【第三話】底辺の俺が『代勇者』? 謎の少女シヅキの宣告
「あの……さっきは助けてくれてありがとう」
紫スライムを倒した後、周囲を見渡すと極彩色のスライムの姿はどこにもなかった。
どうやら、本当に彼女が一人であっさりと片付けてしまったらしい。
その後、彼女は有無を言わさず、あの純白の剣が入った鞘を俺に渡し、背負うように指示してきた。そして俺を先導する形で平原を抜け、安全な『はじまりの街』へとたどり着いた。
なぜこの街が『はじまりの街』と呼ばれているのか、疑問に思うかもしれない。
実は、この街の周辺――つまりモンスターが出没する危険地帯――に生息しているのは、この世界で最も弱いモンスターばかりなのだ。
だから、新米の剣士や魔法使いが旅を始めるにはうってつけの場所であり、いつしかそう呼ばれるようになったというわけだ。
現在、俺と少女はこの街で最も賑わう大通りを歩いている。
道の両脇には露店がひしめき合い、空き地など一切なく、どの店先にも黒山の人だかりができている。
俺たちは、両側の人波に押し潰されそうな、やっと二人が並んで歩けるほどの細い隙間を縫って進んでいた。
通行人たちは暗黙の了解で二つの流れを作り、行き交う人々がスムーズに進めるようにしている。もし一人でもズルをして反対車線(?)に割り込もうものなら、道は瞬く間に大渋滞を引き起こし、結局はズルをした本人も身動きが取れなくなるのだ。
「言ったはずよ? あなたは『代勇者』。その命を守るのは当然のことだわ」
俺の感謝の言葉に対し、少女は淡々とそう返した。
まるで行き詰まったチェスの盤面を歩くかのようなこの激しい人混みの中でも、彼女は眉一つ動かさない。
完全なるポーカーフェイスを維持したまま、押し寄せる通行人を無言で避け、前へと進んでいく。
いや、それより……お前の言ってる意味が全く理解できないんだけど!?
「あのさ……」
「こういう話は誰かに聞かれるとまずいから、どこか落ち着いて話せる場所に行きましょう」
(なら、なんで人混みのど真ん中で堂々と言ったんだよ!)
「じゃあ……俺の借りてる部屋で話すのはどうだ? 壁に耳でも当てられない限り、誰かに聞かれる心配はない」
なにせ、壁の薄さには定評のあるボロアパートだからな。
「ええ……そうね。公共の場は私も少し不安だわ」
少女は少しだけ躊躇した後、俺の提案に頷いた。
俺は彼女を案内し、大通りを抜けて、一人通るのがやっとの細い路地へと入っていった。
「俺の部屋は、この建物の屋根裏だ。鍵はかかってないから(盗まれるような金目の物なんて一つもないし)、先にあがって待っててくれ」
俺がそう言うと、少女は疑わしげな目を俺に向け、次いで俺が指差した今にも崩れそうなボロアパートを見上げた。
彼女の口から「ここの屋根裏って、人間が住めるの?」という残酷な疑問が飛び出す前に、俺はダッシュでその場から逃亡した。
情けない話だが、今の俺はホームレスになる一歩手前の状態だ。
いや、相棒だった魔杖を失ったあの瞬間から、俺のホームレス行きは確定事項となっていた。
これまではスライムの体液を売って、ギリギリで三度の飯と家賃を賄ってきた。
だが、杖がない今の俺には、最弱のスライムすら倒す術がない。新しい杖を買う? そんな金があるわけがない。
悲しいかな、これといった深い理由など何もない。ただ単に「金がない」。それだけだ。
どうせホームレスになるなら、今日稼いだお金(彼女の働き分も含まれているが)で彼女に恩返しをして、潔くどん底ライフを受け入れようじゃないか。
いつもの換金所へ駆け込み、先ほど採取したスライムの体液をすべてカウンターに叩きつけた。
今回ばかりは値切り交渉などせず、差し出された金をひったくるように受け取ると、すぐさま店を飛び出した。
あまりの俺の剣幕に、店主は「熱でも出たのか?」と俺の額に手を当てて心配そうに見送ってくれたほどだ。
その後、俺は少し迷った末、普段なら高くて絶対に手を出さない……といっても、ごく普通の安菓子を二つ買った。
まあ、一つだけ買って彼女に渡すのも気まずいし、ホームレス生活初日で餓死してしまっては、命を救ってくれた彼女に申し訳が立たないからな。
そう自分に言い訳をして買った二つの菓子を抱え、俺はボロアパートへと戻った。
まずは一階にいる大家を捕まえ、手持ちの金から家賃を支払う。
「明日からここを出ていくよ。おっちゃんも元気でな」
大家とはそれなりに良好な関係を築いていた。他の大家なら、俺の滞納ギリギリの家賃支払いペースにとうの昔にブチギレていただろう。
このボロアパートを去るのは少し名残惜しい。そう、彼は俺にとって数少ない理解者だったのだ。
「お前さん、あんな可愛い子を別の街へ連れ出したところで、到底養いきれんぞ。悪いことは言わん、諦めとけ」
大家は受け取った家賃を見つめながら、真顔で忠告してきた。
訂正する。こいつは俺が可愛い嫁を養える器じゃないと決めつける、ただの失礼なオッサンだった。
ちょっと待て、俺はいつ彼女を養うなんて言った?
「違う違う、誤解だって!」
「なんだ? もしかしてあっちがパトロンか? お前、ヒモになっても俺たち貧乏仲間のこと忘れんなよ?」
「だから、そういう関係じゃないってば!」
ったく、俺がいない間に、あの女は大家に何を吹き込んだんだ?
