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クズ男、顔面タトゥーに絡まれる

「やった! レベルアップしました!」


 ニードルラビットを10体倒してすぐのことだった。

 ヒマリちゃんは嬉しい悲鳴を上げると、ステータス画面を俺に見せてくれた。


「見てください! これ! レベル2ですよ! なんだか体が少し軽い感じがするような!?」

「ははは、おめでとう。レベルが上がると総合能力が上がるからね。その感覚は勘違いじゃないよ」

「そうなんですね! じゃあもっとレベルが上がるともっと体が動くようになるんでしょうか。楽しみですね!」


 満面の笑顔のヒマリちゃんを見るとなんだか俺まで嬉しくなってきた。

 この気持ちはなんだろうか。生まれて初めて抱く感覚というか。


 そうか。これはあれだ。

 よかったねぇ、と思わず笑顔を浮かべるアレ!

 大人が子供に抱くような、父性ってやつか!

 街中で見かける子供にはまったくそんな感情を抱いたことはないが。

 俺にもあったのか、人間の心が。


「もう少し狩りを続けようか。確か近くにニードルラビットの巣が」

「ずいぶんと楽しそうじゃねぇか。俺たちも混ぜてくれよ」


 俺の言葉を遮るように聞こえた声に振り向く。

 茂みの奥から現れたのはダンジョン前にいた顔面タトゥーの男と、明らかに一般人ではない半グレっぽい集団だった。

 手にはナイフやら剣やらを握っている。

 明らかに好意的な感じではない。

 不穏な空気が漂い始めた。

 ヒマリちゃんは緊張した面持ちで一歩後ろに下がる。

 俺はわずかに姿勢を低くして、警戒心を強めた。


「おーっと、そう警戒すんなって。別に何もしやしねぇよ」


 顔面タトゥー男がヘラヘラ笑っている。

 外見で判断するなとはよく言われるが、正直、無理がある。怖いものは怖い。全く知らない人物に対して無警戒で接するなんて不可能だ。


「な、何か用か?」

「あ? てめぇに用はねぇよ。おっさん」


 ここ数日、誰から構わず俺のことをおっさんおっさんと言いやがる。

 なんだぁ!? そんなに老けてるか!?

 それとも29歳はもうおっさんってことかぁ!?

 自分でも自分のことをおっさんと言ってるけども!

 他人に言われるとちょっと引っかかるんだよ!

 顔面タトゥーは俺を無視して、ヒマリちゃんに視線を移す。

 ヒマリちゃんはビクッと震えて、俺の後ろに隠れた。


「そう怯えんなよぉ。何もしねぇって。本当だ。俺たちはこう見えて優しいんだぜ。なんせ女を殴ったことなんて人生で一度もねぇんだからよぉ。なあ?」

「あはははは、違いねぇな!」


 品のない笑い声が生まれる。あくどい連中の声ってどうしてもこうも恐怖を与えてくるんだろうか。

 逃げるか? だが相手のレベルもわからない。それにヒマリちゃんを連れて逃げられるかどうかは賭けだ。

 仮にダンジョンを出てもあいつらはどこまででも俺たちを追いかけられる。

 俺たちは全員、下層に囚われているんだから。


「ってことでさ、俺たちとパーティ組もうぜ。そんな頼りないおっさんよりは圧倒的に優秀だぜ。なんせ全員レベル5はあるからな。しかも、バックには『桐生会』もついてる。知ってるよな? アルフヘイムを牛耳っている三大組織の一つ、日本最大の暴力団だ」


 ニュースで何度も聞いたことがある名前だ。九頭竜が所属する暴力団組織とは違う名前だと思う。

 こいつはつまりヤクザの下っ端ということだろうか。そんな奴らが普通に探索してるの、治安悪すぎだろ!


