第14話 maybe tomorrow
「あれっ…私、何してたんだっけ?台風が来るからって、学校が休校になって……お家で勉強してたハズ…。その後、外に出た気が…。」
頬に当たる冷たい感触に目が覚めた。都立風間ヶ丘高校1年A組、嶺岸かや乃は、ボーっとする頭を振りながらゆっくり身を起こす。
「ここは……廊下?…学校の…中?」
目の前には見慣れた「生徒会室」の看板があった。木の板に達筆な文字が踊るアレだ。誰もいないガランとした廊下に、灰色の明りだけが頼り…うなるような風音に激しく叩きつける雨音が徐々にかや乃の意識を覚醒させた。
「そうだっ!礼奈さんの所へ行く最中に…。」
半透明の大きな腕に捕まり、引き込まれた時の衝撃を肌で思い出しゾッとした……その時!
「シャァァァァァ!」
背後から迫り来る気配に、反射的に身を前方に放った。一回転して振り向くと、大きなトカゲのような妖者が頭をもたげ紅い舌をチロチロと出しながら、品定めをするかの様にこちらを見ている。怪しく光るその目は薄暗い廊下に2つ……いや、4つ8つ……いや、もっとだ!!
廊下の床、壁面、天井に至るまで、トカゲ妖者の群れがひしめいていた。
かや乃は迷うことなく左手で宙に円を描く。中指に光る指輪の煌めきを追って鬼火の輪が出来た。
「Mai danse(燕の舞)!」
炎の円陣から飛び出した青白いツバメは、弧を描きながら次々とトカゲ妖者に激突し、浄化していく。トカゲのいくつかは炎に巻かれまいとかや乃に飛びかかるが、かや乃はすかさず両手を互い違いに肩に触れ、一気に斜め下に振り下ろす。
「Jeu d'abeilles(蜂の戯れ)!」
かや乃の正面に楕円形の炎が上がると、そこから無数の蜂形の炎が飛び出した。ランダムに飛び回るそれは、迫り来るトカゲ達を囲み
襲いかかった!
『ギャギャー!』
残ったトカゲ妖者達は断末魔の叫びをあげながら、青い炎に包まれて消えていった。
ふぅ……と、ひと息つくか否か。
シュルシュルシュル!
今度は廊下の四方から蜘蛛の糸のようなものが、かや乃を縛り付けた。
一瞬驚いたが、叫び声を上げることなくかや乃は落ち着いて周りを見渡す。
「そこかっ…!」
右奥の教室の扉。半開きになったそこから赤く光る目がいくつも蠢き、節くれだった脚が爪を光らせてのぞいている。どうやらお次は蜘蛛の姿のようだ。
糸は天井や壁を伝い這い、かや乃まで届いていた。それが幸いした。
「Route de serpent(蛇の道)!」
糸を握った左手から、それに乗って鬼火の蛇が瞬時に蜘蛛の妖者にたどり着く!
蛇を迎え撃つように妖者は扉から飛び出すと、いくつもの脚を立てて立ち上がった。
「うっ…!」
思わず呻いたかや乃が見たのは、蜘蛛妖者の腹の部分だ。そこにあったのは、たくさんの顔。しかも年の差はあれ、全て女性、少女の顔ばかり。それらは喜怒哀楽、あまたの感情を表しながら固まっていた。
「シャーッ!」
炎の蛇と激突した妖者は寄声をあげ、脚で蛇を抑えようとする。しかし、蛇はすぐに5本の筋に分かれて蜘蛛の体をがんじがらめにした!
「Explose!(爆ぜよ!)」
かや乃の掛け声と共に鬼火の蛇が一斉に勢いを増して燃え上がる!叫び声をあげる間も無く蜘蛛の体はその炎に包まれて、次第に形を崩して行った。
「生徒会室があると言うことは、ここは東棟の7階か…。」
蜘蛛の妖者が消滅したことを確認しながら、状況を冷静に分析する。
確か礼奈の自宅に向かう途中の事だ。黒狼の霊獣の背に乗り学校の側を通った。そこで校庭から生えた透明の腕……しかも巨大な腕に霊獣達ごと掴まれて引き込まれたのだ。その後の記憶がないが、校内に放り出されたのだろう。
「マコちゃん…麗ちゃん…いないの?」
辺りを警戒しながらそっと声をかけるが、反応は無し…外からは相変わらず激しい雨風の音が響いている。まさに今、台風が直撃しているのだろう。灰色の明りと不規則な音が一層不安を掻き立てる。
「とりあえず…降りて見ようかな。」
湿った空気に額に汗をにじませながら、かや乃は階段へと向かった。
ーーー
「おかしいですわ。こんなに時間がかかるはずがこざいません。」
時計をまじまじと見つめながら、気がかりが苛立ちと不安になっていく。
すっかりランチの支度が整った杉並区某所、覇王邸のダイニングでは、風間ヶ丘高校生徒会長、覇王礼奈が待ちぼうけを食らっていた。8人がけの大きなテーブルには、野菜、肉魚を挟んだサンドイッチ、ローストビーフが乗った山盛りのサラダ、辛いもの好きのかや乃の為に自ら作ったアラビアータ、デザートのティラミスなどなど。好きなものを好きなだけ取れるように準備されている。
