6.特訓しましょ? Ⅱ
〜木曜日 担当:木陽〜
時刻は午前5時を少し回ったところ。
昨晩の水姫とのゲーム特訓で神経が昂ったせいか、いつもよりだいぶ早い時間に目が覚めてしまった。
「二度寝でもするか、いっそ潔く起きて登校時間まで時間を潰すか...」
これまでの時と違って木陽から今日の特訓について何も聞いてはいない。
木陽の性格からして、早朝からの特訓である可能性は低い。であれば、少しでも前回までの特訓の疲れを取るためにも二度寝した方がいい気がしてきた。
「ん、なんだ?」
いつも寝ている布団に違和感を感じて、布団をめくりながらゆっくりと中を覗き込む。
すると、なぜか一矢纏わぬ姿の木陽がないかを静かに寝息を立てて眠っていた。
その瞬間完全に思考が麻痺した。
そうだ、これは夢だ、そうに違いない。きっとそうだ、こんなことあるはずがない。
木陽がいかにのんびりしてマイペースでガードが緩そうな言動ばかりしていたとしても、流石にこれはない。
夢、そう夢だ。これは俺が今見てる夢だ。夢は夢だと気づいたらもうそろそろ目覚めが近い合図なことが多い。
だとしたら、こんな夢からは一刻も早く覚めなければ。あれ俺何回夢って言ったっけ?
とにかく、覚めろ夢!!!
最後の方はもう何だかわからない感じに投げやりになってしまったが、勢いよく布団を被って再び寝る体制に入る。
「んっ///」
咄嗟に布団に入った時に、何か柔らかい者に手が触れた。
その瞬間に木陽が洩らした吐息にも似た声で、俺は布団から飛び出した。
「うおおおぉぉぉ、ごめんなさいぃぃぃっっっ!!!」
勢いよく出たせいで部屋の壁に激突した痛みなど今は気にならなかった。
反射的にとった土下座の体制をキープしつつ、ただただ自分がやったことに対する謝罪の気持ちを表すのに必死だった。
「ん〜稜ちゃん、こんな時間に大きな声出したらご近所さんに迷惑だよ〜。常識でしょ〜。」
ゆっくりと起き上がり、布団を頭に被ったまま目を擦る木陽。
裸で人の布団にいつの間にか潜り込んでる人に常識について言われてもなぁ。
「とりあえず、ごめん。一応謝っておく。ところで、なんで俺の布団に木陽姉さんが一緒に寝てるわけ?」
「えーとねぇ、今日は私の特訓の日で、稜ちゃんに特訓をつけようとして部屋に来て、稜ちゃんがあまりにも気持ちよさそうに寝てたから、私もなんだか眠たくなってきちゃったから〜、私も寝てたの〜。」
最後の方おかしくない?
「あのね、木陽姉さん。特訓をつけてくれるのは嬉しいんだけど、その格好ではちょっと...やめてほしいかなって...。」
「え〜、どうして〜?」
「どうしてって、年頃の男女がその、こんなふうな時間にこんなふうにしてるのっておかしいというかなんというか...。」
能力から顕現した人物だとしても、見た目は普通の人間そのものだ。意識するなという方が無理がある。
「えいっ!」
口籠もっていると、不意に木陽が俺の顔目掛けて抱きついてくる。胸の柔らかい二つの膨らみに包まれて、幸せな気持ちと酸素の供給が絶たれた息苦しさを同時に感じるという経験が俺を襲った。
「ひょっほぉ(ちょっと)! いひはっ(息が)、ふるひいっ)」
「これは私の特訓だよ〜。ほら〜、リラックスリラックス〜。力をぬいて〜。」
今力を抜いたりなんかしたら眠るっていうか、違う意味で落ちる。
抵抗虚しく、俺はこの数秒後に意識を失った。
木陽の体の甘い香りと、それとは別に香ってた不思議と嗅ぐと落ち着き、眠気を誘う匂いのせいで。
この後朝ごはんの時間になって起こしに来た美月に発見されなかったら、まだまだ余裕で起きることはなかっただろう。
その時、木陽は朝ごはんに来ずに寝ていたことを美月に叱られていた。そのせいか、今日この後に木陽の特訓が行われることはなかった。
もっと別に怒ることがあるのではないか? とか、そんなことを考えつつ、ますます姉妹たちによる特訓への不信感が高まったことは言うまでもない。
明日の特訓はどうなることやら。
〜金曜日 担当:金恵〜
俺もうダメかもしれない...。
特訓を初めてまだ4日しか経ってないのに、特訓の過酷さと意味不明さが相まって心と体に限界が来ていた。
これが毎週、しかも受験シーズンまで続くのかと思うと絶望しかない。
今思うと、突然現れた彼女たちのことをこのまま信用していいんだろうかとさえ考えるようになってきた。
今日の担当の金恵。おそらく俺と同い年くらいの彼女はどんな特訓をするのだろうか?
