16.頑張る理由 Ⅰ
少女は夢を見ていた。
幼少期に大好きな両親と過ごしていた時の夢。
だが今もう夢でしかない。
そう、これは夢だ。
だが、夢であるはずなのに何故か今は妙に心地いい。
まるで昔母に抱き抱えられていた時ような。
「母様…?」
少女は夢から目覚める。今ある進むべき未来への途中の現在へと…。
「とりゃあー!」
「なんのー!」
兵藤さんとの決着後、俺は後から続々と行われるクラスメイト同士の模擬戦を観戦していた。
試合内容は学園から支給される簡易的な能力を発動させることのできる装置を用いて行われた。しかし、能力を十分に発動させられず、てんやわんやするものがほとんどだった。
先ほどの俺と兵藤さんの戦いとは違い、ゆるい雰囲気の中、試合は行われていった。
「お疲れ様響八君。響八君は怪我とか大丈夫なの?」
先ほどの試合後、少し経ってから瀬川さんが心配して声をかけに来てくれた。
「うん、大丈夫。俺は大した怪我とかしてないから…。」
「さっきの試合すごかったね!意思がある能力なんて初めて見たし!」
「あはは、確かに。ほんとにすごい能力だよね。」
「ふふっ、なんだか他人事みたい。」
「そうだね。でも、すごいのは俺じゃなくて、美月姉さんの方だし…。」
今回の試合は振り返ると反省点だらけだ。
特に反省すべき点は、俺一人の力では兵藤さんに手も足も出なかったこと。
あの時美月が出てきてくれなかったら、あの上段突きで勝負はついていた。
一年間あの特訓に耐えたことでついた自信が、今ではすっかりなくなっていた。
「それにしても兵藤さん大丈夫かな? 試合終わったらすぐ意識無くして倒れちゃうんだもん。」
兵藤さんは瀬川さんが言ったように、試合の直後、おそらくゼスト切れによる急激な疲労感で意識を失った。
その後、美月が何故か自分が保健室に連れていくと言って特訓場を後にした。
自分もついていこうとしたが、少々話があるので少し時間を空けてから来てくださいと言い残して、スタスタと歩いていった。
「多分大丈夫だと思うよ。俺もよくあれと同じようになったことあるし。何より、美月姉さんが一緒だから。」
「そうなの?とゆうか姉さん? そういえばさっき試合中に、美月さん?だっけ? 家族がどうとか言ってたよね?」
「あっ…。」
口が滑った。
いや別に瀬川さんに本当のこと言っても、冷やかされたり、変な目で見られたりはしないと思うが、正直に真実を言うのは気乗りしない。
とゆうか、意味わからないでしょ。いきなり家族 (姉?五人)が増えたなんて。
とりあえず色々と言わない方がいいことは省いて、伝えておこう。
「えっと、たまたま落ちてた指輪型のアイテムを拾って交番に届けたら、持ち主が見つからなくて。響八君が指輪を引き取ったら、美月さんが指輪から出てきて姉弟みたいに一緒に暮らしてる…ってこと。」
「そう、その通り。」
嘘は言ってない…と思う。
しかし、色々省いて説明した分説明がいささか苦しかったかもしれない。
そう思っていると。
「うん…、そう…だったんだね。そんなことがあったんだ…。」
あれっ、もしかして瀬川さん泣いてる?
「なっ、瀬川さん!? どうしたの? なんで急に泣いて…」
瀬川さんは涙を指で拭いながら、朗らかに笑った。
「いやよかったなって…。響八君、お姉さんがなくなった後ずっと元気なさそうだったから。
でも最近はなんだか昔小さい頃一緒に遊んだ時みたいに元気になってなんだか嬉しくって。
ごめんね、驚かせちゃって。」
他人に言われて初めて気づいた。
自分で言うのもなんだが、確かにあの時とは比べ物にならないくらい活動的になったし、明るくなった自覚がある。
騒がしくもあるが、家族との楽しく、時に厳しい生活は間違いなく俺の心の傷を癒しているのだと思う。
「響八君について色々な噂聞いてたから、響八君グレちゃったのかと思って。例えば多くの女の人とごにょごにょ…。」
「いや、そんなこと全然ないから。根も葉もない噂だから。とにかく、俺は大丈夫。心配してくれてありがとう。」
多分、いかがわしいことをしていると誤解されてしまっているのと、そのことで清純な瀬川さんに要らぬ妄想をさせてしまったことへの罪悪感で申し訳なってくる。
「あっそうだ!そろそろ美月と兵藤さんの様子見に行ってみようかな?
それじゃあ俺は保健室行くから、その事を先生に伝えといてくれる?ごめん、よろしくね!」
半ば気まずくなってその場から逃げ出すように保健室へと向かった。
***
「保健室、保健室は〜っと…、どこだ?」
勢いに任せて出てきたのはいいが、速攻で迷った。
学校の広さと不慣れな場所という事でいまだに迷子になる。
どこかに案内板でもないかとキョロキョロしながら辺りを探していると。
「うわっ!?」
廊下の曲がり角から出てきた誰かとぶつかった。
ぶつかりはしたが、なんともいえない柔らかいものが一瞬顔を覆い、それにいい匂いもした。
「あらあら、うふふっ。まだ授業中だっていうのに、こんな場所でフラフラしてる悪い子は誰かしら?」
ぶつかった人物は、ギリギリ170センチ後半ある俺より頭一つぐらい背が高い女性教師だった。
ふんわり広がった長い黒髪に、大人の色香を感じさせる口元の黒子が印象的な白衣を身に纏った女性。
よく見ると、白衣の下は目を思わず目を背けてしまうほど薄着だ。
「あの、俺、保健室に行きたくて。白衣着てるってことはもしかして?」
腰を屈めて視線を合わせ、俺の体をひと通り見た後。
「ふーん、保健室に行きたいの?見たところ治療が必要とは思えないし、健康面もどこも異常があるわけじゃないわよね?」
一瞬で体に異常がないことを見抜くと、目を細め、少し笑みを浮かべながらこちらを疑う眼差しを向けてきた。
「あの、別に授業をサボれそうなところを探しているとかではなくて…」
「ふふっ、冗談よ。察するに、さっきの和服美人が抱え込んできた女の子のお見舞いってところかしら? まぁ、あなたならいいかな?」
察しがいいなこの先生。女の勘ってやつかな?
「保健室はこの廊下をまっすぐ行って、突き当たりを左よ。私は用があって少し戻らないけど、保健室は好きに使っていいから。
あ、好きに使っていいとは言っても、好き放題ハメを外したり逆にハメたりなんてしてたらダメよ?」
ナニヲイッテイルノカナ?コノヒトハ?
おいおい、輪國先生といい、この先生といい、この学校の先生はこんな人ばかりなのか?
「これも冗談よ。私の名前は園田遥子。ヨーコちゃんって呼んでね。それじゃあまたね、響八君。」
園田先生は背中越しにひらひらと手を振ると、履いているヒールを鳴らしながら歩いていった。
「中々濃い先生だったな。って、あれ?俺先生に自分の名前言ったっけ? まぁいっか。」
少々気にもなるが、美月たちのことが気になるので今は保健室へ急いだ。




