79.船は何処へゆく?
『ここは…どこなの…。ここは暗くて…、静かで…、とても寂しい…。誰か…、誰でもいい…。誰でもいいから…、私はここにいるから…。いつでもいいから…。
いつか…、私の前に…。』
頭上に燦々と輝く眩しい太陽。その太陽の陽の光を反射してギラギラと光水面が見渡す限りに広がる広大な海を、波に揺られながら一艇の大型クルーザーが突き進む。
「うっ…、酔った…。」
「自分もっす…。」
慣れない船上に、海に出てしばらく経ったところで激しい船酔いに襲われる俺とタツ。その姿を見た同乗者達は、それぞれ思い思いの言葉を口にする。
「大丈夫二人とも?」
「二人ともだらしないぞ、この程度の揺れで。」
「全くだ。」
いつもとお馴染みのG組メンバー。燕と櫂、そしてどちらかというとアウトドア派の侑は、船酔いとは無縁と言わんばかりの平気な表情でこちらを見ていた。
「あんたらアウトドア派の人に、インドア派の自分らの気持ちなんてわかんないんすよ。こんな日差しをもろに浴びる海上で、波に揺られて体調崩さないように方が可笑しいっす。」
自分で自分のことをインドア派と思ったことはなかったが、流石に環境の変化がここまで体調に影響を及ぼすとつくづく遠出に向いてない体質だなと改めて自覚する。
「あらあら大丈夫?酔い止めのお薬でも出しましょうか?」
「そんなのあるんですか〜…。だったら私にもください〜。」
俺たちの体調を心配し、船室の中から現れたのは学園の保険医で最近生徒間でマドンナと呼び声の高い園田先生だ。その先生が持つ薬目当てに後から続けて出て来たのは我らが担任の輪國先生。俺たち二人と同じで船の揺れにやられ、早くもグロッキー状態だった。
「はっ、ヨーコ先生っ!?だっ、大丈夫っすよ〜。
このくらいの船の揺れなんて、自分にはどおってことないっす!」
相変わらず薄着のセクシーさ溢れるヨーコ先生にわかりやすい下心丸出しのタツはすぐさまその場で立ち上がり。いいところを見せようと、見るからに痩せ我慢だとわかる強がりを言い放った。
「うふふ、そうなのね。あんまり無理せずに苦しかったら船内で休むといいわよ。」
そう言い残し、薬を俺たちに渡すと。気分の悪そうな友子に肩を貸しながら船室へと二人は戻って行った。
「いいっすよね、ヨーコ先生。はっ!強がり言わずにあのまま介抱された方がいい思いできたのでは…? しまったっす…、この伊月達夫一生の不覚っす!」
なにわともあれ元気を取り戻した様子のタツの叫びをスルーしつつ、俺はなんだか賑やかな船の船首の方に視線を移した。
「いやっふーーーい!!!楽しいね陽ちーーーん!!!」
「さいこ〜だよ〜!水姫ちゃ〜ん!」
強い日差しと周が水だらけだからか、水姫と木陽の二人はまるで水を得た魚のようにハイテンションではしゃぎまくっていた。
「ちょっと二人とも!あんまり船の先で遊んでると危ないわよ!!」
「いいじゃないですか金恵、たまには思う存分はしゃがせてあげても。あの二人もいつも狭いアパートで過ごしてストレスが溜まってるんですよ。それに誤って海に落ちても死ぬことはないんですから、放っておいて、金恵も自分なりに楽しめばいいんですよ。」
家にいる時と変わらず、姉妹がはしゃぎすぎてやらかさないように釘を刺しに行く金恵とそれを見ながら微笑む美月。
今更言わなくてもいい気もするが、今回の船旅にもウチの騒がしい姉達はもちろん同行している。
「まぁ、美月姉さんがそう言うなら…。」
「金ちんもこっち来て一緒にやろーよ!楽しいよー、タイタニックごっこ!」
水姫の前で体を支えられている木陽は、キャッキャとジタバタしてはしゃいでいる。
「あんたら、せっかくの船旅なのに変なフラグの立ちそうな不穏な遊びやってんじゃないわよ!!」
早くも自由な姉達への怒りでストレスを感じている様子の金恵に、突然操縦席の窓から顔を出した火鈴が声をかける。
「そうカリカリするなよ金恵。ここは海のど真ん中だぞ?小さいことで目くじら立てずに、海のように広い心で許してやるぐらいの度量を持てよ。」
「うぐっ…。」
ものすごく珍しくまともなことを言う火鈴の言葉に思うところがあったのか、すぐさま口をつぐんで静かになる金恵。その後深呼吸をして気持ちを落ち着けたのち、また口を開く。
「そうね…。火鈴姉さんの言う通りだわ。せっかくこうしてみんなで出かけてるんだから、今日はこれ以上ガミガミ言うのは控えることにするわ。」
「わかってくれたか…。それでこそ私の妹だ。よしっ!聞き分けのいい金恵にヨーコから差し入れでもらったこの日本酒をやろう。アタシもさっき飲んだが、メチャクチャ美味かったぞ!」
「何堂々と飲酒して船操縦してることカミングアウトしてんのよ!!あーもう、少しでも火鈴姉さんの話をまともに聞いた私が馬鹿だったわ!!」
姉達がいるだけで海の上にいても家にいても、騒がしさだけは変わらないなぁ。
そう思えるほど船酔いがもらった薬を飲んで良くなった俺は、騒がしくする姉達から目を逸らしつつ。海の果てしない水平線を見ながら、なぜ海の上をクルーザーを使って移動しているのかを改めて思い出していた。
夏休み編、始まります!




