第12話 storm
台風情報です。南シナ海で発生した台風10号は、この時期異例とも言える勢力を維持しながら日本列島の西側を、北東に向かって移動しています。中心気圧は940ヘクトパスカル、最大風速時速50km、今日未明には東海地方へ、明日の朝には関東に上陸する見込みです。
トゥルリン♪
支給されたタブレットの画面に、メッセージが浮かんだ。学校の連絡掲示板だ。
「ねぇねぇ、明日は休校だって。今日も授業は4限で終わりで、3時までに完全下校だってー。台風来るの明日だよね?」
ここは都立風間ヶ丘高校の1年A組の教室。嶺岸かや乃、相田鐘子、鈴木沙知子の仲良しトリオが机をくっつけてランチと洒落込んでいた。お互いに作った弁当をシェアしながら、芸能人の色恋沙汰がどうのこうの、どこそこのアイドルは歌が下手過ぎるなど、年相応の話題で盛り上がっていた。
「ねぇねぇ、今日はお天気もつんでしょ?それなら帰りにカラオケ寄ってかない?」
「あっ!ドリンク2杯目無料のクーポン持ってる!」
「駅前のあそこでしょ?チョコレートパフェ食べたい〜。」
勉強はしっかりしつつ、最近はカラオケにはまっている。と、言うのも…。
「オーディションまで、あと1カ月だっけ?」
そう問うかや乃に、鐘子と沙知子は立ち上がって背中合わせにポーズを決める。
『そう!目指せっ!国民的アイドル!!』
ハモる2人は、周りの視線も気にしない。
来月開催される芸能事務所主催のアイドル発掘オーディションに出場するつもりなのだ。
ブルブルッ♪
今度はかや乃のスマホがメッセージの着信を告げた。
「あ〜メンゴ。生徒会の集まり入った。2人で行ってきて。」
かや乃は画面を見ながら片手であやまる。
「そっかー。金曜が休校になったから、集まりが前日になったのか。」
「残念!でも、週末は台風一過でしょ?土曜か日曜に行こっ!」
気遣ってくれる2人と別れると、かや乃は東棟七階にある生徒会に向かった。
扉の前に立つと、入学してすぐの事を思い出す。
生徒会長である覇王礼奈に力試しをされたのだ。終わりのない廊下に迷い込み、黒狼の霊獣に襲われ追い詰められ、挙げ句の果てに自身の奥義を出すところだった。
あれから数ヶ月しか経ってないのに、すごく前の事に感じてしまう…それだけ充実していのだろう。新しい場所で友人、戦う仲間を得てかや乃の生活はガラリと変わった。
東京に来る前は、カナダで咲良と修行に明け暮れていた毎日がベストだと思っていたのに。
最初に強力な妖者と相対した時…焦げた包帯に全身を包んだ奴だ…自身の心の内の声を聞いた気がした。
『みんなを解放したい』
何故そんな事を考えたのか…『みんな』とは誰なのか?
妖者の結界内で礼奈が奏でる旋律に呼び起こされた様な夢……いや、あれは忘れてしまっていた遠い記憶ではなかったのか?