夏休みが終わると進学に備え、3年生は活動を控えねばならない。その前にかや乃に話しておきたい事があった。給仕も払って待っていたのだのはその為だ。
「麗のスピードなら、往復15分程度で戻ってくるはず…。」
霊獣単体であればある程度の空間を跳んでしまえるのだが、人を乗せている場合は地道に移動するしかない。杉並区内にある覇王家と三鷹市内のかや乃の自宅は学校を東西に挟み反対方向に位置している。ここにたどり着くには学校の近くを通過することになるのだが……黒狼に念を送ってみる。
反応がない。
「まさかっ!」
嫌な予感はみるみる膨らむ。スマホを手に取ると一瞬ためらい…電話をかけた。
7回目のベルで出た。
「國木田?ごめん、今すぐ学校に来て!」
自室に戻ると、雨に濡れてもいいようにナイロンのパーカーを羽織る。雨天時用のブーツを取り出し、車の用意を頼む。タブレットで生徒会顧問である高梨に事情を説明するメールを送った。
車に乗り込み発車してすぐに高梨からの返信を確認した。窓越しには黒い雲に覆われた空が一面に広がっている。雨の勢いもやまず、時折街路樹が大きくしなる突風が吹いている。
一瞬、雨風が強まった。心中の不安を煽るように。
「こんな時に…いや、こんな時だから?」
ーーー
「Mai danse!」
掛け声と共に放たれた炎のツバメ達は、宙を舞う上半身だけの女達と戯れた。女達は皆赤子を抱きながら、クルクルと踊るように飛び交っている。
バシュッ!
『オギャーッ!』
ツバメが命中、一瞬で蒸発するような音と共に赤子の叫び声が廊下に響き渡る。それらは廊下の奥まで反響すると、さらに響きを増して帰ってきた。
『ギャキャー!!』
「うっ!」
かや乃は思わず耳を塞ぎながら後退する。
ブワッ!
突風のような衝撃に声も出ず後ろに投げ出された。わざと回転を増やして衝撃を受け止め、正面を見据えた。廊下いっぱいに半分溶けたような赤子の顔が見えた瞬間に、迷わず左手の指輪に霊力を込める。
両手で空中に文様を描きながら、両足はVAのフットパターンを刻む。
両手で掌底を繰り出すと共に、
「一蹠滅破!Montez sur le gèant!(巨人の足踏み!)」
かや乃が突き出した両手から、廊下の四隅を埋めるほどの大きさの人の右足が飛び出した!
それは瞬時に赤子の顔面を粉砕すると、廊下の奥まで到達し、残る妖者ごと燃え尽きていった。
かや乃は吐く息と共に、ドスっと音を立てて膝をつく。
「ハァハァハァ……うまく行った…かな…。」
四つん這いの姿勢をとりながら、大きく肩を揺らし、ポケットから飴玉を取り出した。
ここは東棟の4階。下に降りるに連れて妖者が多く、かつ強くなってきている。本当は6階で渡り廊下を伝って西棟に逃げたかったのだが、防火扉が閉まっていて渡れなかったのだ。
口の中で飴玉をコロコロとしながら、糖分を補給すると、すっかりすすけてしまったスカートを払い立ち上がる。
「さて、次は3階か……何がでるのやら…。」
ーーー
都立風間ヶ丘高校、保健教員にして生徒会顧問でもある高梨美樹は、世田谷区内の自宅で書籍の山に埋もれていた。以前から読みたかった本が溜まりに溜まっており、金曜日を含めて3連休、このチャンスを逃すかとソファに身を預け読書に熱中している。そばにあるローデスクには、白の陶磁器に花柄があしらわれたティーセットと駅前で見つけたドライフルーツ入りクッキーが良い香りを漂わせていた。
キリのいいところでハーブティーを一口、カップを置くとともに高梨は妙な胸騒ぎに顔を上げた。時計を見ると12時半を少し回ったところだ。
台風の影響で休校になるかもしれない時点で、学校の結界は教員全員の手で強化してある。出張中の檀校長の指示で校舎に多少の破損があってもいいよう、防火シャッターを閉めてきた。飛来物がぶつかっても、校内に早々被害はでないだろう。
ピロリン♪
キッチンカウンターに置いてある仕事用のタブレットが鳴った。メールの着信音だ。本を閉じ、ソファから身を起こす。しばらく座りっぱなしだったので、少しよろめき、思わずデスクに手をついた。
タブレットの画面を見ると覇王玲奈からだ。お知らせ画面には内容の冒頭だけ確認できる。
「学校で何かあったようです、嶺岸さんを迎えかに行かせた霊獣が戻り…」
胸騒ぎが嫌な予感に変わる。メールを開き内容を確認すると、予感は確信へ。
目を閉じ学校の方角に意識を向けると……この距離では分かりづらいが……霊気を感じる。色は……金色にピンクが混じった様な霊気。コレは?…まさかっ!
