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クズ男、金が増える

 翌日。

 俺たちは顔面タトゥーと出会ったダンジョンとは別のダンジョンへと足を運んだ。

 Eランクで同じ環境、傾向のダンジョンだ。

 アルフヘイムの下層だけでも数百種類のダンジョンが存在し、街中の空き地や建築物内におもむろにゲートギミックが置かれている。

 地図がないとゲートがどこにあるのかわからないくらい入り組んでおり、複雑な迷路みたいになっている。

 ドーラに感謝だな。

 あの情報には100万の価値はあったかもしれない。


 俺たちはすでにダンジョン内を移動している。

 鬱蒼とした森。

 妙に青々とした草木が視界を塞ぎ、枝葉の間からわずかに青空が見えた。

 ダンジョン内でも空はあるのは妙な感覚になる。

 俺は地面の土を手に取る。指でこするとわずかな湿気が伝わった。


「シンさん、何をしてるんですか?」

「土の感じを確かめてるんだ。昨日受けたクエストでノコキノコの採取があっただろ? 表世界と同じように菌類は高温多湿の環境で生息しやすいから、湿り気がある方がキノコを見つけやすい。緑銅鉱石に関しては洞窟か岩石地帯で鉱脈が見つけやすいはず。両方見つけるには高温多湿の洞窟が一番効率がいいんだ」


 自然系ダンジョンでも温度や湿度はそれぞれ違う。

 ここのダンジョンは比較的に気温が高く、湿度も高い。

 素材採集にはうってつけの環境だ。

 そういえばヒマリちゃんの反応がないな、と思い振り向くと、彼女は目を輝かせて俺を見つめていた。


「シンさんって本当に何でも知ってますね! ダンジョン探索のことなら何でも知ってるんじゃないですか!?」

「い、いや、そこまでじゃないよ。前にも話したけど若い頃に探索者に憧れてたし、それに実は表ではギルドで働いてたこともあったんだ。バイトだけど」

「ギルドで! すごいですね! どんなお仕事だったんですか?」

「学生バイトだったから基本的に裏方が多かったな。探索者やダンジョンの調査とか、ダンジョンの管理と入場の際の検問とか。あとは資料整理とか……ああ、関連のコンテンツ制作者の調査もあったな。実際にダンジョンには入れないから雑務が多かったけど。あとはアライアンスの管理もしていたね。まあ、バイトだから全部補佐だけど、たまに探索者の人から話を聞けて勉強になったよ」

「なるほど! あの、アライアンスっていうのはなんですか? 受付の女性も言ってましたけど」

「企業や個人で作る探索者の組合みたいなものかな。一人で活動するより集団や組織で探索した方がメリットが多いからな。ただ、その分しがらみも増えるし、勢力争いとか色々あったりするみたいだけど。表も裏もそれは変わらないみたいだな」


 上位ランクのみが所属するアライアンスや、ややグレーなアライアンスもある。

 中には動画投稿者や配信者、あるいはSNS特化型のタレントのみが所属するアライアンスもある。

 まあ、ダンジョン内にはスマホなどの現代機器は持ち込めないから、画が地味になりやすいらしく、需要はそこまで多くはないらしいが。


「すごいですね、シンさんは! 私は何も知らないですから……シンさんのおかげで色々と知れて本当に助かってます! ありがとうございます!」


 ここまで純粋に目を輝かせる人がこの世にいるのか。俺は初めて出会ったんだが。

 なんて純真無垢。穢れを知らない若い人間の真っ直ぐな思い。

 くっ、眩しすぎる!

 そんな敬意を俺に向けないでくれ!

 俺はただのクズで、アラサーで、ギャンブル依存の終わってる人間なのに!


「と、とにかく素材採集に向かおうか」

「はい!」


 元気よく返事をするヒマリちゃんに、俺は苦笑を返すことしかできない。

 なんだこの、若人に向けられた期待に応えなくてはならないというプレッシャーは!