そして、結界を破った時に見えた紺碧の空……かや乃はあれと似た風景を見たことがある気がしてならない。
考えれば考えるほど、よくわからなくなる。かや乃は頭を数回振ると、一歩前に出て元気よく扉を開けた。
「失礼しますっ!」
「お疲れ様〜♪」
「お疲れ様です。」
「あとは、礼奈待ちだな」
室内には、生徒会長である礼奈以外の面々が揃っていた。
「お疲れっ!かや乃ちゃんの大好きなクッキーあるよ!」
と席に促したのは、生徒会書記を務める矢韋駄満だ。亜麻色の髪をポニーテールに束ねて、底抜けに明るい笑顔を見せている。
先日起こった赤い着物の女が校内に現れる事件、その結末に満は関わった。
満は妖者に取り憑かれていた時の記憶がほとんどない。正確には、鬼瓦と一時的に恋人関係にあった事を覚えていない。それどころか、以前から彼に想いを寄せていたことすらあやふやになっているほど、鬼瓦に対して普通に接していた。礼奈曰く、
「かなり早い段階から、あの妖者に目をつけられていたのかもしれませんわ。私達が知らぬ間に。浄霊と共に憑依されていた時の記憶が一部脱落してしまった可能性はありますわ。あの妖者は、恋愛をするということに固執していましたから。満が経験した恋に関する思い出を一緒に持って行ってしまったのかもしれません。」
まだちゃんと恋愛経験がないかや乃には、鬼瓦に熱い視線を送る満はとても可愛くいじらしく写った。正直羨ましい気持ちでいたのだ。
なんだかドラマの最終回を見逃してしまった気分……いや、鬼瓦に仮にも妻子がいる(離婚協議中だが)事を考えると、複雑だ。
そう思いながらつい、満を見つめてしまっていたようだ。
「んっ? 私の顔に何かついてる?」
「いえ…今日も笑顔が素敵だなって。」
「そう?ありがとっ!最近、祐ちゃんおススメの化粧水に変えたんだけど、それもあるかなっ?」
「アレ、いいでしょ?かーやにもサンプル持ってくるね!」
「ありがとうございます。最近、ニキビが目立ってきちゃって…。」
「この間、また大きな浄霊あったしね。ストレスかかってるよ。あとかーや、甘いもの好きで辛いものも好きでしょ⁈」
「あ、刺激物良くないんだってね。」
3人集まれば、あっという間にプチ女子会が始まる。
男子2名も加わり、ニキビ談義が落ち着いた頃、生徒会室の扉が勢いよく音を立てた。メゾソプラノの声が室内に響き渡る。
「お待たせしましたわっ!明日の休校に備えて、校内一斉点検ですわよっ!!」
15時期限の下校が終わると、教員、警備員、そして生徒会役員による校内の結界点検が行われた。
土地の下の封印は年々弱まっており、低級の妖者が彷徨っているのは日常茶飯事。それらがたむろしている所には、ブラックホールの様な穴が開いている。もちろん霊感がない者には見えないし、多少ある者には「何か嫌な場所」という印象を与える程度だ。
それらは封印の動力源となっている〈未来ある若者〉の存在が希薄になればなるほど、隙間を縫って現れる。
通常学校が閉鎖される夏休みや冬休み、日常的に生徒が少なくなる放課後なども、体育館や図書室、カフェスペースが解放されているのには理由がある。人が出入りする時間を少しでも長くしたいのだ。
「あっ!あそこっ!消火器の裏に何かいるよ!」
「ほんとだっ!あらよっと!」
かや乃は生徒会副書記である霞城祐希と組んで校内の見回りについていた。担当は西棟の5階から7階だ。
祐希が示した所には、金髪にラウンドヒゲの壮年男性の顔……大きさこそ成人男性の半分だが、その顔だけ複数たむろしていた。後ろには深い闇の穴が直径1Mほど空いている。
かや乃が軽く手を振るうと、空中に青い炎の蜂が多数出現し、壮年男性達の顔を次々と撃墜していく。
妖者がいなくなった穴の前に、今度は祐希がリップスティックで"sealed"と宙に描くと、文字は鮮やかなピンク色に発光して穴と共に消えていった。
「これでヨシっと。」
かがんで文字を書いた祐希が腰をあげる。
「この口紅、綺麗な色ですね。浄霊用の特殊なものなんですか?」