「なんとか言ったらどうだ? ああ?」


 ドスを効かせた声音に、ヒマリちゃんがさらに怯えて俯いてしまう。

 もしもナンパのつもりなら脅迫にしかなってないし、はい喜んでという返事が来ると思っているなら頭が悪すぎる。


「考えてみろ。ここは無法地帯の迷宮街アルフヘイムの中。違法行為なんてもんは存在しねぇ。犯罪者や半グレや日陰もんが跋扈する世界だ。そこでそんなおっさんと一緒にいて、生きていけると思うか? その年でここにいるってことは借金背負った口だろ? だったら俺たちと一緒にいた方が稼げる。桐生会の後ろ盾もありゃ、周りから手を出してこねぇしなぁ?」


 やり方は異常だが、言っていることは間違ってはいない。

 俺はただの一般人のクズのおっさんだ。探索の知識は多少あるが、所詮は素人。奴らはヤクザの後ろ盾があり、犯罪を何とも思っていない連中だ。こんな腐った場所で生きていくのならば奴らの方が頼りになるに決まっている。

 でもあいつらと一緒に行動したら間違いなく、欲望のはけ口にされる。

 むしろそれ以外の目的はないだろう。そんなことを認めるわけにはいかない。


 ……でもヒマリちゃんはどうなんだ?