 考えるな。今は目の前のことに集中するんだ。

 俺は後頭部に突き刺さるヒマリちゃんの尊敬の視線に気づかない振りをして、周辺を散策した。

 

  ●□●□●□


 半日後。夕方前の時刻。

 俺とヒマリちゃんはダンジョン内の少し開けた場所に集まっていた。


「わあ! たくさん集まりましたね!」


 ノコキノコ10本。小さめの緑銅鉱石6個が目の前の切り株の上に乗っている。


「確か大きさと品質で値段が違うんでしたね。平均2万くらいでしょうか?」

「それくらいだろうな。となると全部で32万。二人で分けて一人16万か」

「一日でこんなに貰えるなんてすごいですね! 表だと月給くらいじゃないですか!?」


 ここで月給にしては少ないと言うか迷ったがやめた。

 平均月給に比べると低いが住む場所や事業によって変わるし、なによりフリーターだった俺の月給も同じくらいだったからだ。

 それはそうとして、確かに一日で一人16万は破格だ。

 相当な稼ぎであるのは間違いない。

 アルフヘイムの物価が十倍だとしても、日給1万6000円の価値があるとすれば、それなりに良い報酬と考えていいだろう。


「確かにね。ただ一日の生活費を考えると、最低でも11万は必要になるから一人プラス25000円くらいの計算になるな」

「それに私は矢の追加購入分があります……十二本セットで25000円くらいです」

「俺も短剣が刃こぼれしてるから修理がそろそろ必要だな。25000円くらいあればギリギリ足りるかも」


 ヒマリちゃんと互いに顔を合わせると、俺は大きく嘆息した。


「で、でも大きな前進ですよ! 少しずつお金を稼げてますし、まだ数日ですから! 毎月の借金返済までまだ28日もありますし! 頑張りましょう!」


 ヒマリちゃんが笑顔で俺を励ましてくれた。

 俺よりも一回り若いのになんて前向きでしっかりした子なんだろうか。

 ヒマリちゃんを守るつもりが、むしろ俺が支えられている。

 情けないと思うも、同時にこうも思う。

 だからこそヒマリちゃんを絶対に表の世界へ、そして妹ちゃんのところへ返してやりたいと。


「……そうだな。まだ俺たちはレベルもランクも低い。これからどんどん強くなっていけば、もっと難しいダンジョンへ行けるし、必然的に報酬も上がる。今は頑張り時だな!」

「そうですよ! それに私たちは一人じゃありませんから! 一緒に頑張りましょう! 私、一生懸命やりますから! むん!」


 鼻息を荒くして、気合十分の顔を見せてくれるヒマリちゃん。

 小さな拳を握って「やるぞ!」という気持ちを見せてくれた彼女を見るとやる気が込みあがってくる。


「ようし! もう夕方だから今日はここまで! 裏ギルドに行って素材を売ったら晩御飯を買って帰るぞ! 今日も水とサンドイッチだ! なぜなら安いからだ!」

「楽しみですね! 水とサンドイッチ! 私、好きです!」


 パサパサしている上に具材が少ないサンドイッチだ。好きなはずがないが、ヒマリちゃんは文句一つ言わない。むしろ満面の笑みだ。

 彼女の顔も今の俺の気持ちも忘れない。

 ここから絶対に這い上がってみせる。

 アルフヘイムで裏探索者として成り上がり、もっと金持ちになって、そしてヒマリちゃんの本当の笑顔にしてみせる。

 そのためには一歩ずつ前に進み続けるしかないのだ。


「さあ、帰るぞ!」

「はい、帰りましょう!」


 俺たちは素材をバックパックに入れ、意気揚々と帰った。


  ●□●□●□


 数日後。


「はい、全部で50万ね」


 ダウナー受付嬢が興味なさげに言い放った。

 その言葉を受け、俺とヒマリちゃんは顔を見合わせる。


「……金が増えた」

「……お金増えましたね」


 俺たちは今日も今日とてダンジョンで探索をした。

 同レベル帯のモンスターを倒していたのだが、偶然にも大量のニードルラビットと遭遇。

 追われて逃げ続けた先で、これまた偶然にも途中で巨大な岩が断崖から落ちてきたのだ。

 俺とヒマリちゃんは間一髪回避したが、モンスターたちは全滅。

 その結果、いつもの倍ほどの額を稼げたというわけだ。


 ステータスリング経由で金を貰うと所持金を確認する。

