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クズ男、ドーラを探す

「98、99、100! だはぁ!」


 腕立て伏せを終えると俺は地面に寝転がった。

 息を荒げつつ、空を見上げる。

 すでに夜の帳が下りている。

 ここはホテルの裏庭だ。

 ヒマリちゃんは部屋で就寝中。毎日、探索しているがかなり疲労が溜まっているらしく、ヒマリちゃんの就寝時間は早い。

 俺はというと夜は目が冴えて眠れないので、裏庭でこっそりトレーニングしているところだった。ちなみにアルフヘイムに来てからほぼ毎日やってる。


「……はあはあ! な、なまってるな。たった100回程度の腕立てで限界なんて……」


 俺は嘆息する。

 昔はこの五倍はできた。

 あの時は若かったし、毎日鍛えてたからな。

 腕立て伏せ、スクワット、ランニング。

 武器の素振り、そして敵を想定したシャドー。

 毎日3時間はトレーニングしていたはずだ。

 29歳のアラサーがあの時と同じくらい動けるようになるのは難しいだろう。


 だが、今の俺にはスキルとレベルがある。

 トレーニングをすれば基礎能力の底上げになるわけだから、レベルが上がった時の上昇値も著しく上がるはずだ。


「休憩終わり。やるか」


 今度はスクワットを始める。

 正直、自重だと限界があるのだが、筋力だけでなく筋持久力も向上させたいと思っているので、重りはそこまで必要ない。

 大事なのは実戦を想定することだ。


「ふっ、ふっ、ふっ」


 昔はトレーニングを好んでやっていた。

 辛いし苦しいし地味だしで、嫌がる人も多いだろうが、俺は嫌いじゃなかった。

 やればやるほど探索者に近づくと思えたからだ。

 今はその時の気持ちが少しだけ蘇ってきている。

 我ながら驚きだ。


「119、120、121」


 ここ十年ほど、怠惰に暮らしていたのにここまでやる気に満ちているなんてな。

 状況は最悪だ。

 でも悲観はしていない。

 むしろ前向きだし、毎日を楽しみ始めているのだ。

 借金まみれで殺されそうになり、毎日命を懸けて探索していると聞けば、憐れだと思う人間が大半だろう。

 だが俺は高揚感に満たされている。

 むしろ充実していると言ってもいい。


「151、152、153!」


 もっと探索がしたい。

 もっと戦いたい。

 もっとクリティカルヒットを出したい。

 もっと金を儲けたい。

 もっとレベルを上げたい。

 もっとランクを上げたい。

 もっと、もっと、もっともっと。


「198……199……200ッ!!」


 限界を迎えて俺は後ろに倒れ込む。

 下半身全体に乳酸が溜まり、嘔吐感がこみ上げてくる中、必死に息を整える。

 気持ち悪い。

 でも心地いい。

 俺はおかしくなってしまったのだろうか。

 でもそれでいい。

 この飢餓感を俺は愛おしいと思う。

 死んだように生きていた時とは違う。

 今は、抑えきれないほどの衝動がいくつもこみ上げてくるのだ。


「明日も探索だ」


 そうこぼすと、俺は思わず笑った。


  ●□●□●□


 そして十日が経過した。

 俺たちは安宿の部屋で互いのステータスリングを表示していた。


「さ、さすがにまずいかこれは!?」

「……ま、まずいかもしれません」


 やってしまった。完全にやらかした。

 日々の生活費と最低限の装備だけでやりくりしようとした俺たちだったのだが、やはり小さな支出がどうしても生まれてしまったのだ。


 装備の手入れや追加購入で二人で70万。

 日用品や雑貨、衣類の追加購入や洗濯で二人で30万。

 そしてギリギリまで切り詰めた食費の限界。

 先日、ヒマリちゃんが手料理を振舞ってくれはしたが、それ以降は結局収入は増えず、一日一回の食事になった。

 一日サンドイッチだけで足りるはずもなく、日中にヒマリちゃんが倒れてしまった。

 俺も限界が近かったため、結局、食事を増やそうということになり食費が倍になった。

 ちなみに報酬が多かった日に残った金は、装備の手入れや道具の購入などで結局消えてえしまった。


 結果。

 現在の俺の借金は2800万円。

 ヒマリちゃんの借金は3300万円。


 借金が増えてる!?

 計算間違ってないよな!?

 なんでキリの良い額になってんだ!?

 毎日十数万は稼いでいるはずなのに!?

