第二話 愛と平和の為に闘っている
出撃命令が下った。
待ちに待ったこの瞬間。苦渋の日々に耐えられるのもこの瞬間が在ればこそ。
指紋、網膜、脳波パターンの認証を終えれば搭乗口のロックが解除。三重の装甲ハッチが静かに開く。コックピット内に乗り込み、シートのストレッチャーにパイロットスーツを接続。
物理切断されていた主電源のハンドルを捻って接続状態へ。
起動スイッチを入れる。
操作系とスーツの同調完了と同時に、フットペダルと操作スティックが、オレの爪先と手の平の位置まで微調整移動。「セット準備中」の状況コメントが「完了」に切り替わった。
スティックの圧感検知センサーから、機体の微妙な作動感触が伝わって来る。
微かな電音、遠くから伝わるジェネレーターの鼓動、全方位モニターに電源が入り静謐な緊張感が満ち満ちる。
サブスクリーンに投影された、起動準備のタスクが次々に消化されてゆく。
動力炉がアイドル状態から運転状態へ。駆動系に電力が投入され、超高密度の循環作動ゲルが流動を開始。動圧ポンプが低く唸り、戦闘コンピュータが目を覚ます。
連動し、次々に目覚めてゆく補助電脳群。
呼応し、遠くから響いて来る、徐々に高まる作動音。
そして、ジワリと操作スティックの温度が上がったような感触。
準備タスクの表示が全てグリーンを表示した。
AIが女性の合成音で宣言する。
「全装置、および全システム正常。起動可能な状態となりました」
よし。
「マンシオン、起動」
「了解」の返答の後に焦げ茶色のマンションが小刻みに振動を始め、身じろぐように「戦闘形態」への変形が開始された。
マンションの構造材が複雑に蠢き、交差し、多種多様な分離連結を繰り返して「マンション」であった筈のカタマリは「ロボット」へと変貌する。
中に住んでいる人達もモチロン一緒にだ。だが何も問題は無い。賃貸および購入規約にはそれが明記されているからだ。
特記事項:このマンションは事前に何の勧告もなく、ロボットに変形し敵と戦うコトがあります。その場合、居住者の皆様の生命財産および各種権益等の保証は一切為されません。悪しからず。
こんな具合に。なのでこのマンションに住む人々は、これらを全て納得ずくで居住し全てを受け容れた方々。実に剛気な人々である。
自らの住居をもって悪に対するというその気概、まさに感服に値す……おや、おかしいな。何故だか部屋のアチコチから悲鳴や絶叫が聞こえるぞ。防犯カメラや集音マイクが拾った映像や音声からも、慌てふためく人の映像やパニックになった怒号が聞こえて来る。
変形しますよ、って一報入れた方が良かったか?
報告の義務は無かった筈だが。
きっと平和な日常に浸る内に、咄嗟の機転が利きにくくなっているに違いない。あるいはちょっと規約をど忘れしているのかも。
まぁいい、コレもこのマンシオンが平和な日常を提供していた対価というコトだろう。少し我慢していてくれ。直ぐに済む。
目の前にはすでに変形を終えた佐々木町のマンション型ロボットが在る。
名前は何と言ったかな。メゾン・ド・スッテンテンだったか?ふざけた名前だ。「いくぞスッテンテン。このマンシオンが懲らしてくれる」そう見栄を切ったら「誰がスッテンテンだ」と外部マイクがヤツの怒声を拾った。
「メゾン・ド・ステファンだ。ブリキのおもちゃロボットに乗って居るヤツは脳ミソもおもちゃだな!」
パイロットの甲村スミレか。相変わらずのきんきん声め。スピーカーの音量が大きすぎだ、足元の池にさざ波が立ってるぞ。
「ソチラこそ目玉が腐っているようだな。この直線基調の飽きの来ないシンプルなデザイン。四頭身とも揶揄されてる低重心なスタイル。幼子ですらソレと分かる伝統的なシルエット。まさにザ・ロボットと定冠詞を以て呼ぶに相応しい」
「小学生が夏休みの工作で作ったみたいなデザインしやがって。何が低重心だ、頭デッカチで手足が短いダケじゃねーか。六〇年代の玩具売り場がお似合いのポンコツロボット。駄菓子屋の棚にでも収まってろ!」
「そのポンコツに未だ一勝も出来ていないのはどこの誰だ。大言壮語は相手を倒した後に吐いた方がイイぞ。ちょっと教育してやろう。かかってきなさい、スッテンテン」
「ステファンだっつってるだろうが!」
スクラップにしてやる、と息巻きながら相手のロボットがダッシュする。迎え撃つべく、コチラも身構えた。
八頭身スタイルのスリムなロボットが足元の住宅を蹴散らしながら迫ってくる。電柱がヘシ折れ、電線がムチのようにしなって街路樹を切断した。
二階建ての屋根が吹き飛び、部屋の中の家電だのベッドだの残骸が飛び散った。少し大きめの人型のものも在ったが、ぬいぐるみか何かだろう。