 確かに一人25万円ずつ増えている。

 俺とヒマリちゃんは顔を見合わせると思わず頬を緩ませた。

 ダウナー受付嬢に別れを告げ、少し離れてから足を止める。


「……ここ数日、その日暮らしばっかりだったけど! 初めてのプラス報酬だ!」

「ここに来てからずっと借金が変わらなかったですもんね!」


 毎日頑張って探索しているのに、借金は増えも減りもせず、異常価格の生活費を支払い続けていた。

 正直、不安でしょうがなかったが、少しだけ光明が見えた気がした。

 稼げる日もあるということだ。

 そう思った瞬間、ぐぅと可愛らしい鳴き声がヒマリちゃんのお腹から聞こえた。

 思わず彼女を見ると、恥ずかしそうに顔を赤くしている。


 わかる。

 俺も常に腹が減っている。

 なんせ、食事は一日一食。しかも水とサンドイッチのみ。

 コンビニみたいな店で買って食べる毎日を過ごしているのだ。

 それ以外の食べ物はコスパが悪い。

 おにぎり一個でサンドイッチと同じ値段がするのだ。

 裏探索者は体を動かす仕事だ。しかも命を懸けている。

 食事を疎かにすれば体調を崩しかねない。


「提案なんだけど、今日はたらふく飯を食べないか? 腹が減ってたら力も出ないしさ」

「でしたら私からも提案です! もしよかったら私に料理させてもらえませんか?」

「ヒマリちゃん料理できるのか!?」

「はい! 家族のために料理してたので、自分で言うのもなんですが結構得意だと思いますよ!」


 手料理。

 それは独身アラサーニート男性にとって甘美な響きであった。

 誰かに料理を作ってもらうなんて最高の贅沢じゃないか。


「ぜひ頼むよ! あ、でもホテルにキッチンなんてあったっけか?」

「ドーラさんからいただいた地図によると闇市に共同調理場があるみたいなので、そこを借りようかと思います!」

「いいな! じゃあそれで決まりだ。早速行こうか!」

「はい!」


 楽しみだ。

 ダンジョン探索も個人的には楽しめているが、やはり日常生活における楽しみがないと日々の活力を得られない。

 美味い食事はその一つだろう。

 腹を満たせば心も満たされる。

 高揚感を覚えながら歩を進めようとした時、ふと掲示板が目に入った。

 そこにはモンスターの姿が描かれた紙が貼られていた。いわゆる討伐クエストだ。


「おい、見ろよ。サイクロプスのレアタイプのギガントヘッドが出たとよ」

「報酬は良いがな、倒すにはレベル10以上の裏探索者が五人は必要だろうよ」

「ミミックもいるぜ。ああ、でも居場所は不明か。目撃情報が少ないみてぇだな」

「報酬は抜群なんだがな。じゃあ、こっちはどうだ?」


 他の裏探索者たちが討伐対象を吟味しているようだ。

 ただ、掲示板前は人だかりが常にできていて、俺たちが入る隙間はない。

 それ以前にレベルが圧倒的に足りてないんだが。


「あれって討伐クエストですか? 相変わらず人がたくさんいますね」

「ああ。討伐は探索者の仕事の一つだからな。特に掲示された討伐対象は報酬が上がるし。まあ、大抵は単純に強いか、倒す条件や見つける条件が難しいから、俺たちが狩るにはちょっと早いかもな。狙ってる連中も多いし」

「残念です……でも一攫千金と考えると、ちょっとワクワクしちゃいますね! 裏探索者って怖いことたくさんありますけど、なんだかちょっと夢があるというか、楽しい一面もあるのかもって最近ちょっと思うんです!」

「わかるよ。俺もそう思う。まあ、クリティカルヒットが出る時が一番楽しいけどな!」

「ふふふ、シンさん。スキル発動した時、すごく幸せそうな顔しますもんね」

「え? そうなのか……?」


 想像してみる。

 自分が脳汁を出しまくって顔をだらしなくしている顔を。

 ……ダメだ。見てられない。

 ヒマリちゃんは好意的にとらえてくれているみたいだが、恐らく客観視したら直視できない状態だろう。

 いや、考えるのはやめよう。


「い、行こうか。お腹もすいてきたし」

「そうですね! 行きましょう!」


 俺はごまかすようにさっさと歩を進めた。

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