82.意外な追跡者。
「とうとう来ちゃったよ…。」
走っている途中、腰に纏わりつきながらも器用に理事長室までの行き方をナビゲーションをしてくれた先生は、扉の前に着いた途端私の役目は終わったと言わんばかりに俺だけをその場に残し去っていった。
一人だけにされた俺の目の前にある明らかに他の教室のものとは違う立派な扉がついた入り口。
入り口の大きさは他の教室と同じ筈だが、ずっとその前に立っていると緊張からか目の前の扉がどんどん大きくなっているように錯覚してしまう。
なんだろう、気分悪くなってきた…。あれだけ侑に気をつけろと言ったのに、言った本人が熱中症になったら流石に笑えないよな。
俺はずっと扉の前に立っているのも変だし、理事長室の中なら空調がきいている筈だという願望を胸に、ドアノブに手をかける。
「失礼しま〜す…。」
ノックをした後、自分の体が通るギリギリの幅だけ扉を開けつつ、恐る恐る中を探るように部屋に入る。
部屋の中はトロフィーや何かの大会で上位の成績を納めたことを証明する盾がびっしりと並べられたショーケースが何個も置いてあり、床一面フローリングではなく絨毯、広い部屋の真ん中に向かい合ったソファとその間にある低めのテーブルなど、様々なものが置いてある。
「やぁ、よく来たね。暑かっただろう?さぁ、早く部屋に入ってこちらのソファで少し休むといい。」
部屋の奥の方に視線をやると突き当たりの壁が一面窓ガラスになっており。
その近くにある机の椅子から立ち上がった男が中央のソファまで移動し、背もたれを軽く叩きながらここに座るように促してくる。
「おっと、私としたことが…、まずは挨拶が先だった。初めまして響八君。私がこのAHD学園で理事長をしている宮内だ。よろしく。」
俺が想像していた理事長像よりも若く、どこにでもいる四十代前後のサラリーマンのような出立の男は、理事長室に来た俺を笑顔で出迎えた。
俺は初めて会った筈の理事長の顔を見て何処か懐かしさのようなものを感じつつ、部屋の中へと完全に足を踏み入れた。
***
言われるがままに空調で快適な温度に保たれた部屋でソファに座り、出されたコーヒーを飲みながら一息ついた後、早速俺を呼び出した訳を理事長は話し出した。
「突如海に出現した謎の島の調査任務…ですか?」
「そうだ。君は今朝のニュースを見たかね?今何かと話題になっているから知ってはいると思うが。」
確かに俺はその島の事を知っている。今朝朝食を食べている時にたまたまつけていたテレビのニュース番組で緊急特番が組まれて放送されていたから。
俺はテレビを横で見ながら、島が姿を現してから国が島を調べる為に何人も調査員が派遣されたらしいが、島を調べるどころか何故か誰一人として島に上陸できてすらいないらしい。
恐ろしい話だなとは思ったけど。テレビで見た内容よりも俺が恐ろしいと感じたのは、一緒に朝食を摂りながらテレビを見ていた姉達の顔が、揃いも揃ってとんでもなくニヤけていた事だ。
俺は知っている。姉達があの顔をする時は、俺に黙って何かを企んでいる時なのだ。
その朝の光景を、理事長が島の話をしたことで思い出し、背筋に何か冷たいものが走る感覚きた。
「おや?冷房が効きすぎたかな?」
「いえ、なんでもないです…、お構いなく。ところで、なんでそんなヤバそうな島の調査を俺に?もっと俺なんかより実力があって、他に適任の人がいると思うんですけど…。」
「もっともな質問だね…。」
理事長は俺の質問を聞いた瞬間、テーブルに置いてあったコーヒーを一口飲んで一呼吸おくと、再び口を開いた。
「確かに、君の言うとおり実力だけで言うなら手っ取り早くSランクを動かすのも一つの手だ。だが、今学園にいるSランクの生徒は皆それぞれ違う仕事を抱えていてすぐには動けないらしい。
その代わりと言ってはなんだが、対抗戦でG組ながら自分よりも上のクラスを撃ち破り、不思議な能力と高い実力を示した響八君にあの島の調査をお願いしてみてはどうかと私は考えたのだ。」
どうやらあの対抗戦を見て理事長は俺のことを高く評価してくれているようだ。それは光栄な事なのだが、それでも国が選んだ調査員達がどうにも出来なかったのに、俺が行ったところで何かできることがあるのだろうかという想いが強かった。
「もし調査に行く事を了解し、見事島の事を調べられたのなら、報酬として大量のポイントを与えようではないか。」
大量のポイントですと!?
その一言を聞いた途端、島の調査に消極的だった俺の気持ちは、180度変わることになる。
初任務でイレギュラーに手にした巨大な鉱石。対抗戦に勝利したことによるD組昇格と報酬ポイント。決して簡単ではなかったものの。
ここまで上に行く為に重要なポイントを得る機会に恵まれてきた俺は、この理事長からの申し出も俺に舞い込んだチャンスだと考えたのだ。
だけど、俺だけでこのチャンスを独り占めするのは何か違う気がする。そこで…。
「あの〜、その島の調査、俺がついてきてほしい人と一緒に行っちゃダメですかね?」
「ん?あぁ、そういうことか。構わないよ。それでは、調査の件は承諾してくれたと思ってもいいのかな?」
「はい。まぁまだ人集まるかわからないし、調査行ったところで他の調査員と同じで島に上陸できないかもしれませんけど、俺なりに頑張ってみます。」
「よろしく頼むよ。何、島の調査の方はともかく、仲間の件は私は大丈夫だと思うがね。その証拠に、君がこの部屋に入ってきてからずっと理事長室の入り口の外側で、内部の様子を伺っている者がいるようだし。」
「・・・!?部屋の中を伺っている者?」
理事長がそう言って入ってきた入り口の方に視線をやるので、俺も同じように扉の方へ視線を移す。
すると…。
バタンッ!
扉が開かれたと音がするや否や、それと同時に、倒れ込むようにして部屋に入ってきた一人の人物がいた。
「えっ、侑!?」
明らかに様子がおかしかった侑に咄嗟に駆け寄り、肩を抱いて上体を起こす。するとすぐに侑が倒れた訳がわかった。
大量にかいた汗に乱れている息遣い。間違いなくく熱中症だろう。
でも、なんでみんなと先に下校した筈の侑がここにいるんだ?
突然の思いもよらない人物の登場に困惑する俺の手の中で、朦朧とした意識の中、振り絞った末にわずかに出た小さな声で侑が呟く。
「おと…う…さん…。」
「!?」
侑のたった一言だけ発した言葉で、俺がこの理事長室に来た時に感じた不思議な懐かしさの正体がわかった。
ようやく思い出した…。宮内理事長の顔を何処かで見たことあると思ったけど。
この人…、侑の父親だ。




