名前だけ
「とりあえず行こう……」
俺は、君に似たその人にそう言った。
そして、思わず口を開いた。
「名前、教えてくれない?」
自分でも、なぜ聞いたのか分からない。
混乱していたし、昨日の頭の衝撃で思考もぼやけていた。
「つばき! なんで呼んどいて名前も忘れてんの?」
少し怒った声が、耳に刺さる。
「いや……昨日、頭ぶつけて……」
言い訳にもならない声で答えながら、
俺は異世界にいるのだと、ようやく思った
本当の君なら、こんなこと言わないはずだ。
今、俺が話しているのは──
ただ、名前が同じで、顔が似ているだけの女の子なのだと思う。
「何ボソボソ言ってんの。名前まで忘れるとか論外なんだけど」
正論だ。呼び出しておいて、名前を忘れるなんて。
でも、ここは異世界で目の前の人は──
ただ単に君に似た人だ。
「つばき。目覚めたごめん。行くぞ。」
何を言われても動じない。
「はいはい。」
呆れたような態度でつばきがいう。
俺は目の前の人を本当のつばきじゃないと仮定したことで強気に出れたし、気が楽になった。
登校中、昨日の地震のこと、本に頭をぶつけたことを話した。
つばきは眉をひそめて聞きながらも、文句は言わず、ただ少し先を歩き続ける。
その姿は、冷たくて厳しい――でも、ドジなところには文句を言わない優しさ、どこか惹かれるものがあった。
「そういえば、なんで呼んだの?」
つばきが問いかけてきた。
「あ、えーと……」
本当の君だったら手紙を渡す予定だったけど、
今いるのは違うつばきだ。
──俺が焦りながら咄嗟に出た言葉は
「…文化祭一緒にまわりませんか?」
困ったような顔でつばきは
「別にいいけど、それだけ?」
思わず心臓が跳ねた。君じゃないのに。
顔は似ているけれど、口調も態度も全然違う。
──本当の君なら、こういう聞き方はしない。
俺は、自分の心に言い聞かせる。
これは異世界の君だ、と。
名前が同じで、顔が似ているだけの……でも、確かに存在する、君だと。
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