校長に玲奈から連絡があった件、これから学校に向かう内容のメールを送る。さらに霊能者の教員と警備員全員に状況の確認次第で緊急招集の可能性があるため、待機を促すメールを素早く打った。
「まさかっ…まさかアイツが⁈」
最後に礼奈に関係者各位に連絡した事と、自分もすぐに向かう旨のメールを送ると、乱れた髪を素早く整えた。クローゼットの奥から巫女装束を取り出す。通常は白い羽織りに赤い袴だが、羽織は薄紫、袴は黒い。高梨の戦闘用の礼服だ。
雨をしのげるコートを上に羽織り、テーブルの上の車の鍵を手に取りかけると、出窓に飾ってある写真立てが目に止まる。歴代の卒業生と一緒に撮ったものや、若い頃、モデルのバイトで赤いボリュームのあるドレスに身を包んだ時の写真などが大きめのクリアフレームにおさめられている。
懐かしさにひたりながら、最後に目にした写真に表情が硬くなった。その写真には5人の高校生の男女が写っている。左から2番目、紺のブレザーに赤い胸元のリボンは17歳の高梨美樹だ。他には男子学生が2人、美樹以外の女子が2人。
「みんな…もしかしたらアイツが再び現れたかもしれなの、力を貸して。お願い、力を貸して!」
ーーー
「Griffe d'aigle(鷲の鉤爪)!」
掛け声と共に、鷲の形をした鬼炎が前方に迫った狐の妖者と激突した!
「クッ!」
霊力と霊力のぶつかり合いの余波が廊下全体を埋め尽くした。その余波は、一瞬視界が塞がる程の煙になって充満している。
かや乃は左手中指の指輪に霊力を込めながら警戒姿勢を崩さない。
(やったか…⁈)
煙が少しずつ晴れいくと……そこには白装束を纏った少しつり目の若い女性が立っていた。まだ10代だろうか?よく見ると耳も尖りたち、獣毛の様なモノが生えている。
(さっきの妖者の正体か?)
女から視線をそらさず、さらに浄化の技を繰り出そうとしたかや乃に……
ア・リ・ガ・ト・ウ
声こそ聞こえなかったが、はっきりとそう言ったように見えた。
残った煙に溶けるように、女は消えていく。
(ありがとう……って言ったの?)
思わず張った肩が脱力し、ため息が漏れる。
煙がはれた向こうには2階に通じる階段が見えた。渡り廊下で西棟に逃げるか……体育館へ通じる渡り廊下に行く手もある。1階まで下がって無理矢理扉をこじ開けるか。いや、校庭に例の半透明の手がいる。捕まったら戻されるか……2度と戻れない場所に連れて行かれるかもしれない。
などと考えながら階段を降りた。踊り場の壁越しに2階の様子を伺う。東棟2階は、西棟の同階とガラス張りの廊下で結ばれており、どちらのスペースもラウンジとして使用されている。壁片側に個人学習用に仕切られた机がならび、反対には3人がけのソファとテーブル、天井にはシーリングファンが備えてある。普段はここでランチを取ることもしばしばだ。
(よっしゃ!)
ラウンジを抜けて真正面、西棟に通じる渡り廊下の防火扉は閉まっていなかった。逆に今降りてきた階段は1階への階段が防火扉で塞がれおり、どちらにしろ下には降りられない。体育館と繋がる渡り廊下への道も閉まっているため、西棟へ向かうしかない。
これは誘導されている?と思うや否や、あたりに霊気が漂い始めた。目に見えて金色に輝く霊気が西棟から渡り廊下を通じて流れ込んでくる。
(コレは…敵?…でも、なんて美しい…。)
身構えながらもかや乃は、初めて見る優美な霊気に見とれてしまった。穏やかな風のような黄金色の中に、鮮やかなピンク色が混じり始めた頃。
ポン♪ ポン♪
ドン♪
ポン♪
ドン♪
ヒャラ〜♪
乾いた和太鼓に乗せて少し掠れた笛の音がこぶしをきかせて鳴り始めた。いつだったか聞いたこのとある音色だ。アレは確か〜入学仕立ての頃、妖者の結界から出る時だった。後からマコルに教えてもらった。確か能という日本の伝統芸能があり、その音楽だった。
(お囃子だ……。)
サッ…ササッ……
何かをする様な音がした。暗がりを作る渡り廊下の奥、西棟の方から金と銀の刺繍が散りばめられた着物を纏い、女面を被った演者が優雅な舞と共に姿を現した。手にした扇子を広げ、回りながら1回、2回、計4回斜め上の空間を叩く。そこから音もなく宙に出現したのは、それぞれ小鼓、大鼓、太鼓、篠笛を手にした男女だ。上半身だけを浮かせて演者の背後を漂う。
「アナタ…誰っ⁈」
警戒心を抱きながらも、その美しさにかや乃は心を奪われてしまった。
ガラス張りの廊下を舞台に、女面を被ったモノは優雅に舞い始めた。




