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57.決戦前夜 I

 すっかり特訓場と化していた俺たちのアパートの裏庭に、今日も今日とて特訓で出る様々な音が響き合っていた。


「よしっ、最後に稜。金属壁壊してみなさい。」


「オッケー金恵。よーし、大トリだから派手に行くか!」


「馬鹿ね。ただでさえ特訓で出た音でご近所迷惑なんだから、なるべく音は出さないようにしなさい。」


 金恵から怒られつつ、対抗戦前最後の仕上げの試験だからか、調子に乗って大技を繰り出そうとした結果。普通に壁を壊すという試験内容にさらに難題が課せられてしまった。


「じゃあなるべく静かな方法で…。」


 俺は握った拳から人差し指を一本立てると、そこにゼストを目一杯集中。その指を壁にゆっくりと押し込む。


ズポッ!


 壁は指を押し当てられた箇所が貫通し、その穴からは壁の向こう側にあるアパートをの敷地を囲っているコンクリートの塀がしっかりと見えた。


「まぁ、いいでしょう。ちょっと拍子抜けな気もするけど、一応これで合格ってことにしておいてあげるわ。」


 やれやれと言った感じに金恵からOKもらえた俺は、晴れて先に最終試験をクリアしていたみんなと一緒に合格することができた。


「やったね響八君。私たち、特訓をやり切ったんだよ。」


「うむ、時に皆で分からぬことを教え合い、支え合った結果、このように辛い修行を乗り越えることが出来たのだ。」


「けっ、何が辛いだ。俺には楽勝だったっつーの。」


「はいはい。もう、カカッさんだって本当は結構苦労してたんでしょ?自分知ってるんすからね。夜中にこっそりアパートの裏庭でコソ練してたこと。」


「てめっ、何勝手に覗いてんだよっ!」


特訓期間中は普通に授業もあり、いつにも増してハードな日常生活を送っていたはずだったが。特訓をやり終えたみんなの顔は明らかに特訓中の険しい顔と違って、大きなことをやり切った後の達成感を孕んだ笑顔が咲いていた。


「はいはいっ、みんなはしゃぐのはそこまでにしておきなさい。今日はこの最終試験だけで特に他には特訓の予定は入れてないわ。今日はこの後しっかり休んで、明日の本番に各自備えなさい。」


「「「「「はいっ。」」」」」


 アパートの裏庭に五人の返事がこだましたあと、俺たちは各自、それぞれの部屋に帰って行った。


***


「暇だ…。ものすんごく暇すぎる…。」


 自分の部屋に帰ってきたらのはいいものの、いつもはまだ特訓で体を動かしてる時間のため、急にそれがなくなったらやることがなくて逆に落ち着かない。今でこそ、茶の間で横になってはいるが、さっき持て余した体力を発散するために、櫂がよく特訓の合間にやっているシャドーボクシングを部屋でやってみたが、"休めって言ったのになんで体動かしてんのよ"とガチで金恵に怒られた。

 他のみんなは今頃何をして過ごしているのだろうか?どうせやることもないし、この際みんなの部屋にでも行って何をしてるか直接見てみよう。

そう思い立つとすぐさまその場で立ち上がり、俺は家を出た。


***


「んっ? あれは…。」


 ドアを開けてすぐ、2階の廊下に出た俺の目に飛び込んできたのは、櫂とその妹の美咲ちゃん。そして、その隣にはもう一人。櫂達が前に住んでいたアパートの管理人の初代さんの姿もあった。

 ちなみに初代さんは今現在、俺たちが住むこのアパートの管理人業をしてもらっている。

前のアパートが取り壊されるのを知った金恵が、経験があるからちょうどいいと管理人にスカウトしたのだそうだ。そして、スカウトを受けた初代さんもこのアパートにある管理人室で暮らしている。


「ったく、なんで俺たちがババアの買い物に付き合わなきゃなんねーんだよ。」


「いいじゃないか。今日はもう特訓とやらはないんだろ?それに明日はなんだかよく知らないけど、大事な日なんだろ?だったら、久しぶりに精がつくものでも作ってやろうと思ってね。そのための買い出しさね。」


「わぁーい!お兄ちゃんとおばあちゃんの3人でお買いもの〜!」


 櫂と初代さんの手を握り、真ん中でピョンピョン跳ねる美咲ちゃんは見るからに楽しそうだ。

 近くにあるスーパーに向ったのであろう3人が見えなくなるまで見送った俺は、昔家族で似たようなことをした記憶が脳裏によぎり少しだけ寂しい気持ちになった。よくは覚えてない思い出だが、その時俺は確かに楽しさを感じていたんだと思う。

 そんな3人の楽しい時間を邪魔しないように、声をかけずに見送った俺は、他のクラスメイトがいる部屋に向かった。


***


 俺がまず向かったのは俺が住む102号室から出て右側にある101号室。そこには、瀬川さんが越して来て住んでいる。部屋のインターホンを鳴らすのに少し緊張して5分以上ドアの前で考え込み、その後、勇気を出してインターホンに手を伸ばした。

 しかし、インターホンを鳴らしてからいくら待っても瀬川さんは出てこない。


「どこか出かけちゃったかな?仕方ない、次行くか。」


 その後おれは燕とタツの部屋を訪ねたが、二人ともそれぞれ精神統一しているから一緒にやらないかと誘われたり、好きな発明品作りを楽しんでいたりと、暇な俺なんかと違ってみんな空いた時間を有意義に過ごしていると知り、邪魔をしてはいけないと俺は自分の部屋に帰って来た。


「もうこの際、晩御飯の時間まで寝るか…。」


 俺はそう思って横になると、自分では気づかない程度に疲れが溜まっていたのか、横になってからわずか数分で気絶でもするように眠りについた。



***



「ご馳走様でした。俺ちょっと夜風に当たってくるね。」


 あの後、晩御飯に呼ばれるまでぐっすり眠った俺は、出された夕ご飯をあっという間に平らげた。

最近すっかり蒸し暑くなり、食後で更に体温が上がるこの時間は最近玄関から出てすぐの廊下から夜風に当たって体を覚ますのが密かなマイブームなのだ。

 外に出ると、日中と違って辺りはすっかり暗くなり、夕食どきの近隣の家につくあかり達がちらほらと光輝いていた。

その光を眺めながら時折吹く夜風に心地よさを覚えながら、ゆっくりと過ぎていくいつもとちがう雰囲気を醸し出すこの時間を楽しむ。


「えっと…、もしかしてそこに誰かいますか?」


 急に隣の方から声がしたので振り向くと。

そこには部屋着(ルームウェア)に身を包み、眼鏡を掛け、いつもは結んでいる髪を解いた姿の瀬川さんがいた。

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