俺の部屋――屋根裏部屋への入り口は、三階の廊下の天井にある。
そこに架けられた、ほぼ俺専用のハシゴを登り切ったところで耳を澄ませば、屋根裏の物音が聞こえる。
先ほど俺が言った「壁に耳を当てる」というのは、まさにこのことだ。
鍵をかける意味など皆無の扉を開け、俺はようやく我が家へと帰還した。
広さは約六畳。床も壁も天井も、すべて粗末な木材で作られた四角い空間だ。
左側にある唯一の窓からは夏の西日が差し込んでいるが、部屋全体を照らすには程遠い。光の筋の中には、無数のホコリがフワフワと舞っているのが見えた。
家具と呼べるものは、ハンモックと、ガタガタで今にも倒れそうな机と椅子が一組あるだけ。
「ごめん、待たせたな……」
少女は俺のハンモックに腰掛け、あの奇妙な刀を熱心に布で拭いていた。
平原よりも薄暗いこの部屋では、刀身から放たれる青白い光が一層不気味に際立っている。
いったいその光の正体は何なんだ?
「気にしないで。私、時間はたっぷりあるから」
少女はそう言いながら、カチャリと刀を鞘に収めた。
……どうやら、とんでもない暇人を拾ってしまったようだ。
だが俺は暇じゃない。日が暮れる前にホームレスとしての活動(物乞い)を始めないとヤバいのだ。
「そ、そうか……あ、これ、ちょっとしたお礼だ。受け取ってくれ。水でも飲むか? それともお茶の方がいいか?」
俺は家主として精一杯のオモテナシ精神を発揮したが、少女は「どっちでもいいわ」と言わんばかりの塩対応。
全く興味がなさそうだ! それでも、一応お菓子は受け取ってくれた。
「それじゃあ、まずは自己紹介からね……」
少女の言葉でハッと気づく。そういえば、出会ってから結構経つのに、まだ彼女の名前すら聞いていなかった。
「私の名前はシヅキ。よろしく」
「俺は……」
「あなたが『代勇者』のキュウショウであることは知ってるわ」
……なんで俺の個人情報が事前に漏れてるんだ?
いや、今はそこじゃない。
「あ、ああ、よろしく。単刀直入に聞くが、そろそろその『代勇者』ってのが何なのか、説明してくれないか?」
「ええ」
美少女シヅキは、俺がそう切り出してくるのを予想していたかのように、あっさりと頷いた。
「なら、一番初めから話すわね」
シヅキは差し出した水を一口飲むと、出会ってから最も長い台詞を口にし始めた。
「十七年前、あなたの知る通り、勇者は魔王を百年間封印するという使命を放棄し、その力を自分の中に留め、あろうことか世界を支配する暴君となった。
神はその事態に激怒し、魔王が本来封印されるはずだったその日に生まれた赤子の中から、一人の人間を『勇者の代わり』として選び出した。そう……」
シヅキはすっと立ち上がると、新芽のように細く、到底戦士のものとは思えないしなやかな指先を、ビシッと俺に向けた。
「『代勇者』。その名の通り、かつての勇者を討伐し、魔王を封印する力を奪い返し、勇者の代わりにその義務を果たす者。それが――あなたよ」
…………。
「ストォォォォップ!!」
俺はシヅキの言葉を遮り、慌てて叫んだ。
さっきまでポカンと聞いていたが、聞き捨てならないワードが飛び出したぞ!
俺は弾かれたように屋根裏の扉へ突進し、外へ首を出して周囲を確認した……よし、誰も立ち聞きしていない。部屋の中に人が隠れられるスペースもない。
「頼むから、そんなヤバい台詞を大声で言わないでくれ! 俺が『国家反逆罪』で王宮の騎士にしょっぴかれちまうだろうが!」
安全を確認して安堵の息を吐きながら、俺は胸を突き破りそうなほどバクバク鳴っている心臓を必死に落ち着かせ、彼女に文句を言った。
「あなた、私の言葉を信じていないの?」
シヅキは無表情のまま、首を傾げた。
いやいや、ちょっと待て。
こういう時、美少女ってのはウルウルした瞳で上目遣いでおねだりしてくるもんじゃないのか!?
そんな能面みたいな顔で言われて、どうやって「仕方ないな、君を信じよう」なんて言えるんだよ! 全然可愛げがないぞ!
「……まあ、いいわ」
無言の俺を見て、少女は小さくため息をついた。
「普通に考えれば、初対面の相手のこんな荒唐無稽な話を信じる方がおかしいものね」
今更気づいたのかよ!
俺は深くため息をつき、床にどっかりと座り込んだ。
もしこの少女が、ただの妄想を語るために俺の命を救ったのだとしたら、俺もこいつも相当な馬鹿だ。
「じゃあ、お前はいったい何者なんだ? なんでそんな世界の裏設定みたいなことを知ってるんだよ」
「勇者に仲間がいたように、あなたにも仲間がいる。それが私よ」
「俺のパーティー、少なすぎないか!?」
ダメだ、頭が痛くなってきた。
「確かに俺の誕生日は十七年前のその日だけどな、同じ日に生まれた奴なんて世界中に山ほどいるはずだ。それに、俺のへっぽこな戦いぶりを間近で見たばかりだろ? どう考えても人違いだ」
「なら、今すぐ証明してあげるわ」
そう言うと、少女はハンモックからふわりと飛び降りた。
「え?」
さらなる反論を口にしようとしていた俺は、彼女の予想外の行動に呆気に取られてしまった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも「面白い」と思っていただけましたら、
下の『★』で評価や、ブックマークをしていただけると、執筆の大きな励みになります!




