏めた色白の美人、だけど……。
お茶を飲みながら待っていると、ピッタリ、予想どおりの人が来た。
「どうもお待たせしました、瑠璃の母の香子でございます」
手をついて丁寧に頭を下げてくる。お上品だ。
「ど、どうも、瑠璃さんのクラスメイトの音無静也です」
俺も慌てて手をついて頭を下げた。
頭を上げてお母さんの顔を見ると、鈴原さんにそっくり。滅茶苦茶美人。親子じゃなくて姉妹と言われても気付かなさそうだ。
「この度は、娘の命を救っていただき感謝しております」
「いやあ、命を救っただなんて……」
「いえいえ、あなたがいなかったら娘は魔塊の餌食になっていたでしょう」
このお母さんも魔塊狩り関係者か……。
「そんなことないですよ、瑠璃さんは強いですから」
魔塊に回し蹴りを食らわせてぶっ飛ばすぐらいだからな。
鈴原さんの方を見ると、スゥ……と静かにお茶を飲んでいる。
「娘に聞いたところ、音無さんは新源氏清零をお持ちだとか……」
「え、あ、はい、持ってるのは俺じゃないけど、持ってます」
「はい?」
「何と言いますか……預けてます」
お母さんは小首を傾げて不思議そうな顔をしている。その顔すら美人。何と言って説明すればいいだろうか。
「ホホホ、そうですか、まあいいでしょう。新源氏清零をお持ちなら、もしや音無さんはこの不動市を救ってくださるような魔塊狩りになってくださるのではないかと思いましたが……」
「この街を救うだなんてそんな……。すみません、俺そんなに強くありません。魔塊狩りとしてはまだまだ成り立てというか……これから本気で魔塊狩りとしてやっていくのかもまだ決めてないような状況でして」
俺がそう言うと、お母さんはいかにも残念といった感じで「そうですか……」と俯いた。
しかしすぐに顔を上げて、パアと明るい表情に変わった。
「でも、源常久の転生した方というのなら期待してもよろしいですよね?」
と大きな目を瞬かせて言った。
「へっ?」
「あの伝説の魔塊狩り、源常久の意志を継ぐ者。それならば、めちゃめちゃ期待しちゃってもいいですよね⁉」
「あっ、いや、その……」
お母さんは鼻息荒く、俺の両肩をがっしり掴んで顔を寄せてくる。
「さあ、魔塊狩りになりましょう! 悪い人食いの魔塊たちをばっさばっさと斬り倒して、目指すは最強の魔塊狩りですよ!」
お母さんは俺をゆっさゆっさと力強く揺らす。
「えあ~……」
そこで鈴原さんが「お母さん、エキサイトしすぎよ」と窘めた。
「ハッ! 私としたことが、申し訳ありません……」
「あ、いえ、気にしないで……」
このお母さん二重人格か? さっきの興奮ぶり、最初の印象とは全く違っていたんだけど──。
「話を戻しましょうか。娘が犬魔塊に襲われたのは、これを持たせていたからかもしれません」
お母さんは、帯から筒状の布の御守りを取り出した。
「懸守と言って、昔からある物ですが、筒の中に護符が入っています。魔塊は普通これを嫌がるものですが、悪いことに娘が帰っているところで鉢合わせしてしまって、驚いて襲って来たのかもしれません。犬は本来、怖がりな生き物ですから」
「は、はあ、なるほど……」
「良かれと思って持たせていた物が逆効果でしたね、ホホホ」
いや、笑いごとじゃないし。このお母さん躁うつ病なんじゃないだろうか。
鈴原さんは静かにお茶を飲んでるだけだし。いつものことなんだろう。
「せっかく来ていただいたことですし、昔の話でもしましょうか。この子の昔話」
お母さんは座り直して鈴原さんの方へ体を向けた。
「娘には父親がいません」
お母さんがそう言うと、鈴原さんの眉間にしわが寄る。
「その話はいいでしょ」
機嫌悪そうに言った。
「この子の父親は魔塊狩りで、同じく魔塊狩りだった私とペアを組んでいました。しかし二人で戦いに出たある日、一瞬の隙を突かれて父親は命を落としてしまい……それからは私一人が魔塊狩りとして働くようになって、この子は祖父母に育てられました。祖父母は『お前は将来魔塊狩りになるんだよ』と言ってこの子を育てました」
