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28.錆、流れて

「あっ、ごめん。ちょっと待ってくれ。」


「どうした?今更怖気付いたのか?」


「そんなわけあるか。すぐ済むからちょっと待ってろ。」


辺りを見渡してある人物を探す。


「あっ、いたいた。おーい瀬川さん!これちょっと預かっててっ!」


「えっ!?ちょっ、わっ!」


不意に投げられた小さな物体を瀬川さんは見事にキャッチした。


「これって…。」


キャッチした掌から指で持ち上げたそれは、日頃肌身離さず身につけている指輪型のギア。

つまり、火鈴姉さんたちの心臓とも言えるものだ。


「ナイスキャッチ瀬川さん。それを少しの間預かってて欲しいんだ。お願いできるー?」


「わっわかりましたー。お預かりしておきますー!」


離れたところから快諾の合図として手を振る瀬川さんを横目に、瀬川さんの隣で指輪を雑に扱ったことに対して明らかに機嫌が悪そうな火鈴から急いで目を逸らした。


「何のつもりだ?能力なんて使わなくても今の俺なら余裕ってか?」


「そうじゃねぇ。この戦いだけは俺だけの力でやらなきゃいけないと思ったからそうしたんだ。」


「フンッ、つくづく勘に触るヤローだぜっ!」


上壁がそう言い終わると、二人は構えをとったままジリジリと距離を詰めていく。

互いの拳の射程範囲ギリギリの距離に立つと、体を小刻みに揺らしながらタイミングを計る。

張り詰めた緊張感の中、それが解けるタイミングが来るまでじっと相手から視線を切らさない。


降りしきる雨の中、そのタイミングは突然訪れる。


気で羽を休めていた鳥がいきなり羽ばたく。

そのときに出た音と同時に二人はジャブを繰り出す。ジャブ同士はぶつかり合い、その時の衝撃で体の水滴が四方に八方に飛び散る。


「くっ!」


少し力で押し負けた。

上壁は律儀に俺に合わせたのか、はたまたもうゼストがほとんど残っていないのか。

理由がはわからないが、能力を使っていなかった。

それでも俺よりダメージを受けているであろうその体で、ここまでの力を出せるのだから脅威的だ。


後ろにぐらついた俺間髪入れずに間を詰め、上壁は無数のパンチを繰り出してくる。

かろうじて避けながら、こちらもパンチを繰り出す。

お互い避けては打ち、打っては避けるという展開が続いた。

このまま続くかに見えた均衡はいきなり崩れ去る。


『ジャブからの右ストレート…』


相手の動き出しを見て、次に来る攻撃を予測する。

それに合わせた防御を取り次の一手を打つ。

今回の予測は間違ってなかったと思う。


「!?」


ジャブを受けるために右側にガードを集中したが、それは来なかった。

少しだけ動いたジャブの起点である左肩は動きをピタリと止め、代わりに少し手薄になった俺の左脇腹に抉り込むようなリバーブローが突き刺さった。


「う"っ…。」


あまりの一撃で少し体が丸まり、低くなった頭に上壁はすかさず左フックを叩き込んだ。

防御の上からでも腕の骨が軋み、僅かでもガードを緩めていたらその場で勝負はついていたと思えるほどの一撃だった。


「このっ!」


苦し紛れに出した右ストレートで強引に距離を空けさせ、窮地に一生を得る。

もらった重たい2撃のせいで足に来ていた。



「あの火鈴さん。響八君は…その…、勝てるんでしょうか?」


瀬川さんが心配そうな顔で尋ねる。


「うん?あー、まぁこのままじゃ十中八九勝てないだろうな。」


「えぇっ!そんな!?何とかならないんでしょうか。」


「あのままボクシングにこだわるようじゃ、経験値的に圧倒的有利な上壁が勝つだろう。だからな、稜にボクシングを教えてくれって頼まれた時、アタシはそれを断ったんだ。」


「それってどういう…」


上壁はガードを下ろし、こちらに話しかける。


「その様子じゃあ、さっきのパンチがよほど効いたみてぇだな。どうだ、もうきっぱり諦めたらよ。」


「絶対にヤダ!」