事前に彼女に言われた特訓開始時刻は午後6時。
自宅の居間で静かに座って待つ。
彼女についてわかっているのは、他の姉妹達と同じで美人ということだけ。だからと言って油断してはいけない。俺は知っている、見た目に騙されてはいけないことを。それだけは今までの経験で散々学んだ。
ガチャ
「ただいま。」
金恵が帰ってきた。
いよいよ始まる、金曜日の特訓というなの決戦が。
「何構えてんのよ? ふざけてないで、時間は限られてんだから早く始めるわよ。」
特訓への恐怖心のあまり、自然と立ち上がり身構えてしまう。
「おかえり、金恵姉さん。随分と大荷物だね。」
「あぁ、今日使う教材なり色々集めてきたのよ。筆記用具持ってきなさい。私がやる特訓は勉強よ。」
「勉強? もしかして意識失うまでとか、身をもって体験するために実験台にされるとかそういう感じ?」
「はぁ? 馬鹿なこと言ってないでそこに座りなさい。」
「はい。」
そこからはとてもシンプルに勉強が始まった。
金恵は俺と同じくらいの歳なのに、これから受ける高校の受験範囲を全て網羅している。それどころか、能力についてほとんど知らない、俺に対して丁寧にわかりやすく教えてくれた。
普通だ。ただの受験勉強。なんだろう、普通のことなのにそれだけでありがたくてなんだか涙が出そうだ。
「ありがとう金恵姉さん。とってもわかりやすかったよ。」
「あんた何泣いてんのよ?」
「いや、こんなに特訓が普通だったことなくて。」
「それはよかったわね。ほらそこ、公式間違ってる。」
何を言っているのか理解できなかった金恵は、俺のリアクションをさらりと流して、参考書を読んでいた。
「でもよかったの? 美月姉さんは実技が重要だって言ってたけど?」
「それはそうだけど、試験勉強もおろそかにはできないでしょ? 実技の方は他の四人に任せたわ。それに私が教えられるのはこれくらいだし。」
なんていい人なんだ。特訓してもらっている身でこんなこと言うのは大変失礼だけど、他の人の特訓は何がしたいのかいまいちよくわからない。正直どんな効果があるのかさえも。
「他四人の特訓のこと、やり方はあれだけど、決して全て無駄ではないわよ。まぁ、個人の好みも多少は入ってると思うけど。ちゃんとやれば一年後、あんたは能力を今より使えるようになって、これまで見てた日常とは全く別の景色を見れるようになるわよ。」
金恵の言葉で少しこれまでの特訓の意味を考える。
今まで俺はみんながするがままに特訓されてただけで、特訓の意味までは聞いてもないし考えてこなかった。それを俺はどうだ、勝手に疑って、俺のためにやってくれてることは明らかなのに、文句言って。
「本当にありがとう金恵姉さん。俺、これからも特訓頑張ってみるよ。」
「何よいきなり!? 変な奴ね。まぁ、無理なくやっていけばいいんじゃないの? べっ別にあんたの心配してるんじゃないんだからね。あと、金恵姉さんはやめなさい。私はあんたとそんなに歳変わんないんだから。水姫と木陽も同じくらいだから呼び捨てでいいと思うわよ。」
決意を新たにした俺は、ここから姉妹全員の特訓になんとか食らいつきながら、受験当日を迎えることになる。
これまで特訓に付き合ってくれたみんなに、そして、俺のことを想ってみんなを寄越してくれた姉さんの気持ちに応えるためにも、合格できるかわからないけど、とにかく出来ることを精一杯やろう。
様々な気持ちを胸に、俺は受験会場へと踏み出した。




