52.ナメてんのか?
「おーい、カカっさん。生きてますかー?」
「うっ…、う〜ん。」
「ダメだよ伊月君。無闇に気絶した人の頬をペチペチしちゃ。」
根津井達が去った後、俺たちはさっきまでの楽しいテスト勉強の雰囲気とは一転。
根津井の強さと大勢を従える統率力を目の当たりにして、場の空気はお通夜ムードと化していた。
「とんでもない男が現れたものだな。」
静まり返ったテーブルで、最初に沈黙を破ったのは燕だった。
「あの根津井とかいう男。まさか上壁をデコピン一発で倒すとは…。ぶっ飛ばされる直前の上壁の様子がおかしかったところを見ると、何かしら能力を使ったのだろうが。それを抜きにしても、只者ではない雰囲気を持つ男だった…。」
「確かに。それに俺気づいちゃったんだけどさ。
根津井の後ろにいた蓮ちゃんの中に、前に俺と櫂が戦ったEとFの生徒たちがいたんだよね。」
「それは本当か!?ということは、G組を襲撃してポイントを荒稼ぎしようとEとF組をこちらに仕向け、挙げ句の果てには汚い手まで使って勝とうとしたあいつらの元締めがまさか…。」
まだ憶測の域を出ない考えに、二人は目を合わせたまましばし黙り続けていると。
「そうよ。アイツがあの時の事件の黒幕で首謀者。」
突如、隣の席から聞こえた声の方を向くとそこには…、
「あ〜、金恵ちゃん!いつ来たの〜?」
席につき、優雅にコーヒーを楽しむ金恵の姿があった。
「ついさっきお店に着いたばかりよ。あんた達があの男と騒ぎを起こしてる時ね。」
全然気がつかなかった。
「ってか、居たなら助けてよ金恵。俺めっちゃ怖かったんだから。」
「何馬鹿なこと言ってんの、あんた達の喧嘩でしょ?まずは自分の力でどうにかしなさいよ。」
相変わらず金恵は厳しい。
だが、金恵言うことは毎回概ね正しいので、こちらが反論しようものなら次の瞬間には完膚なきまでに論破されてしまう。
そのことがわかっているので、今の金恵の言葉を俺は素直に受け止めることにした。
「といいたいところだけど、今回ばかりはあなた達任せだと勝てる見込みはないでしょうね。」
そう言うと、金恵は頼んだコーヒーを最後まで飲み干した。
「はっ!このキツネヤロォーーー!!!」
「ちょっ、カカっさん!?俺はアイツじゃ…って、うわ!」
目を覚ました櫂は頭を打たれて意識が混濁しているのか、目の前にいるタツめがけて右ストレートを繰り出した。
「キャアーッ、伊月君。」
モロに顔面に拳を受けたタツは、その場に鼻血を噴きながら仰向けに倒れた。
一撃を放った櫂は、今の状況をようやく思い出したのか、元いた俺と燕の座るテーブルまで近づいて来た。
「おう、あのキツネやろうどこ行った?」
「えっ?根津井ならさっき出ていったけど…。」
「ちくしょうっ。あの野郎、次あったらタダじゃおかねぇぞ。」
「タダじゃおかねぇはいいですけど、まずは自分を勘違いして殴ったこと謝ってもらっていいっすか?」
せっかく心配して瀬川さんと櫂の様子を見に行ったのに、理不尽に殴られて少しキレ気味のタツが、瀬川さんの肩を借りながらこちらに帰ってきた。
「必ずやり返すチャンスがあると思ってるなんて、とんだ甘ちゃんね。」
「あ"っ?今お前なんてった?」
突然金恵に笑い混じりに考え方を指摘されたことで櫂の中のやり場のない怒りが、金恵の方へ向く。
「さっき戦って瞬殺されておいて、次また戦えば勝てると思ってる作戦も根拠のない根性頼りのあんたを馬鹿だって言ってんのよ。」
「テメェ!!」
散々言われて我慢の限界が来たのか、櫂は金恵の胸ぐらを掴むとそのまま自分の方へと引き寄せる。
その際に金恵の掛けていたメガネが外れ、床に落ちる。
「俺が次あいつとやったら勝てなぇ根拠でもあんのかよっ!?」
さっきと同じでまたすぐにでも喧嘩が始まりそうだったので、店員さんの迷惑そうな眼差しにも耐えかねて二人の間に仲裁に入ろうとすると。
「オイ…、あんま調子に乗んなよ?クソガキが…。」
「へっ?」
俺は金恵の想定外のリアクションに思わず声が出た。
怒りせいでいつもよりもイカツさが増す櫂の顔が間近にあるのに、金恵は怯えるどころか、見たことも聞いたこともないメンチを切ったような顔と喧嘩腰の口調で場を凍て付かせた。
「…っ!?」
これには流石に櫂も驚いたのか、掴んでいた金恵の胸ぐらをゆっくりと離した。
「オイコラクソ金髪。お前さっき"俺がアイツに負ける根拠があるのか"って言ってたな?大有りだわボケっ!さっきやつに触られた左肩らへん服脱いで見てみろ。」
櫂は言われた通りシャツのボタンを少し開け、左肩を見る。
すると、櫂の左肩には見覚えのあるマークのようなものが付いていた。
それは根津井の左手の甲やさっきの根津井について行ったAHD生達と同じ、記号の%に似たようなマークだった。
「なんじゃこりゃ!?いつの間にこんなもん…」
「さっき肩に手を置かれた時にやられたんだろ。
その瞬間、お前はいつもと違って力が入らなかったんじゃないのか?
見た限り、ゼストが極端に減っていることからして、アイツの能力は触れた相手のゼストを操る類の能力。つまり、アイツに触れられた時点でお前はすでに負けてたんだよ。」
「…っ。」
金恵の説明を聞いた櫂はぐうの音も出ないといった感じ黙りながらその場に立ち尽くしていた。
「お前らも!一度勝った相手だからって油断してっと、コイツみたいに足元掬われっぞ!
それと、さっきコイツが言ったみたいに一度負けても次勝つために頑張ろうなんて考えてる奴は、今すぐにその考えを捨てろ。
今度の対抗戦もそうだが、本来人生において負けていい勝負なんて一つたりとも無ぇんだ!
そのことをしっかりと胸の奥に刻んどけ!!」
いつの間にか、側から見ていた俺たちに向けても金恵の説教が始まっていた。
***
「それで、これからどうする?勉強会も邪魔が入っちゃったし、今日はお開きにする?」
あれから数十分、金恵が言いたいことを全て言い終えるまで続いた説教を受けて俺たちの心は疲弊しきり、勉強どころではなくなっていた。
「そうだな。このままダラダラやっても効率が悪いだろうし、私はこのまま失礼する。明日の休みに用事もあるのでな。」
「俺も早く帰って準備したいことがあるんでな。」
「私もちょっと明日用事があって。」
「へー、みんな奇遇っすね。自分もっす。」
みんなの意見が一致したことにより、今日の勉強会はお開きになった。
しかし、対抗戦に出るために赤点を回避しようと勉強会開いたのに、問題を解決するどころか結果的に問題が増える事態になってしまった。
これからあの根津井の対策も考えなくちゃいけないし、また忙しくなりそうだ。
それにしても、明日の休みにみんな揃って用事があるなんて、みんな忙しいんだな…。
そのぐらいにしか考えてない俺の横で、落ち着きを取り戻し、メガネをかけた金恵と向かい側に座っている木陽は、静かに笑みを浮かべていた。