 ここまで成り行きに任せ、たまたま俺と行動を共にした。けれど俺は頼りないし、クズだ。

 そんな俺と一緒にいるよりも、こいつらと一緒の方が借金を返す可能性は高いだろう。

 俺には自信がない。

 ヒマリちゃんに選んでもらえるほどまともな人間じゃないからだ。

 そう思った瞬間。


「わ、私は……シンさんと一緒にいます。あなたたちと一緒に行きません。シンさんはこの街で唯一信用できる人ですから!」


 声は震えていたし、明らかに怯えている。

 しかし言い切った。なんの迷いもなく。

 クズな俺を信じるとそう言ってくれた。

 それが嬉しかった。

 さっきまで感じていた不安も、顔面タトゥー集団に抱いていた恐怖もすべてすっ飛んでしまうほどに。


「ああ? 舐めてやがんな、俺たちを。ただのガキが調子に乗りやがってッ!!」

「ひっ!」


 顔面タトゥーの表情が変わる。

 懐柔しようとする詐欺師の顔から、ただの犯罪者の顔へと。


「探索者がダンジョンから帰らなかったらどうなるか知ってるか? 全員が探索中に死んだだけだって処理されるのさ。つまり……ここじゃ殺し放題ってことだ!」


 顔面タトゥーたちから殺気が放たれる。

 ヘラヘラしていたはずの顔が歪み、俺たちへ怒りを向けてきた。

 対人戦の経験は少ないがやるしかない。

 俺は身構える――振りをしてヒマリちゃんの手を握り踵を返した。


「あ、てめぇ! 待ちやがれ!」


 俺のフェイントに引っかかった顔面タトゥーたちの初動が遅れた。

 とはいえ稼げたのは精々が数秒だ。


「調子に乗りやがって。おっさんは殺す! 女は犯す!」


 本性を隠すつもりもなくなったのか、怒号を放つ顔面タトゥー。

 俺たちは草木を縫うように、森の中を駆けた。

 奴らに捕まったら終わりだ。俺一人でヒマリちゃんを守る力なんてない。

 しかし、奴らとの距離が徐々に縮まってしまう。

 あっちは男だけ、こっちはヒマリちゃんがいる。

 彼女は比較的足が速いようだが、それでも俺に比べればやや遅い。

 このまま逃げ切るのは不可能だ。


「追いついちまうぞぉ! ほら逃げろ! 捕まったら殺されちまうぞぉ!」


 振り返らなくてもわかる。奴らは下卑た笑いを浮かべていることが。

 ここでは俺たちは獲物で、奴らが狩人。

 このまま逃げ続けてもすぐに捕まる。


「シ、シンさん……! ひ、一人で逃げてください。あの人たちの目的は私です! だから私のことは見捨ててください!」

「見捨てるつもりなら最初にダンジョンに行ったときにそうしてる! 守るって決めたから、一緒にいるんだろ! 見捨ててなんて言うな!」


 俺は焦りと苛立ちから思わず怒鳴ってしまう。

 ヒマリちゃんは僅かに怯え、そして顔をしかめた。

 悪いが気遣う余裕はない。もう一メートル後ろに顔面タトゥーたちが迫っている。


「ゲームオーバーだぜぇ!」


 肩越しに振り返ると顔面タトゥーが勝利を確信しながら笑っていた。

 逃げ場はない。

 もう終わりだ。


「おまえらがな!」


 叫ぶと同時に俺とヒマリちゃんは茂みの中から飛び出した。

 瞬間、視界が広がる。

 そこに見えたのは。


「ピギィ!」


 ニードルラビットの巣だった。

 無数の洞穴の中から大量のニードルラビットたちが顔を出している。

 ニードルラビットたちは俺たちを見つけると目の色を変えて突進してきた。


「うおぉ!? なんだこの数!?」

「やべぇ、やべぇって!」


 顔面タトゥーたちが右往左往し始める中、俺たちは速度を緩めず、そのままニードルラビットの巣を突っ切る。


「待ちやがれ! クソが!」


 背後から怒号が響くが、無視して全力で走った。

 木々を縫い、走り続ける。遠くの方で戦う音が響き続けていた。

 まさかここまで上手くいくなんて。

 俺たちは十分ほど走り続けた。

 やがて体力切れを起こして、足を止めると息を整える。


「な、なんとか撒いたみたいだ」

「す、すごいです。ニードルラビットを利用するなんて思いもしませんでした」

「ニードルラビットは人間を見つけると突進してくる習性があるからな。何とかなるかもしれないと思って……博打だったけど何とかなってよかったよ」

「さすがシンさんですね!」


 目を輝かせながら俺を見上げるヒマリちゃん。

 よせやい。

 そんな目で見られたら自己顕示欲と自己承認欲求が満たされちゃうじゃないか。

 さすがにニートパチカスアラサードパオジも調子に乗っちゃうだろ?

 へへっと思春期男子さながらに鼻を指でこすりつつ俺は先程のことを思い出した。

 やはりアルフヘイムは危険だ。

 少し軽く考えていたらしい。

 もっと慎重に行動しないと本当に殺されてしまうかもしれない。

 それに奴らと敵対してしまった。

 次に会った時には何をされるかわかったものじゃない。厄介なことになったな。


「あ、あの……すみません、私のせいでシンさんを巻き込んでしまって」


 笑顔を咲かせていたはずのヒマリちゃんは、一転して申し訳なさそうに俯いてしまう。

 形式的なものじゃなく、彼女は本当に罪悪感を抱いている。

 あまりに純粋すぎて心配になるくらいだった。


「ヒマリちゃんのせいじゃないさ。若くて可愛い女の子がいたら男が近づいてくるもんだし。俺一人だったら交渉もされずに殺されて荷物奪われたりしてたかもだしさ。それに……俺を信用してるって言ってくれて嬉しかったよ」


 話しながら妙に気恥ずかしさを感じて、鼻を指で掻いた。

 くっ、アラサーなのに思春期真っ盛りみたいな反応しちまった。恥ずい。

 ヒマリちゃんの反応を伺うように見ると、目を見開いた後、なぜかまた俯いてしまった。

 耳が少し赤い気がする。

 自分の言葉を思い出す。

 おい、クソおっさん。

 おまえ、何言った? 可愛いとか言った? 若い子に何言ってんだ!?

 セクハラだぞセクハラ! 褒めるのもセクハラだからな!

 まずい。キモがられる。これだからおっさんはうざいと思われてしまう!

 せっかく信用しているって言ってくれたのに!

 俺は慌てて口を開いた。


「と、とにかく気にしなくていいから! 今日はもう帰ろう。素材収集は明日にすればいい。ニードルラビットの角もあるし、多少は報酬もあるはずだから!」

「……は、はい」


 消え入りそうな声を出すヒマリちゃん。

 一連の流れを思い出して、気恥ずかしさを感じる俺。

 俺たちは完全に顔面タトゥーたちに殺されそうになったということを忘れてしまっていた。

 逆によかったのかもしれない。

 いや、よくないだろ! ヒマリちゃんに軽蔑されたかもしれないんだぞ!?

 俺は自分の言動を思い出し、頭を抱えたり、自責の念に駆られたりしながら、ヒマリちゃんと共にダンジョンを後にした。


 裏ギルドで素材を買取してもらった。

 ニードルラビットの角が11本で22万。

 平均すると1本2万で売れた。

 一人11万ずつにわけた。

 先は遠そうだ。

 そして食費が1万。宿代10万を引くとトントンだ。

 ……生きるって大変だ。


 結局、借金は据え置き。

 俺の借金は2755万5000円。

 ヒマリちゃんの借金は3255万5000円のままだった。


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