黒髪JK、手料理を振舞う
闇市はアルフヘイムの中央大通りにある。
以前、武器防具を買った店も闇市の中にある。
簡易的なテントを張っている店が大半だ。
祭りの露店のようなものと言えばわかりやすいだろうか。
見渡す限り人で埋め尽くされている。
アルフヘイムの人口はどれくらいかわからないが、ちょっとした都市くらいの規模だろう。
闇市は広い。
さてどこへ行くかと考えていたら、ヒマリちゃんが先へと進んでしまう。
「ヒ、ヒマリちゃん!?」
「こっちです! こっち!」
目的の店があるのか、ヒマリちゃんは人ごみを上手くすり抜けてぐんぐん前に向かう。
俺は慌てて彼女の後を追った。
野菜が大量に置かれている。
どうやら八百屋らしい。
「えーとジャガイモと人参と玉ねぎ、あとは……」
俺が店に着いた時にはすでにいくつかの野菜を手に持っている状態だった。
さらにいくつかの野菜を手にすると店主に話しかける。
「これで3万円は高いです! 1万円でお願いします!」
「そんな安く売れるかよ! 2万5000円だ!」
「じゃあ1万1000円で!」
さっさと会計すると思ったら今度は値切り始めた。
主婦だ。しかもかなりしっかりしたタイプの。
かなり体格のいい強面の店の主人相手にもひるまず交渉を続けている。
いつもの彼女ならもっと怯えそうなものだが。
慣れているのだろうか。
「くそぉ! もってけ泥棒!」
最近聞かない捨て台詞を最後に、店主は負け顔を晒していた。
結局、1万3450円まで値切ったらしい。
十単位まで値切り始めた時は、おじさん戦々恐々としちゃったよ。
アルフヘイムは物価が大体、表市場の十倍なのでおおよそ1345円か。
……値切ったなぁ。
「では次のお店に!」
「あ、ああ……待って! 荷物は俺が持つから!」
「ありがとうございます! では次は精肉店に行きます」
俺に荷物を渡しながらも、目を輝かせるヒマリちゃん。
なんだろう。探索してる時と違って、妙に生き生きしているぞ。
対して気後れする俺。
いつもなら逆の立場だが、今日は彼女が先陣を切っている。
また人ごみという名の地獄へと飛び込むヒマリちゃん。その後を必死に追う俺。
そして辿り着いた精肉店。
「豚バラにしよっかな……うーん、でも牛肉も捨てがたいよね。やっぱり定番のブロック肉かな。あとは……うん、やっぱりこれもいるよね」
真剣な様子で肉を吟味しているヒマリちゃん。
そしていくつかの牛ブロック肉と豚ロースを凝視した後、一つずつ手に取った。
「これ買います! 5000円に負けてください!」
そして再びの根切交渉。
強面どころか顔に傷がいくつもある明らかに半グレの店主相手に臆す様子はない。
しかし何度目かのやり取りをした後。
「ちきしょう! もってけ泥棒!」
精肉店の店主は、さっきの八百屋の店主と同じ負け台詞を吐いていた。
女子高生は最強なのだろうか。
この調子でヒマリちゃんはいくつかの店を渡り歩き、そして値切りまくっていた。
結果。
総額、2万5000円で、すべての食材が揃ってしまった。
ちなみにこれは共同調理場のレンタル料金も込みだ。
彼女はレンタル代さえ値切ってしまったのだ。恐ろしい。
共同調理場は闇市の通り沿いにあり、入ってすぐにキッチンがいくつもある構造になっている。マンションのキッチンというよりは、大衆食堂のキッチンのような見た目だ。
調理器具はすべてそろっているし、コンロもいくつもあるようだ。
俺は調理台に荷物をすべて置いた。
「すごい値切り話術だったな。思わず感心したよ」
「えへへ、ありがとうございます。本当は武器とか防具を買う時もやりたかったんですけど、まだ街に慣れてなかったですし、ホテルで値切るのはリスクが高いのでやめておきました!」
「そ、そうか。だったら今後は買い物をヒマリちゃんに任せた方がよさそうだな。金銭感覚も俺よりもしっかりしてるし」
