綻び
「……何を見てたんだよ」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
つばきの背中は、少し先を歩いている。
追いつける距離のはずなのに、
どこか、遠い。
「ねえ」
不意に、つばきが振り返った。
そのタイミングが、あまりにもぴったりで。
まるで、今の独り言を聞かれていたみたいで。
「なに、ぼーっとして」
「……してねえよ」
「してたよ」
軽く笑う。
その何気ないやり取りが、
逆に現実感を強くする。
「次、どこ行く?」
「……どこでもいいって言っただろ」
「それ、答えになってない」
つばきは少しだけ考えてから、
「あ、じゃあさ」
人混みの向こうを指さした。
「中庭、行かない?」
「中庭?」
「人少ないし。ちょっと休めるでしょ」
「……ああ」
特に断る理由もなかった。
むしろ、
少し落ち着ける場所が欲しかった。
並んで歩く。
さっきより、少しだけ距離が近い。
でも――
(……違う)
何かが、違う。
この距離も、
この空気も、
全部知ってるはずなのに。
「ねえ」
つばきが、また声をかける。
「さっきから、変だよ」
「……別に」
「別に、じゃない」
ぴたりと足を止められる。
思わず、こちらも止まる。
「なんか隠してるでしょ」
まっすぐ見てくる。
逃げられない視線。
「……隠してねえよ」
「じゃあ言ってよ」
一歩、近づかれる。
距離が、一気に縮まる。
「何考えてるのか」
その言い方が────
一瞬だけ、
あの君と重なった。
「……っ」
言葉が詰まる。
頭の奥が、じわりと熱くなる。
「ほら」
つばきが、少しだけ眉をひそめる。
「やっぱ変」
「……うるせえな」
思わず、強く言ってしまった。
一瞬、空気が止まる。
「あ……」
言い過ぎた、と思ったときには遅かった。
つばきは、少しだけ目を見開いて――
それから、ふっと表情を緩めた。
「……なに怒ってんの」
怒ってはいなかった。
むしろ、どこか落ち着いていて。
それが、逆に刺さる。
「別に、怒ってねえよ」
「じゃあその顔なに」
「……」
答えられない。
答えたら、多分────
壊れる気がした。
「……はあ」
つばきが、小さくため息をつく。
その仕草が、
やけに“見覚えがある”気がして。
「ほんと、分かりやすいよね」
「……どこが」
「全部」
即答だった。
「顔にも出るし、態度にも出るし」
少しだけ、口元が緩む。
「昔からそうだったじゃん」
────昔から。
その言葉に、
胸の奥が、ひっかかった。
「……ほんとに?」
思わず、聞き返していた。
「は?」
「俺、昔から……そんな感じだったか?」
つばきは、少しだけ目を細める。
「……なにそれ」
呆れたように言ってから、
でも、すぐに。
「違うよ」
はっきりと、否定した。
「昔はもっと……」
言いかけて、止まる。
「もっと、なんだよ」
「……別に」
視線を逸らす。
でも、その一瞬の間で、
分かってしまった。
「……違うんだな」
小さく呟く。
「今の俺は」
つばきは何も答えなかった。
ただ、少しだけ困ったように笑う。
その笑い方が────
また、
あの君と重なる。
「……ねえ」
静かに、つばきが言った。
「無理に思い出そうとしなくていいよ」
「……は?」
「変に考えすぎるとさ」
少しだけ、真面目な声になる。
「余計、分かんなくなるでしょ」
その言い方。
その空気。
────同じだ。
あのとき、
あの場所で、
同じように言われた気がする。
「……お前」
思わず、つばきを見つめる。
「なに」
「……いや」
言えなかった。
言ってはいけない気がした。
……同じ、なはずない
でも、
確かに重なる。
声も、言葉も、
その距離の詰め方も。
「……中庭、行くんじゃねえの」
話を逸らす。
「……うん」
つばきは少しだけ不思議そうにしながらも、
また歩き出した。
その後ろ姿を見ながら、
胸の奥で、何かが確信に変わりかけていた。
…同じ、なのか
認めたくない答えが、
ゆっくりと、形を持ち始めていた。
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