22.お願い
「家まで来やがるなんて、どうしようもなくクズだな!」
「ちょっと上壁君、何か人違いしてるんじゃない?アイツら?とかわけわかんないよ。」
「とぼけんじゃねぇ!大方朝の仕返しにでも来たんだろ。」
ますます訳がわからない。
上壁は帰宅時に手に持っていたコンビニ袋をこちらへ投げつける。
「ちょっと、あぶね。」
避けた瞬間、袋を目眩しに距離を詰め、こちらにジャブを繰り出す。
「このっ、話聞けってば!」
「っ!こいつ!」
なんだか聞く耳をもたない上壁にだんだん腹が立って、放たれたジャブを低姿勢で避けながら、タックル気味に懐に潜り込んで体にしがみついて動きを止めた。
「なっ!?はなせ、このっ!」
暴れる上壁はすごい力で俺を振り解こうと必死に抵抗する。
剥がされないように必死にしがみついてはいるが、上壁はとんでもない馬鹿力で俺を引き剥がしにかかる。
こんな狭い部屋で戦うわけにもいかないし、何よりここで話されたら話を聞かせる手立てがもうない気がする。
だけど、もう、無理かも…。
「やめな馬鹿ども!!! 美咲ちゃんが寝てるんだよ!!!」
「「はっ!?」」
2人は初代さんの一言で動きをピタリと止める。
それと同時に隣部屋の襖が静かに開いた。
「おにい…ちゃん? かえってきたの? けほっ!けほっ!」
さっきの騒ぎのせいで美咲ちゃんが起きてきてしまった。
その姿を見て完全に力を抜いた上壁からそっと離れる。
「美咲…起こしちまったか?」
「ううん。いま目が覚めておにいちゃんの声がしたから…けほっ!けほっ!う"ぅ"っ…。」
「美咲?美咲!?苦しいのか!?クソっ!婆さん、救急車だ!早く!!!」
「わかったよ!ちょっと待ってな!」
顔を出した美咲ちゃんが急に体調を悪そうになら、その場にうずくまった。
突然の出来事で、俺は立ち尽くすことしかできなかった。
***
あれからすぐ初代さんが呼んだ救急車がきて、付き添いの上壁が美咲ちゃんと一緒に病院へ運ばれていった。
「大丈夫ですかね、その、美咲ちゃん。」
「美咲ちゃん実は病気なのよ。それもただの病気じゃない、まだ治療法が確立してない病気さ。
時々ああやって前触れもなく悪くなって、入退院を繰り返すんだ。
櫂は美咲ちゃんの世話もあって、学校にあまり登校できず、友達の一人もできやしない。」
学校に来てなかったのはそれが理由でもあったのか。
「アタシも見ての通り歳だし、いつまであの子たちのこと見守ってあげられるか。あーやだやだ、櫂に降りかかる不幸の話してたらキリがないよ。」
上壁の過去のことを思って初代さんは目に涙を光らしていた。
「あんたも色々悪かったね、老人の長話に付き合わせちゃって。もう暗いからおかえり。櫂にプリントのこと言っておくからさ。」
「あのっ!俺、上壁君と同じクラスだし、話聞いちゃったし…。その、上手く言えないけど、これから少しでも関わっていけたらなって…。」
このままではなぜかいけない気がして、まとまってない頭の中の言葉を精一杯その場で吐き出した。
すると、
「そうかい…、ありがとよ。」
そう一言だけ言って、一筋の涙を流した初代さんはアパートの管理人室へと戻って行った。
***
アパートに帰っていく初代さんの後ろ姿を見送り終えて、自宅がある方へと歩き出す。
すると前から何かの光が迫ってくるのが見えた。
それは近づくに連れて、音が大きくなって鳴り響く。
「おう綾!そこらへんバイクで一緒に走らねぇか?」
「火鈴姉さん!?」
いつの間に実体化してバイクを取りに自宅に行ってたのだろうか?
「美月姉さんには夕飯には遅れるって言ってあるからよ。さぁ、後ろ乗んな。」
言われるがままにバイクの後席に座る。
火鈴姉さんは少しだけキョロキョロと何かを確認するような素振りを見せた後、思いっきりアクセルを回し、排気音を掻き鳴らす。
「どうかしたの火鈴姉さん?
「なんでもねぇ、それよりしっかり捕まってろよ!」
勢いよく出発したバイクに振り落とされないよう火鈴の体にしがみつき、上壁家を後にした。
***
少しの時間走ったころ火鈴は突然口を開いた。
「稜、お前からからどうするつもりだ?」
「どうするつもりって何がさ?」
「決まってんだろ。あの金髪兄ちゃんの事だよ。気になってんだろ。」
バレてる…。やはり姉妹に隠し事はできない。
「どうするもこうするも、俺に何ができるっていうのさ?」
風を切る音で聞こえにくくないように張っていた声が、自分の無力さに苛立ってさらに少し大きくなる。
「何が出来るかじゃねぇ、お前がどうしたいかだろ?」
「俺がどうしたいか、…。」
街の建物が光を放ち始め、バイクのスピードの中で早く過ぎ去っていく。
火鈴の言葉で自分がしたいことを改めて考える。
「あいつは過去のことで一人で意地張ってる。だけど、あいつが思ってるほど、人は一人で生きてるわけじゃねぇ。
婆さんがいて、妹がいて、今、あいつになにかしてやりてぇっていうお前がいるわけだ。そこを伝えてやればいいんだよ。
"お前は一人じゃねえぞ"ってな。」
バイクが急に減速して、ある建物の前で止まる。
自分の家だった。
自分の部屋は灯りがついていて、美月姉さんがいつも作る夕飯のいい匂いもしてくる。
あぁ、そうだ。
姉さんが亡くなって孤独だった俺に、みんなが手を差し伸べてくれたみたいに上壁に自分なりのやり方で伝えてみよう。
そのためにはまずやっておかなきゃならないことがある。
「火鈴姉さん。俺、姉さんにお願いしたいことがあるんだけど。」
火鈴姉さんは珍しく頼み事をする俺に驚いた顔をするとその後、
「おう!この火鈴姉様にどーんと任せな!」
と、笑顔で快くお願いを聞いてくれた。