「任せてください!」
「さてそれじゃ始めようか。買ったのは各種スパイスに野菜と肉……もしかしてカレー?」
「正解です! 手料理と言ったらカレーかなと思いまして! お好きですか?」
「ああ、好きだ。大好きと言っていいね!」
個人的な考えだが、カレーは家庭料理の中でもトップに入ると思う。
定食屋に入ったら日替わり定食とかオリジナルのメニューとかあるのに、思わずカレーを頼んでしまうくらいには好きだ。
なんだろうな、あの食欲を誘う香りは。反則だろ。
想像しただけでよだれが出そうだ。
腹も減ってる。むしろずっと減ってる。
空腹は最高のスパイスとよく言うが、その通りだと思う。
「じゃあ、作っちゃいましょう! シンさんは座っていてください!」
手伝おうか? と聞こうとしたがあまり自炊は得意ではないことを思い出す。
モヤシ炒めとお好み焼きを作るのは上手い方だ。安いからな。
目を輝かせているヒマリちゃんの邪魔をしちゃ悪い。
俺は言われた通りに食事スペースにある椅子に座ることにした。
「ふんふんふーん♪」
上機嫌のヒマリちゃんの後姿を眺める。
彼女はいつの間にかエプロンをつけていた。
「家では、いつもヒマリちゃんが料理してたのか?」
「ええ、母はいつもお仕事で忙しかったですし、妹はまだ小学生で小さいので、私が家事をやってました」
「それは大変だね」
「そんなことないですよ。朝食は簡単なものにしてましたし、昼食は小学校は給食が出ますから、自分のお弁当だけでよかったですし、夜ご飯は少し手の込んだものを作りますけど、考えるのも作るのも楽しかったので!」
肩越しに振り返るヒマリちゃんの表情は明るいものだった。
思わず俺も笑顔を浮かべてしまう。
「妹もカレーが好きでよく作ってました。体は小さいのに、カレーの時はたくさん食べて、おいしかったって言ってくれて。普段から大人しくて優しい子で、私の手料理をいつもおいしいおいしいって言ってくれるんですが、カレーの時は特に嬉しそうに言うんですよ」
「へえ、それは嬉しいな」
「そうなんです! お母さんもいつもおいしいって言ってくれるから、がんばっちゃおうって思うんです。誰かのために何かするってすごく楽しいから。私も嬉しくなって。ふふふ、懐かしいなぁ」
リリは死んだ。
そして妹とも離れ離れになっている。
ヒマリちゃんの心情を考えると、呑気に笑顔を返せはしなかった。
楽しそうに料理をしている姿を見ると、なぜか胸が締め付けられた。
まだ彼女は若い。高校生だ。それなのに、どれほどの不幸に見舞われるのだろうか。
「ん? あれ? おかしいな。火が消えちゃった。ガスが出てないのかな?」
ヒマリちゃんが首を傾げつつ、コンロのつまみを何度も回している。
カチカチという点火音が何度も聞こえるが、着火しない。ヒマリちゃんの言う通りガスが出てないのだろうか。
思わず立ち上がり、ヒマリちゃんのもとへ行こうとした。
「きゃあ!」
ヒマリちゃんの悲鳴と共に、天井近くまで火が上った。
「ヒマリちゃん!」
俺は咄嗟にヒマリちゃんへと駆け寄る。
幸いにして火は一瞬にして消えた。天井へも燃え移ってはいないらしい。
「だ、大丈夫か?」
「な、なんとか。びっくりしました」
「何があったんだ?」
ヒマリちゃんの手を引っ張って起こしながら話す。
ヒマリちゃんは少し動揺していたが、すぐに気を取り直した様子だった。
「ガスが途中で止まっていたのかもしれません。でもつまみタイプなので、押した状態でしかガスが出てこないはずなんです。間隔を空けてから回してたので、ガスが充満してるとは思えないんですが……ニオイもなかったですし」
多少料理をする人ならば、ガスのニオイには敏感だし、コンロの使い方を知っているはず。
つまみタイプなら押している間にしかガスは出ない。
となると別部位から漏れていたのだろうか。