ちなみに16歳になろうというかや乃は、未だにロクに化粧品を揃えていない。
「これはシャネルの新作よ♪大概の化粧品は大丈夫、たまに合わないのもあるけど。」
「霊力を込める道具として化粧品があればいいんですね。私、何かしら道具を使うのが苦手で。すぐ壊しちゃうんです。」
「得手不得手は誰にでもあるわ。私はかーやみたいに道具なしでは霊力を具現化できないから。満ちゃんなんかスマホもタブレットもみんな専用化されてるからねー。」
「満さんって、機械に強いんですか?」
「あれっ?知らなかったっけ?満ちゃんのお家、矢韋駄製作所って会社でさ。科学技術を応用した対霊魔用の武器を作ってるのよ。満ちゃん、社長令嬢なんだよ!」
「えーっ!そうなんですかっ⁈それは知りませんでしたっ!理数系苦手だって言ってたし、その割にはデジカメとか使いこなすとは思っていましたけど…。」
「礼奈姉さんは霊能師として有名な覇王家の長女だし、益荒ちは数秘占いで有名な家系なの。総司兄さんと私は発掘組かな。小さい頃から人と変わった霊力を持っていて、目をつけられたってワケ。その辺、かーやと一緒ね♪」
「関東だと、嶺岸家と覇王家。あと、逢真家が三大霊能家でしたっけ?どこもスカウト合戦だって聞きました。」
「そそ、なんせ人口減ってるから。後継者見つけるのも大変らしいよ。それに学校なんか全国でも有数の心霊スポットになっちゃったからね。若い人材はどこも欲しいところ。」
「あっ!今、踊り場に大きなクジラみたいなのが上がって行きました!」
「あとは、7階だけね。一気に片付けちゃいましょ。」
「はいっ!」
2人は意気揚々と階段を駆け上がっていった。
翌日、太陽の光が届かない関東一帯は早朝から激しい風雨にさらされていた。大きな川を渡る路線は軒並み運転見合わせ。飛行機も欠航が相次いでおり、今日いっぱいは運行が困難な見通しだ。
灰色の空の下、午前中は目覚ましもかけずに寝ていようと決めていたかや乃だったが、窓に打ち付ける雨音に目が覚めてしまった。仕方なく期末試験の勉強に取り組む。相変わらず数学に頭を悩ませており、益荒に勧められた問題集とにらめっこだ。
「よお降りまんなぁ〜。あっめあっめふっれふっれもぉっとふれ〜♪ってか。」
「いやん!ビックリした!来てたのっ⁈」
突然耳元で響いた歌に、かや乃は思わず鉛筆を投げ出した。
「さっきからおったで〜。真剣に勉強してはるから遠慮したさかいに。ま、お構いなく〜。」
二本に別れた尾を振りながら冷蔵庫のチーズケーキを拝借した猫又、マコルは優雅にコーヒータイムを楽しんでいた。
「それ、賞味期限切れてるヤツなんだけど…ま、いっか。半分霊体だし。」
「ホンマかいなっ!って、気にせーへんけどな。野良猫だった時代は、生ゴミ漁る生活やったからな。」
「そ、それなら大丈夫ね。台風が来てるのよ。学校も休校で三連休になっちゃった。今日は苦手な数学に打ち込む機会だから邪魔しないでね!」
「いっつも邪魔してへんで。あんさん飽きっぽいから、気分転換を提案してるだけや。」
「ドラマの話はNGだからね!後で録画見るんだから。」
「あー!地雷踏んでもうたな!刑事 紫 四季舞の最終回観てへんのやろっ? どんでん返しの連続で、インド人もびっくり!そらもお大興奮の結末やったで!」
「あ〜んっ!もぉっ!気になっちゃじゃない!」
「花金やで〜気になるならさっさと観ようやないか〜♪」
マコルの誘惑に心が動きかけた時、かや乃のスマホが揺れた。
「あっ!メッセージ来た…って、礼奈さんだわっ!」
「覇王んとこのお嬢様やな。なんや、クッキーでも差し入れでもしてくれるのかいな。」
かや乃は素早くスマホの画面を開く。
「半分当たりよ。ランチでもしませんかって。礼奈さんのご自宅で。杉並の一等地のお屋敷でしょ?確か。」
「にしても、この天気ではな…お迎えの車が来こん限り無理やで。」
マコルは二本の尾をピコピコと窓に向ける。
「大丈夫、麗ちゃんが迎えに来てくれるって!」
「あー、あいつかいな。ま、あいつなら結界張って雨風しのげるしな。背中にのるのはシャクやけど。」
