5.特訓しましょ? Ⅰ
翌朝、スマホにかけた7時のアラームが鳴るより前に、寝室の戸が叩かれる。
「稜君、起きてください。朝ご飯の前に特訓始めますよ。」
まだ眠くて開き切らない目を擦りながら、ゆっくりと体を起こす。あたりはまだ日が登りきっておらずまだ暗い。暗い部屋の中、フラフラとした足取りで、ノックの音がする方へ向かった。
「おはよう美月姉さん。ところで特訓てなんのこと?」
「まだ寝ぼけてるんですか?昨日みんなで話し合ったじゃないですか。」
そういえばそんなことを話した気もする。
「稜君が入ろうとしてるところは学力試験よりも実技試験の良し悪しが合否を分けるほど重要になってきます。そこで、今日から平日は能力をうまく使えるように私たちが日替わりで特訓するって。」
朝からの特訓眠くてキツいがそれと同じくらい、能力への興味が俺の中で湧き上がっていた。
自分には何にもないと思っていた。しかし急に不思議な指輪を手に入れて、特別感のあった能力使いになっている。それだけで想像力豊かな年頃の男子には十分なほど胸躍る展開である。
やってやろう、せっかくみんなが特訓に付き合ってくれるのだから...この時まではそう思っていた。
特訓の過酷さを知るまでは...。
〜月曜日〜 担当:美月
「はいっ、姿勢を崩さないように意識しながら、動く時に使う筋肉を意識して、素振りを繰り返す。」
初回は美月による武器の扱い方の指導。
かれこれ朝起きてから木刀を渡されて、正しい素振りの仕方を一回説明してから木刀をずっと振り続けている。
「しっ、しんどい...。ちょっと...休憩...」
「背筋が曲がってます! 体に一本線が通ってるように意識して! さぁ、もう一度!」
いつもと表情は変わらないのに、美月の目の奥は一切笑ってなかった。
少しでも間違えると竹刀で打撃を加えてくる。
一昔前の鬼教官のようなスパルタっぷりだ。
この時代にこんな指導受けるとは思わなかった。
***
結局朝ごはんの、時間が来るまで木刀を振りまくった。腕は上手く動かないし、食欲は失せて満足に朝ごはんは喉を通らなかった。
「これから私が担当の時はいろんな武器の扱い方を教えますから。さぁ、しっかり食べてこれからの特訓も頑張ってくださいね。」
特訓時とは打って変わって優しい笑顔を向けてくる美月にここまで天使のような悪魔の笑顔という言葉がしっくりくる場面は他にないと思った。
〜火曜日〜 担当:火鈴
「よしっ!今日はアタシの番だ。みっちりシゴいてやるから覚悟しとけよ稜。」
やる気満々な火鈴を他所に、俺はとても嫌な予感しかしなかった。
「どうした稜、そんな不満そうな顔して? 特訓なんだぜ?もっと気合いの入った面しろよ。」
「いや、そうしたいんだけどさ。どうして、バイクの後ろと俺の腰を何も言わずにロープで結びつけたのかなって考えてたらちょっとね...。」
されるがままにこの状態にされたのは自分の責任かもしれないが、この状態でよっしゃーやってやるぞーとは流石にならない。せめて何をするかだけ説明してほしい。いや、むしろ説明を受けるまでは何もしない。
そんなことを考えていたら、急なバイクの排気音と同時にバイクは走り出した。
「結局かよぉぉぉおおおっっっ。」
必然的に引っ張られて倒れそうな体をロープにしがみついてなんと状態を維持しつつ走り続ける。
「ちょっ、ちょっとぉ、火鈴姉さん!? 死んじゃうって。一旦止めてよ」
「稜、こんくらいで人は死んだりしねぇ。それにこれぐらいのことで、慌ててたら高校受験なんて乗り越えらんねぇぞ。」
「死にはしなくても、大怪我しそうなんだけど。ここまでやる必要ある。」
「甘ったれたこと言ってんじゃねぇ、未知の相手と戦うんだ。そんな精神だと、一瞬でやられるぞ。だから稜も体と共に精神力を鍛えるんだ。」
言ってることはめちゃくちゃだがとにかく必死に足を回転させてついていく。
そうだ、火鈴もやり方はあれだが俺のために特訓に付き合ってくれてるんだ、そんな相手の気持ちを無下にするわけにもいかない。
きっとそうだ、そうに違いない、そうであってくれ頼む。