ふと僅かに刺激臭がした。においを辿ると少し離れた場所のコンロから出ていることに気付く。
「あ……こっちのコンロからガスが出っぱなしだ」
前に使った人間がつまみをきっちり戻さなかったのだろうか。
ガスが少しずつ漏れている。
ここにはガス警報装置なんてものもないから誰も気づかなかったのだろう。
俺はすぐにつまみを元に戻した。
気付いてよかった。もう少し遅かったらガス爆発が起きていた可能性だってあった。
「これで大丈夫だと思う」
「あ、ありがとうございます。すみません、私の不注意で」
「いやいや、ヒマリちゃんのせいじゃないよ。前に使った奴が悪い。まあ、運が悪かったと思おう」
ヒマリちゃんは何か言おうとして、そして口を閉ざした。
「どうしたんだ? 何か気になることでもあったのか?」
「い、いえ何も……料理の続きしますね!」
ヒマリちゃんは誤魔化すように笑みを浮かべて、再び鍋の前に戻っていった。
少し引っかかるが本人が何も言わないのなら、俺から聞くべきじゃないだろう。
そう思い、再び席へと戻った。
そして数十分後。
「おお! カレーだ! しかもカツカレーだ!」
テーブルの上に置かれたカレー。具材は大き目のごろごろカレーだ。
しかも上にカツが乗っている。
ああ、いい香りだ。生きててよかった。
テーブルを介在して、俺の正面にヒマリちゃんが座っている。
彼女の前にもカレーが置かれていた。
「早速いただいても!?」
「どうぞ!」
俺たちは同時に両手を合わせる。
「「いただきます!」」
言うや否や、俺はカレーを一気にほおばった。
美味い! 美味いッ!!
なんて美味さだ! カレーってこんなに美味かったか!?
貧乏借金節約生活をしていたためカレーを食べることさえ久しぶりだ。
しかもアルフヘイムに来てサンドイッチしか食べてないから余計に美味く感じる。
それだけじゃない。
このカレーは今まで食べたカレーの中で一番美味い。
断言する。
美味すぎる!
「はぐっ! 美味い! はぐっ!!」
まるで男子高校生のように、カレーを掻きこむ。
食欲が抑えきれず、常に咀嚼し、喉を鳴らし、胃を満たした。
ああ、出る。
脳汁が。脳汁が!
美味い食事。
そしてヒマリちゃんの優しさと慈愛を感じる。
そうだ、これこそが幸福感。
手料理ってこんなにいいものだったのか。
「そんなにおいしそうに食べてもらえると嬉しいです!」
「いや、これはマジで美味い。美味すぎる! ヒマリちゃんも食べてくれ」
「はい、いただきますよ」
俺の食事風景を楽しそうに眺めていたヒマリちゃん。
彼女もカレーを食べながら嬉しそうに笑っていた。
美味い食事はこんなにも満たされるものなのか。
アルフヘイムに来てからも、そしてここ数年の生活の中でも、これほど充実して、嬉しい時間はなかったように思う。
金があればパチンコに行き、負け続けて、台を殴りかけて止まり、ネットで負けた経験談を探したり、負けが込んだ客が車でパチンコ店に城門突破するのを見て、俺はああはならないと思ったりとかしていた日々とは雲泥の差だ。
きっかけはヒマリちゃんだ。
俺一人だったらここに来ても、きっと腐った生活をしていただけだろう。
あるいはもう死んでいたかもしれない。
彼女を守ろうと覚悟し、そうしてきたからこそ今の俺があるのかもしれない。
……不思議だな。
もしかしたら、俺がヒマリちゃんを守っているようで、ヒマリちゃんが俺を守ってくれているのかもしれない。
なんて、それは考えすぎか。
俺は思わずリリのことを思い出した。
おまえの娘、いい子に育ったな。
そう思いながらヒマリちゃんを見ていると、目があった。
彼女は怪訝にするでも、嫌悪感を表すでもなく、綺麗な笑顔を見せてくれた。
自分でも理由は判然としない。
だけど俺はこう思った。
この子のためにも頑張ろうと。