「乗せてもらうのは初めてじゃないじゃない…って、一緒に行く気満々ね!」
「置いてくなんて許さへんで!今すぐ最終回のあらすじ聴かせよかっ!」
マコルが二本の尾と一緒に青筋を立てる。
かや乃はひとつため息つくと、画面から顔をあげた。
「わかったわ。礼奈さんにそう返信しとくから。その代わり、ネタバラシは無しなのと、12時までは勉強させて。その頃にお迎えに来てくれるって。」
「ガッテン承知の助や!ほな、ワイは「熱血!漢塾読んでるさかいに、気張りや!」
マコルは何処から取り出したのか、コミックス一式を手元に積むと、二本の尾で器用に漫画を読み始めた。
「切り替え早いなー。ま、いいか。時間が決まってる方が集中できるし。」
かや乃は腕まくり一つ、問題集に取り掛かった。
長針と短針が重なり合う少し前、かや乃はよそ行きの服に着替えていた。一応、人様のお宅にお邪魔するのだ。
暫し迷った挙句、ピンク色のレースのワンピースに落ち着いた。お嬢様っぽさを前面におしだしたのだ。長い髪を後頭部に二つに結っている。
「あっ、お迎えの登場やでー。」
マコルが尾で指した先には、例の黒い霊獣が激しい雨風に動じる事もなく、ベランダに鎮座していた。
雨が吹き込まないよう、少し窓を開けて声をかけた。
「今参ります、靴を取ってきますので。」
黒狼は鷹揚に頷くと、伏せの姿勢を取った。
「傘は必要ないでー。早よせい。」
マコルの言う通り、霊獣の銀の翼が傘がわりに窓全体を囲っていた。よく見れば、ベランダ自体に雨も風ない。
リボンの飾りがついたグレーの革靴を履いてベランダに出たかや乃は、一礼をした。
「お世話になります。お背中に乗せてもらうのも2回目ですね。よろしくお願いします。」
恭しく礼を尽くすかや乃に満足したのか、黒狼は顎を下げて目で"乗れ"と促す。
「おうっ!覇王んとこのっ!よろしく頼っまっせ!」
調子の良いマコルには、一瞬不満げな目線を送ったが、反応するのが面倒なのか大人しく続く猫又も背中に乗せた。2人が背中に捕まったことを確認すると、黒狼は音を立てることなく、緩やかに後肢を蹴り出す。
「うっ!!」
一瞬、体内の臓器が重力から解放される感覚を味わったかや乃は、思わずうめいた。
「しっかりつかまっときや!」
「うっ……うぅぅん。」
最初に背に乗った時は気分が高揚していたせいか気付かなかったが、乗り心地は決して良いとは言えない。
「そー言えば、このまま北東に向かうんやろ?学校の側通るな。」
かや乃が一人暮らしするマンションは、風間ヶ丘高校の西側、一方覇王家の邸宅が建つのは学校の北側から少し東にずれた杉並区の高級住宅街だ。
「学校、大丈夫かな?結界にほころびがないように、みんなで見回ったけど。」
「何事にも完璧はあらへんけど〜壇なや美樹姉さんもおったんやろ?あの辺は優秀やさかいな、大事は起こらへんやろ。」
尾をフリフリしながら答えるマコルだったが、視界の隅に風雨の勢いとは異なる揺れる物体を捉えてしまった。
「ねぇ、マコちゃん…。」
かや乃も同じ事に気付いたようだった。
「アレはぁ〜見て見ぬ振りしとこか……。」
かや乃が思わず指をさした方向…学校がある場所から上空に向かって、半透明の腕がゆっくりと揺れていた。30Mはあろうかという巨大な腕は、吹き付ける雨をすり抜けながら何かを捕まえようとするかのように、手を握っては開いてを繰り返していた。
小さな腕がグランドから無数に生えている様は何度か見た事があるが、こんなに大きなものを見るのは初めてで、思わずかや乃はそれに見入ってしまった。
そして、一瞬……
目(?)があってしまった!
しまったと思った瞬間には黒狼ごと、その手の中にいた。
「きゃっ!!」
「なっ…なんやー!」
「グゥゥゥッ!!」
まるでローラーコースターに乗ったかの様に、空気を引き裂きながら学校の方に吸い込まれた。
「イヤァァァ!どんだけー!!」
台風吹き付ける最中、1人と2匹の集団は、都立風間ヶ丘高校に引き込まれて行った。