「高校なんて行ったことねぇし、そもそも受験なんてことしたことねぇけど、気合いさえあればなんでも出来る。それが自然の摂理ってもんだぜぇ。」
まじかよこの人。
火鈴のセリフを聞いて、途端に足がもつれて倒れ込んだ。
地面に下半身を擦りつけられながら終わらない地獄のランニングは数十分続いた。俺の気が失われるまでは...。
「あーはっはっはー! 楽しくなってきたぜー。」
楽しいのはお前だけだよ。
このままこの人の特訓に付き合ったら死ぬかもしれないと本気で思った火曜日だった。
〜水曜日〜 担当:水姫
「第一回!!! クリアするまで終われない、ゲーム大会〜! イェ〜イ、ドンドンパフパフー。」
水姫の特訓は夕飯後に行われる。居間にあるテレビの前で二人コントローラーを握っていた。
「今日やるのは一昔前に流行った探索型アクションゲームだよ。クリア目指して頑張ろー。」
「ちょっと待って、ゲームが特訓な訳? なぜに?」
火鈴の件があってから、ゲームが特訓になるのかも含めて少し疑いの感情が芽生えていた。
「あー、もしかして疑ってる? ゲームナメてると痛い目にあうよ。とにかくやってみればわかるから。スイッチ〜オン。」
実の所、ゲームはあまりやったことがない。ゲームに触れてこなかったことに特に理由はないけれど、ゲームが特訓になるかまだ疑わしい。
〜1時間後〜
「どう? 楽しいっしょ、ゲーム?」
ひと通り操作を教えてもらってやっているが、一向にクリアできない。
少し気を抜くとすぐゲームオーバーになる。
「あちゃー、また死んだね。じゃもう一回やってみようか。」
〜さらに一時間後〜
「これっ、本当にクリアできるの?全く先に進間ないんだけど。」
「行けるよ、ちょい貸してみー。」
そう言ってコントローラーを手渡すと、ものの15分前後で俺が手こずっていたところを簡単にクリアしてしまった。
「すごい、どうやったの?」
「ダメだよ稜ちん、楽しようとしちゃ。攻略聞いちゃったら簡単すぎて、特訓になんないよ。これは自分で考えて最後までやらないと。」
水姫に嗜められて再びコントローラーを手に取りゲームを再開する。水姫のプレイを参考になんとか進めていく。そうすると段々コツが掴めてきたのか、操作に慣れてきたのもあって、さっきよりも順調にゲームを進めることができた。
〜さらにさらに一時間後〜
「やった...。やってやったぞ、ようやくクリアした。長かった...本当に長かった...。」
よくゲームをする人は三時間なんてあっという間だろと感じるかもしれないが、普段ゲームをしない者にとっては、果てしない時間に感じられる。
だって全然クリアできないんだもん。
「お疲れ様。はい、コーヒーどーぞ。頑張ったねー。」
「ありがとう、大変だったけど面白かったよ。それに、俺わかったんだ。この特訓はどんな困難でも最後まで諦めない精神力を鍛える者だったんだね。いやー、よく考えられてるわー。」
「・・・・・・、でっ、でしょー。もうっめっちゃ頭使って考えたんだから、あはははー。」
水姫はなぜか早口気味になり、目を少し泳がせた。
あれ? これ違うやつ?
「まぁ、なにわともあれクリアできて良かったよ。もういい時間だしもう俺寝るね。おやすみ水姫姉さん。」
「ん? 何言ってるのかな、まだ終わってないよ?」
聞き間違いだろうか?まだ終わってないと聞こえた気がする。
「まだ、一章クリアしただけじゃん。クリアするまでってのは最低でもエンディング見るまでだよ。」
「なん...だと...。」
目の前が真っ暗になった。いや、実際はクリアできずに日付が変わって強制的に担当が外れてゲーム終了になっただけだが。
「あーあ、もうちょっと稜ちんを独り占めしたかったなぁー...なぁーんて。」
「なんか言った?」
「べっつにぃ〜、なんでもなぁ〜い。それじゃおやすみぃー。」
体を動かすのとは違っていつもとは別の疲労感でいつもよりすごく眠く感じる。案の定、寝室に向かう水姫を見送ってすぐに電池が切れたように眠りについた。
明日はどんな特訓やらされるんだろう、もう日付変わって今日だけど。
期待と不安。いやほぼ不安しかないが、そんな感情すら蹂躙するように意識は夢の中へと誘われた。