鈴原さんの過去……重い。確かにそうやって育てられたら、魔塊狩りになろうとするかもしれない。
「全て昔の話よ。死んだお父さんは生き返らないし、お母さんはもう魔塊狩りを引退してる。今現役なのはこの私よ。私はお父さんみたいに簡単にやられたりしない。この街は私が守る。そのためにも音無君」
「え? は、はい」
「あなたの新源氏清零を私に譲ってくれないかしら? ハッキリ言って今の音無君じゃ豚に真珠、猫に小判よ。私ならあれを使いこなせる」
「あの刀を君に差し出すなんて……俺がよくてもふたばが何て言うか……」
「あんなちびっ子幽霊の言うことなんて聞くことないわよ」
「いや、やっぱり駄目だろうな。清零はあいつが持ってる。欲しいならあいつを説得するんだね」
「……音無君、何か私に反抗的じゃない?」
眉間にしわが入ったまま、鈴原さんはじっと俺の顔を見る。
「俺の言ってることがそう聞こえたんなら、そうなのかもね」
「音無君みたいな素人じゃあ、死人が増えるだけかもよ?」
「俺もそれなりに頑張ってみることにしたんだ。ほら」
俺はマメが出来て皮が捲れた手のひらを見せた。
「君に言われたとおり、木刀を振ってるよ。おかげで手はこんなんで、体は筋肉痛さ」
「……そう」
「俺は取り敢えず頑張ってみることにした。その結果向いてないと思ったら、その時はふたばごと清零を君に渡すよ」
ニッと笑って俺はそう言った。どうだ言ってやったぞ、そんな気持ちも入っていたのかもしれない。
「そのにやけ顔……忘れないわよ」
鈴原さんは俺に目を合わせて、フンッ、と鼻を鳴らして自分も笑った。
「まあまあ二人共、仲良くやっていきましょう。同じ魔塊狩りなんだから」
お母さんがそう言って、「そうだ、貰い物のお菓子があるんだった」と言って小走りで部屋を出て行った。
「かわいいお母さんだね」
「昔からあれこれ豹変するから、子どもだった私からしたら別の人がお母さんになったみたいで相手するのに苦労したわ」
「昔からそうなんだ、さっきのああいう感じ」
「そうよ。扱いづらいったらないわ」
「でも綺麗で若々しいよな。まだ現役で魔塊狩りやれるんじゃない?」
「よしてよ。あんな人とペアを組むなんてごめんだわ」
鈴原さんは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
でも、口元は緩んでいた。
「ねえ、音無君を待ってる間、スマホのネットニュースで見たんだけど、南米の毒蜘蛛が日本で発見されたらしいわ。輸送船に乗ってやって来たみたい」
「それがどうしたの?」
「気を付けてね」
「気を付けてって……その毒蜘蛛が魔塊になるってこと?」
「急激に環境が変わると危ないのよ。魔塊化する可能性が高くなる」
「でもこの不動市で出るかなあ、ピンポイントで。日本全国広いんだよ?」
「日本各地に出れば、それぞれその地の魔塊狩りが処理するわ」
「魔塊狩りってそんなにいるの⁉」
そういえばふたばもそんな風なこと言ってたような……。
「ええ、平安時代から組織化されて、今は日本全国に広がっている。あなたには不動市を中心に動いてもらうことになるわ」
「自分の街は自分で守れ、ってか……」
「不動市にも仲間は住んでるから、早く顔と名前を覚えてね。まだ新米君なんだから迷惑かけないように」
「はい……」
「それじゃあ、毒蜘蛛に注意して鍛錬に励んで頂戴」
「分かった、今の俺に出来るだけのことはする」
俺が力強く頷いて立ち上がろうとした時。
「あらあ、もう帰っちゃうんですか? せっかく羊羹を切ってきたのに……」
お母さんがおぼんにお菓子を乗せてやって来た。
ああ、もう、やる気が削がれる!




