19.嵐の前の静けさ
「ふぁ〜、眠い。」
いつもの朝の通学路。
心地よい春の陽気と連日の姉さん達の特訓の疲れのせいで欠伸が止まらない。
『おいおい、呑気に欠伸なんてしてっといつどこから敵が襲ってくっかわかんねーぞ稜。』
ぼーっとしている頭の中に、火鈴姉さんの声が響く。
「ちょっと火鈴姉さん少し静かにしててよ。
ここ最近何故かみんな前より一層特訓の内容がキツくなってるんだから。」
「そりゃそうだろ。お前がクラスの女子に追い込まれたって聞いて、みんな責任感じてんだよ。
これまでのやり方が生ぬるかったってな。」
「いや、あの感じはどっちかっていうと、せっかく私達が教えてんのに勝てなかったなんてどういうことなのよ!って感じだと思うんだけど。」
教えてくれるのはありがたいが、少しは休みが欲しい。
これ以上疲労が溜まると授業中にまた眠ってしまって、輪國先生の投げる高速チョークが俺の頭に今度こそ突き刺さってしまう。
『おっ!おい稜!あれみてみろよ。なんだか面白いことやってんぞ。』
「えっ?なになに?」
登校中の特に意味もない話に花を咲かせていると、火鈴が急にテンション高めに何かを知らせてくる。
『ほらっあの建物と建物の間の路地!急げ!』
火鈴に言われるがまま、指示された場所に向かって走り、目的地の路地を建物の陰からそっと覗き込んだ。
「てめぇーっ、んだこらぁ!」
「やっちまうぞコラァ!?」
覗き込んだ路地裏には、コテコテのザ・不良達がメンチをこれでもかというくらいに切りまくっていた。
「ちょっと火鈴姉さん!?これのどこが面白いことなのさ。ただの不良同士の喧嘩じゃん。」
『わかってねぇな稜。この平和でつまらない普通の日常を過ごしてるからこそ、喧嘩っていう非日常が最大のエンタメになるんだろうが。
こんな面白そうなこと、家にあるサブスクの動画配信サービスなんかじゃ見られない代物だぞ?」
「そんな非日常自ら望んで覗き込みたくないよ。さっさと学校行くよ。しかもあれ、うちの学校の制服だし、校外で戦ったらペナルティなんだから。」
つまんなそうに舌打ちする火鈴を他所に、そそくさとその場から離れる。
さっきの喧嘩。
ぱっと見金髪の大柄な1人の生徒を5、6人が取り囲んでた。
囲まれてた生徒はガタイも良くて確かに強そうだけど、あの人数差じゃ流石に勝てないかな?
とにかく、巻き込まれる前にさっさと学校行こう。
この時関わらないようにと逃げた俺だが、その甲斐虚しく、この後すぐにあの不良と関わることになるのを俺はこの時まだ知る由もなかった。
***
「おはよう瀬川さん。」
「おはよう。今日も朝は眠そうだね響八君。」
いつものように、隣の席の瀬川さんと挨拶を交わす。
火鈴姉さん。俺はこういう日常の何気ない青春の1ページを大切にしていきたいんだよ。
必要がないトラブルとかそういうものに首を突っ込むなんてもってのほかだよ。
「おはよう、稜。」
後ろから歩いてきた燕が朝の賑わう教室でもしっかりと聞こえる通りやすい声で、挨拶をしてくる。
「あっ、燕。おはよう。」
「師匠もおはようございます。」
燕は毎朝律儀に首元にチェーンで下げている服の中で見えもしない指輪に向かって深々と頭をさげる。
ちなみに、事情を知る瀬川さん以外からこの光景を見たら、俺が燕の師匠だと勘違いされてしまいそうだ。
「おはよう、兵藤さん。模擬戦から毎朝すごいね。
それに、日比谷くんとも下の名前で呼び合って…。
仲良しだね。」
瀬川さんが何故か歯切れ悪く俺と燕の中を確認していると、燕が瀬川さんの机に両手を叩きつける。
「なんだ瀬川さん!君も仲良くなりたいのか?」
「ふぇ!? えっ、えーと、うん…。」
「なら下の名前で呼べば良いではないか。何を気にする必要がある?」
「い、いきなり下の名前で呼ぶのはちょっと…。相手もびっくりしちゃうだろうし。」
「何をいう、仲良くしようとすることの何がいけないというのだ。さぁ、いつでも呼んで良いぞ、燕と。」
「えっ……。あっ、そっち?じゃなくて、うん。ありがとう。じゃあ、これから燕ちゃんって呼ばせてもらおうかな。」
「心得た。私も侑と呼んでも良いだろうか?」
「うん、もちろんだよ。」
クラスメイトの微笑ましいやりとりを見て朝から何だかリラックス効果がすごい。
ここの空間だけマイナスイオン的なものが流れているに違いない。
『ったく。青春ってのは甘酸っぱく、そして時にほろ苦いもんなんだよな。』
なんか火鈴がよくわからんことを言っているが、もうすぐホームルームが始まるのスルーしておこう。
それにしても、ホームルーム間近だというのに、クラスに生徒が少ないような気がする。
「はーい、みなさん。今日もげっんきでっすか〜。ってあれ?今日はやけに出席率が悪いですね?」
先生が教室に現れてクラスの皆が席に着くとはっきりとわかる。
空席が三分の一程。
「今日は欠席が多いですねぇ。この時期じゃまぁ仕方ないですね。」
仕方ない?何かあるのか?
ガラッ
ホームルーム中、出席をとっていると後ろとドアが開いた。
音のなった方へ反射的に目をやると、俺は驚愕した。
教室に入ってきたのは、今朝絡まれてた大柄な金髪の男だった。
「あっ、ギリギリセーフですね。おはようございます。登校するのは今日が初めてですね。上壁櫂君。」
クラスメイトだったんかい!
入学してから今まで後ろの席一つ空いてるなとは思ってたけど、まさかあいつのだったとは。
クラス入ってきた時、そんな偶然あるかとか。
クラス間違えて入ってきちゃっただけなんじゃないか?とか、一瞬期待したけど、先生が出席とっちゃったから、クラスメイト確定じゃん。マジかよ。
『おいおい、こりゃ面白いことになりそうだな。』
内心ワクワクしている火鈴を他所に、何故かトラブルの起きそうな感じしかしないと思う稜青年なのだった。




