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陳思王軼事  作者: 仲秋しゃお
兄弟
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(三)子婦

 そして、想念を切り換えるべく、そもそもの発端を思い起こした。


季珪(きけい)の姪か)


 どんなむすめか、と誰かに問われても、義父たる曹操にはさして答えられることはない。

 もとより男親の身であれば、妻の(べん)氏に比べれば息子の妻たちとの接点が限られるのも仕方ないということはあるが、それにしてもおぼえていないものだと思った。


 少なくとも、強烈な個性のあるむすめではない。

 それは曹操ひとりの感想ではなく、「子建が旅游先で女を見初(みそ)めたらしい」という話に好奇心を動かされた曹家の親族や、夏侯家・丁家といった累代の姻戚ら―――いずれ自分の家のむすめを曹植に(めあ)わせることになるかもしれぬと思っていた者たち―――もみな同じようであった。


「まともなむすめに見える」


というのが、嫁いできた崔氏に対する総体的な評語といってよいだろう。

 容貌の美醜以前に、婦人として常識的な―――というよりむしろ、女訓書(じょくんしょ)から抜け出てきたかのように驚くほど模範的な―――立ち居振る舞いをしている、という点が、何よりも耳目を引いたのである。


 つまり、あの子建が選んだからには、あの厳格な崔季珪どのの身内とはいえとんでもない(・・・・・・)のが来るのではないか、と多かれ少なかれ思っていたのが、実際に嫁いできたのは意外にもまともそうな(・・・・・・)むすめだったということに、みなが意表を突かれたわけであった。


 古式では、他家に嫁いだ婦人は夫と初夜をともにした明くる朝に初めて夫の父母に挨拶をすることになっているが、曹家の婚礼ではそれは採用せず、親迎(しんげい)を経てやってきた新婦は夜のうちに、新床(にいどこ)に入る前に新郎の父母に挨拶をおこなう。


 一年前の仲春、婚礼にふさわしい月の澄んだ夜に新婦崔氏から初めての挨拶を受けたとき、

(さすがに季珪の肉親だけあって、姿かたちと立ち居振る舞いに不足はない)

と思ったことは、曹操もおぼえている。


 が、それだけであった。

 崔氏というむすめは、表情も応答もあまりに齟齬(そご)なく礼法の枠にはまりこんでおり、その厳密さは賢夫人と名高い曹丕の妻(しん)氏さえも凌ぐものがあった。

 だが、曹操にしてみれば、


(士人の良き(つま)となり子婦(よめ)となり母となるために、季珪が手塩にかけて(しつ)けた見目よい人形、というところか)


という以上の感慨を持つことは難しかった。


 その後、家庭内での行事の折々にも、崔氏に観察の目を向けることがなくはなかったが、

(およそ、詩興を掻き立てるには足らぬむすめだ)

というのが新婦に対する曹操の総括だった。


 むろん、崔氏は美しいことはたしかに美しい。

 崔琰に近しい血筋だけあって女にしては背が高く、曹操どころか曹植よりもやや長身であるため、一見するとそちらのほうに注目が集まりがちだが、目鼻立ちのつくりも配置も、ちょうど叔父崔琰のように、どこから見ても端然として不足がなかった。

 そこへさらに、抑制ある表情と挙措が加わることで、彼女の容姿にはある種の犯しがたい調和が生まれている。

 だがそれだけに、男の生々しい劣情を呼び覚ますような要素がひどく乏しいとも言えた。


 曹操自身はといえば、質素な暮らしぶりと堅実な心映えが際立つ卞夫人をたしかに寵愛し、男児だけで四人も生ませてはいるが、彼女は彼の閨中(けいちゅう)ではむしろ例外的な存在であった。


 原則からいえば、曹操はどこか(くず)れたところのある女が―――夫がいながら権力の匂いに反応して身体をひらくような女が、そしてその情火の(くすぶ)りが顔や仕草に表れるような女が好きである。

 それだけに、彫像のごとき端整さと自制心が先に立つ崔氏のような佇まいの女への評価は、おのずから辛くなる。


 そんな曹操でも、曹丕の妻甄氏の―――一切の頽れや緩みとは無縁の、神仙のごとく超然とした美貌を初めて目にしたときは、さすがに瞠目(どうもく)した。

 自分の本来の嗜好には沿わないが、息子の妻でさえなければいちどは心ゆくまで堪能してみたいと思わせる女であった。

 一方で崔氏の容姿は、美しいと言えど地上の美しさであって、そこまで有無を言わせず万人を惹きつけ狂わせる力はない。曹操以外の人間も同じ感想をもつだろう。


(子建は甄氏に思慕を寄せているなどと、誰かが申していたが、―――)


 甄氏が曹丕の妻になってしばらくした時期、その話を初めて耳にしたとき、事実ならばしょうがないやつだ、と曹操は苦笑したが、一瞬後、あるいはそうかもしれぬ、と真顔で思い直した。


 曹植という息子は美に対する感性が著しく高い―――おそらく本人にとって不幸なほどに感受性が強いということは、曹操もおおよそ分かっていた。

 それゆえに、長兄の妻のような圧倒的な造形美を前にしたとき、曹植はそれまでの世界観が揺さぶられるほどの衝撃を受けたとしてもおかしくない、とは思った。


(だが、血の通わない人形細工のような崔家のむすめが子建に同種の揺さぶりをかけたとは、とても思えん)


 これまでも何度か頭をよぎったことを、曹操は改めて想起した。

 だからこそ、己の感性をもてあますほどに詩人としての天稟に恵まれた三男が、天下にあまねくいる美麗な婦女子のなかからなぜわざわざあのむすめを欲しいと申し出たのか、彼にはいまだに不可解なのである。


 崔氏が正妻向きの婦人であることは間違いないとはいえ、格式や規律にとらわれることを何より嫌うあの三男が、自らそのような選択に甘んじようとすることは考えづらかった。


(あるいはあのむすめは、(ねや)(とばり)の内側では子建に別の顔を見せ、別の声を聞かせ―――乱れに乱れるのか)


 曹操は一瞬そう思いかけたものの、息子夫婦の房事にまで邪推を巡らす自分の悪趣味さを自分で(わら)い、そこまでとした。


 そもそもあのとき、曹丕とともに旅先から鄴に帰還して父の元に挨拶に上がった曹植が、開口一番「崔季珪どのの姪御を娶りたいのですが」と申し出たとき、曹操はほかの何より、この息子とあの崔琰の身内という取り合わせに驚いたものだが、最初に訊いたのはふたりの馴れ初めやら崔琰の意向やらではなく、


(はら)ませた可能性はあるのか」


ということであった。

 曹植はその問いを予想もしていなかったらしく、一瞬ぽかんとしてから、


「めっそうもございません」


と必死に否定を重ねた。その懸命なようすを見て、曹操は息子のことばを信じることにしたのである。

 さらに、曹植の希望ではさしあたり婚約のみ結び、一年後に当のむすめを迎えて婚礼を完成させたいということだった。

 もし清河滞在中に身ごもらせた心あたりがあるならば―――たとえ一晩でも男女の仲になったならば、そんな悠長なことは言わず、少しでも急いで娶ろうとするだろう。


 ゆえに、閨での相性云々は、少なくとも曹植が結婚を決意した理由としてはありえないということになる。

 しかしそうであるならばなおのこと、曹操にとって不明瞭な点は不明瞭なまま残ったのであった。


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