ひょっとすると、部屋で寝ていた夜勤帰りの勤め人だったかも知れない。
平日の午前中なんで子供達は大抵学校か幼稚園だ。「正義の闘い」は平日白昼に限る。在宅率は低いだろうし、被害は少ないに越した事は無い。専業主婦の方や隠居したお年寄りはご愁傷様といったところだが。
ヤツが間合いに入る直前に、助走を駆って跳び蹴りをカマしてきた。それを牽制にして肉弾戦を挑むつもりなのだ。
打撃主体の戦い方は望むところ。コイツのこういうトコロは気に入っている。初手いきなり必殺光線を撃って、その後タダの砲台と化して居る無粋なヤツも居るが、そんなアホウより百倍はマシだ。
よく分かって居る。ロボット戦はステゴロしてナンボなのである。
だが甘いな。マンシオンは無敵だ。光線だろうと爆撃だろうと格闘戦だろうと負けることはない。
何故ならば
「オレはホンモノの正義だからだっ」
跳び蹴りを意図してすれすれで躱し、体を低くして違いの機体が交差する刹那、カチ上げの一撃を入れた。
ヤツの脇腹の位置にクリーンヒット。反動を逃がしきれず、そのまま横転。真横に在ったナンタラ電気店とその隣に建っていたはずの民家が、スッテンテンに押しつぶされて跡形もなく吹っ飛んだ。
中に誰か居たら瓦礫と共にペッチャンコだろう。
いや、平日白昼だから電気店には誰か居ただろうな。
ひょっとすると客もろともかも。
パンチの一瞬、変形の際にマンシオンの右手に取り込まれた部屋から絶叫が聞こえたような気がしたが気にしない。闘いの最中のよそ見は危険だ。
それにスッテンテンの内部に取り込まれた家族の悲鳴なのかも知れないし、判別は難しかった。
倒れたまま甲村スミレのロボットが再度足蹴りをカマしてくる。それを真っ向から受け止めて、足首をホールド。背負い投げよろしく振り投げてやった。
ヤツの巨体が見事な孤を描いて宙に舞う。その勢いのまま大地に叩き付けてやれば、轟音と共に「ぎゃあ」とスピーカー越しの悲鳴が聞こえた。
ふむ。頭部が半壊しているな。コクピットはマンシオンと同じく頭部だった筈。コレでは操縦は難しかろう。
全身に青白い火花が走り始めて居る。どうやら今の一撃で致命的な何かが壊れたらしい。見かけはいいが相変わらず脆いロボットだ。
「まいったと言え、甲村スミレ。降参するならコレまでとしてやろう」
……おや、何も返事が無い。憎まれ口の一つもあるかなと思ったのだが、意識まで刈り取られたか。それともロボット共々壊れたか。
確認のため再度声を掛けようとしたら、急激に放電が激しく為った。
「む、いかん」
咄嗟に背後へ緊急跳躍。ジャンプで滞空している最中にスッテンテンが爆発。白色の火球と轟音、そして衝撃波が同心円状に周囲をなぎ払った。
数万度の高温と音速の爆風がマンシオンを翻弄する。
だがその程度で動ずるオレではない。その程度でマンシオンは傷も付かない。
吹き飛ばされながら空中で機体を制御。背面での一回転で体勢を立て直すと、そのままの勢いで小学校のグラウンドと思しき広場にマンシオンは着地。
瞬間、轟音と共に衝撃と振動で、校舎の窓ガラスがことごとく吹き飛ぶのが見えた。
うむ。ちょっとラフなランディングだったか。緊急跳躍が爆風に煽られて三〇㎞は跳んだからな。
しかしコレで、佐々木町との町境にある資源ゴミの回収利権は、我らが山本山町のものだ。道路拡張工事のお陰で、ゴミステーションの管理区分が曖昧になっていたからな。しかしコレにて一件落着。今回も滞りなく正義を実行出来た。
ふと気付けば、割れた窓から大勢の学童達が顔を出している。
おお、教師と思しき幾人かの大人も手を振っているぞ。怒鳴っているようにも見えるが気のせいだろう。きっとこの勇姿を讃えてくれているに違いない。
あるいは、あの爆発から逃れたこの身を案じてくれているのかもだ。
だが心配ご無用。これこの通り、マンシオンは無傷だ。
「お気遣い、感謝する」
外部スピーカーで声を掛けたら、手に持った黒板消しを地面に叩き付けている教師が居た。
子供達は大はしゃぎして手を振ってくれている。
うむ。それだけ喜ばれるとこちらも嬉しい。
だが感謝の言葉は不要だ。ただ当然のことをしたまでのこと。オレとマンシオンは正義の為、皆の愛と平和の為に闘っているのだから。
「では子供達、ついでに教師の皆様。名残惜しいが次なる悪に備えねばならない。さらば」
反物質スラスターに火を入れる。鉄をも溶解する膨大な熱量とレントゲン写真の数万倍の放射線が地表を灼く。
当然、周囲の一切合切も。
オレはマンシオンを跳躍させた。




