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77.裏の住人と少女は戯れる I

 皆が寝静まる深夜。そんな夜に、まるで街灯の灯りで照らされぬよう動く無数の影が響八家に迫っていた。


「ねぇ、こんな時間に人の家の周りでうろチョロされると迷惑なんだけど。」


「…っ!?」


 声をかけられ、アパートの廊下から見下ろすようにこちらを見る金恵に、身を隠していた男は驚く。


「他にも何人かいるわよね?バレてないつもりかも知れないけど、僅かな殺気でバレてるわよ。いる場所も大体見当つくし…。はっきり言って隠れてても無駄だから、全員出てきなさい。」


 金恵が最終的にほぼ命令口調で出頭を勧めても、周りに潜んでいる筈の連中素直には出て来ず。見つかったっている一人と同じように沈黙を貫いていた。


「…って、言われてすぐ、はいそうですかって出て来るわけないわよね。仕方ない…。まどろっこしいのもなんだから、もう手っ取り早くいかせてもらうわ…。」


ほぼ独り言状態の金恵は喋り終えたかと思うと、来ていた服のポケットからおもむろに銃を取り出し、何も言わずに引き金を引いた。


「うおっ!?…ん、俺に打ったんじゃない…。ってかどこに向けて撃ったんだ?」


 男は金恵が放った銃弾の行方を後から目で追う途中、あることに気づいた。


 確かこの方向は…。


「グアァァァ…、い…痛ェ…っ。」


見ていた先の曲がり角から、男の仲間と思われるスーツ姿の人物が太もも辺りを手で押さえながらその場に倒れ込んだ。

 その様子を見て微かに笑みを浮かべた金恵の横顔見た男は、今さっき自分の頭の中をよぎった悪い予感がもしかしたら当たっているのかも知れないと、体からいやな汗が吹き出す。


 まさか…、狙ったのか(・・・・・)…?

いやまて、落ち着け。偶然だ、そうに決まってる…。あの位置からじゃ今倒れた仲間がいる場所に射線は真っ直ぐ通ってない。故に、あそこから狙って弾を当てるなんて芸当、出来っこ無ぇ。


「次は…、っと。」


金恵そう呟くと、また男の方ではなく何もない筈の方向に弾を数発撃ち放った。

 弾は飛んでいった方向にある障害物にカンカンと音を立てた後、最後には決まって先程と同じように隠れていたのであろうスーツの男が姿を表す形で物陰から倒れ込んだ。

 何度も目の当たりにしたその光景に、男の悪い予感は確信へと変わる。


 間違いない…。この女、姿もろくに見えず視界も悪いこの暗闇に紛れて身を隠す仲間に向かって、ピンポイントに銃弾を当ててきやがる。しかし、さっきもそうだが仲間とあの女の間には障害物がある。

普通に打ったところで、壁や物に当たって仲間には当たらない筈。それなのにどうやって…。


「そんなに不思議?私が放った当たりっこない弾に仲間が倒れていくこの状況が…。」


急に話しかけてきた金恵の方を咄嗟に向いた男は、自分の目に飛び込んできた冷め切った目でこちらに銃口を向けている金恵にこれまでに感じたことのない恐怖を感じていた。それと共に、さっきの俺に言ったであろう台詞にまるで心を見透かされているような錯覚に陥った。


「簡単な話よ。ただ殺気を感じる方に狙いをつけて、衣擦れや呼吸、靴が地面を擦るような僅かな音のする方に、跳弾でちゃんとヒットするように計算して引き金を引いただけ。ねっ?簡単でしょ?」


この女は澄ました顔で何を言っているのだろうか…。確かに説明を聞いた限りでは不可能ではないだろう。だがそんな事が本当に狙ってできるなら、それはもう到底人間業ではない。

 そんな事ができるのは人間ではない何かか、人間をやめたような化け物じみた奴のどちらかだ。


「あんた、その顔の傷に長さの足りてない指。差し詰、昼間に弟がやっつけた根津井が報復のために差し向けた組の構成員ってとこでしょ?」


ばっ、バレてやがる…。


「馬鹿よね。こうなる事、少し考えれば予想できただろうに。簡単に気を抜いちゃってさ。」


「なんだと?たかが銃持った小娘相手に、何人も仲間がやられるこの状況がか?」


「あー違う違う。アンタ達のこと言ってんじゃないの。今行ったのはウチの弟のこと。ヤクザ関係者相手にあれだけ多くの観衆の前で面子潰すようなマネして、何もしてこない方がおかしいって言うのに。」


深い溜め息をつきながら、金恵はアパートの階段をゆっくりと降りてくる。


「くっ、来るなぁっ!これ以上近づきやがったら、容赦なく撃つぞ!」


「あんた救いようのないバカね。ヤクザが人撃つのにわざわざ警告なんてしてんじゃないわよ。撃った方がいいと自分の勘が自分に訴えかけてきた時に躊躇いもなく引き金を引けるくらいじゃないと、あの世界じゃやっていけないわ。」


「う、うるせぇっ!」


男は怒りに任せて構えていた銃の引き金を引いた。

真っ直ぐに金恵に向かって進む銃弾は、金恵の胸の辺りに被弾する。


「はっ、ははっ。ざ、ザマァみろ!散々俺をバカにするようなこと言いやがって。極道舐めてんじゃねぇぞ!!」


「誰が誰を舐めてるって?」


「…っ!?」


 確かに心臓を貫いた筈。男はそう思い、銃弾が当たった箇所を目を凝らしてよく見てみる。すると、銃弾が貫いた服の穴から、体を貫いた筈の銃弾がペシャンコに変わり果てた姿でポロリと地面に落ちた。

 服の間には僅かな街灯の光に照らされて、金色の何かがキラキラと光っている。


「ばっ化け物…。」


 男は何もかもが規格外の金恵を見て戦意を喪失したのか、その場に尻餅をつく形でヘナヘナと座り込んだ。


「こんなか弱そうな女の子に向かって、化け物はないでしょう?なんて冗談はさておき、あんたの仲間たちはさっき撃った弾でもうまともに戦える状態じゃないし。どうする?まだやる?」


 男は震えながら首を左右に振る。


「そう…。ならもう何もしないわ。これ以上何もしないで引き上げるっていうなら見逃してあげる。ただ、一つ条件があるわ。」

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