 幸いにしてレベルは上がっている。

 俺は4レベル、ヒマリちゃんは3レベルになった。

 ランクはアイアンのままだったがもう少し頑張れば初心者から初級者になれるかもって感じだ。


 レベル5までが初心者でアイアンランク。

 少し探索に慣れてきたところという感じ。

 表ではEからDランクのダンジョンを探索できるってイメージだ。


 アイアンランクの次はブロンズランク。

 レベル6から14程度の初級者のイメージだ。

 表ではDからCランクのダンジョンを探索しているランク帯だ。


 この十日間、ちまちまとニードルラビットの討伐や素材の採取を続けていた。

 本当はダンジョンボスを倒したいところだが、俺たちのレベルだと危ない橋を渡ることになりそうだから踏み切れなかった。

 俺はボスのオークを倒したが、あれは運が良かった。

 正直、また同じ戦いをして勝てるとは限らない。

 俺のスキル『クリティカルヒット』は運要素が強いからだ。


 最近ちょっとヒキが弱い気もする。

 戦闘中に一度もクリティカルヒットが発動せず、ちまちまダメージを与えて倒すことの方が多くなっている。


 それにヒマリちゃんも調子が悪いようだ。

 彼女の体には擦り傷や痣が増えている。


「体は大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。なんだか少し……運が悪いと言いますか」


 ヒマリちゃんの言葉通り、なぜか最近の彼女は運が悪い。

 調理場での火が燃え上がった時から妙に変なことが起きている。

 まあ、アレは事前に注意すれば回避できたかもしれないのだが、それ以降、ヒマリちゃんに鳥のフンがやたら落ちてきたり、目の前に木が倒れてきたり、やたら顔面タトゥーたちと遭遇しかけたり、平らな地面で転んだりと散々だ。

 なんというか……不幸?


 そもそも借金苦の上に裏探索者をさせられている時点でかなり不幸なのに、さらに不幸が積み重なっているというか。

 言葉にはしない。

 君、不幸体質じゃない? なんて。

 可哀想すぎて言えない。

 しかしヒマリちゃんも自覚があるらしく、しゅんとしてしまっている。

 薄幸の美少女という言葉が似合いすぎる姿だった。

 可哀想すぎて言葉にならない。


「と、とにかく問題は金だ。金を何とかしないと」


 日々の生活を切りつめてもやはり限界が訪れる。今でさえかなり切り詰めている方だ。

 食事は最低限だし、毎日同じ服だし、銭湯にも行かず、冷たい水で体を洗っているくらいだ。

 人間としての最低限の生活をするには必要な額だ。

 これ以上、切り詰めたらまともな生活ができない。

 だがこの生活を続けていれば借金返済分を稼ぐことは不可能だ。


「このままだとまずいな。あと200万しか余裕がない。月末の返済額が100万、ここ十日間で50万近く借金が増えてるから……」

「月末で上限の3500万を超えちゃいますね……すみません」

「ヒマリちゃんのせいじゃないから!」


 ヒマリちゃんは悲しそうに顔を歪ませて俯いてしまう。

 思わず現状を口にしてしまったことを後悔した。

 だが現実逃避しても現実は変わらないことも事実だ。

 レベルも上がりにくくなっている。

 俺がレベル5になるには、恐らくニードルラビットを百体近く倒さなければならないだろう。


 低レベルの場合はレベルを一つ上げるのは簡単だ。だがレベルが上がれば上がるほど必要な経験値は指数関数的に増える。

 つまり、大量の経験値を持つ敵やボスを倒す必要が出てくる。

 だがそれには危険が伴うし、大抵はパーティを組んで戦うものだ。


 俺たちはたった二人。

 誰かと組むことも考えたが、この街の連中から信用できる人間を探すのは一苦労だ。

 今のところ一人もいやしない。


 ……いや、一人いるかもしれない。

 この街に詳しくて、信用ができるかもしれないし、できないかもしれないが、少なくともいきなり恐喝してきたり、ヒマリちゃんにいやらしい目を向けない人物が。


「そうだ、ドーラだ! あいつに何か情報をもらうのはどうだ? あいつは情報通だしこの街に詳しい! 恐らく伝手もあるだろう! 金は取られるだろうけど、一攫千金の美味しい情報とか持ってるかもしれない! 成功しても大金は取られるに違いないが!」

「た、確かにあの人なら! お金は必要ですけど助けてくれるかもしれませんね!」


 この街で唯一頼れそうなのはドーラだけだ。

 この案に賭けてみるしかない。もしもダメなら……危険を承知でEランクダンジョンのボスに挑むか、Dランクのダンジョンで探索するか。

 俺のクリティカルヒットが発動すれば大抵のモンスターは倒せるはずだから、勝算がないわけではない。

 ただ強敵のモンスターの攻撃を一度食らえば死ぬだけだ。

 レベル差がある状態では一撃受けただけで致命傷だからな。

 装備も心もとない状態だから、間違いなく死ぬだろう。

 当然レベル差があれば身体能力の差もある。

 つまり敵の攻撃を避けるのも難しいというわけだ。

 俺の攻撃回数は限られる。

 その上でクリティカルヒットを早く発生させる必要があるのだ。

 ……やっぱりそれは最終手段に取っておこう。リスクが高すぎる。


「行こう。ドーラを探すんだ」

「はい!」


 少しだけ元気を取り戻したヒマリちゃんに向けて俺は頷く。

 俺たちは急いで宿を出た。

 まだ諦めるには早い。

 とにかくあいつを……ドーラを見つけるんだ!


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