「あぁ、そうかいっ!」


上壁は先程よりも早いスピードでこちらに詰め寄る。

そして、大きく足を踏み込み、右腕を大きく引く。

渾身の右ストレートの動き。


『右の大振り…、ここだ!』


右ストレートが繰り出されるのに合わせてさらに体勢を低くし、拳を恐れず、こちらも相手に向かって一歩踏み込む。


そのまま前進し、稜の頭は上壁の鳩尾に思いっきりぶち当たった。


「頭突き!?二人はボクシングしてたんじゃないのか?」


「いや、最初からこれはボクシングじゃねぇし、アタシは稜にはボクシングなんて教えてねぇ。」


驚いた燕たちは目を丸くして、火鈴の方を見た。


「アタシが教えたのはボクサーに有効な喧嘩のやり方だ。あの頭突きはその第一歩さ。」


流石に鳩尾クリーンヒットしたのが聞いた様子の上壁体は後ろによろめいた。

そこをすかさず相手の足を取りつつ、再び頭を上に向かって突き出し、上壁の顎に直撃させた。


「ぐはぁっ!」


たまらず上壁は地面に背中から倒れ込んだ。


「どうだ!自分より弱いと思ってた相手に倒される気分は。」


倒れた拍子に上壁の上に跨り、マウントポジションを取る。

そこから顔にめがけてパンチを叩き込み続ける。


「お前は自分が強いから、一人で何でも出来る。これからも一人で大丈夫って思ってたんだろ!

それがどうだ!

俺みたいな能力を使ってない一般生徒に、明らかにガタイも劣ってて、喧嘩の経験もなさそうなやつにこんなにも追い込まれて…。

こんなになってまで、まだ一人でなんでも解決できると思ってるのか?」


「黙れ!!!」


散々打たれたはずの上壁は馬鹿力でマウントを解きながら、稜の顔に頭突きをし返した。


再び離れた二人はその場に立ち上がる。


「だったら…だったらどうしたらよかったんだ!

普通に生きてるだけで周りから人は離れ、問題が起きても誰も助けちゃくれない。

だったら一人でなんでもやるしかねぇじゃねぇか。

能力も恵まれてて、友達もいるお前なんかに何がわかる!!!」


「俺も最近までひとりぼっちだった…。」


「!?」


「一年前に姉が突然死んで、何もかもどうでも良くなった瞬間があった。だから自分から一人になろうとしてるお前をほっとけなかったんだ。」


「…っ!」


「人の生き方に文句言うつもりはない、ただ少し周りを見て考えて欲しいんだ。

俺は少し残った気力で生きるために行動したら、今みたく家族ができて、高校にも入れたし、友達もできた。

今のお前は俺みたいに何もかもなくなってなんかしてない。

今のお前には妹の美咲ちゃんていう家族がいるだろう。それなのに勝手に自暴自棄になって一人で危ないことしてんじゃねぇよ!!!」


「うるせぇーーーーーーっ!!!」


再び殴りかかってきた上壁だが、受けてみてわかる。さっきの攻撃が相当効いたのか、パンチに先程までの力とキレがない。


こちらもすぐに応戦する。

俺もダメージが大きく、腰がうまく入ってないパンチを繰り出すのがやっとだった。


そんなパンチの応酬は十数分続いた。

途中からガードの体勢をキープするのも辛くなり、ほぼノーガードで殴り合った。


辺りにできた水溜まりの水面には、飛び立った血が無数に浮かんでいた。


***


「ハァ…、お前…、しつ…けぇん…だよ。」


「ハァ…、ハァ…。それ…は、おたがい…さま…だ。」


お互い肩で息をしながら、立っているのがやっとの状態だった。

今すぐにでも地面に倒れてしまいたい。

だが、そうはいかない。

そうするのを自身のプライドが許さないからだ。


「上壁ェーーーーーーっ!!!」

「響八ァーーーーーーっ!!!」


二人は残りの力を振り絞って、最後のパンチを放つ。

その拳はくしくもお互いの顔面をクロスカウンター状態で捉え、クリーンヒットした。

その瞬間、二人の最後の余力が絶たれ、ダブルノックアウトと言わんばかりに地面に倒れ込んだ。


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