護衛の仕事には危機感を持て 捌
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「『陽炎』」
彼女が小さく呟いた直後、直哉の拳が頬に当たって───
「なっ!?」
当たらなかった。
それどころか───
彼女の顔を、拳はすり抜けた。
「っおぶっ!?」
そのままの勢いで二葉亭の体を直哉は通過。前のめりに倒れた。すぐに振り返るもその姿は無い。キョロキョロと辺りを見渡しながら、立ちあがった。
「………あいつは、」
どこに、と呟きかけた時、
「がっ!?」
突然背中に強い痛みを感じた。
メキリ、と軋んだ。
「っ…………!!!」
あまりに衝撃に歯を食いしばる。
『危機感』はまだ完全には消えていなかったため、大事になる程の怪我にはならなかった。
再び前のめりに倒れて、すぐさま起き上がろうとしたが、出来なかった。
「あがっ!?」
背中から何かに押さえつけられる圧迫感のような、重力が突然数倍、数十倍になったような、そんな感覚に直哉は地面に倒れたまま、動くことが出来なかった。
直哉は上から「まじかよ」とあの女の声がしたのが分かった。
「これでも死なねぇのか、めんどくせぇ異能だなぁ おい」
「ぎっ……ぐうぅっ!」
震える手をつき、起き上がろうとすると、ズシリ、と更に強い圧力がかかり、地へと伏せられる。
「っあ″……………!!!」
「無理すんなよ? 下手すりゃ全身の骨、砕けるぜ?」
「ぎっ!!」
背中に激痛が走った。二葉亭が彼の背中を踏みつけ、グリグリとかかとを動かした。
「て……でめ………! い、ぃのヴしゃ……、」
「……まだ喋れんのかよ…。つくづく変な奴だな、お前」
どんな体してんだ、とぼやく彼女は、呆れたような息をはいた。
そして、
「異能者だからなんだ?」
メキ、と背骨が悲鳴を上げる。
口から空気が押し出た。息をするのも辛い。全身が押し潰されそうだ。目の前がチカチカと光る。心臓の音が大きく近く聞こえる。
頭の中で警報が、危機感が更に高まっていくため、その圧力に耐えるだけの力が授けられる。しかし、その能力が逆に終わることの無い地獄のようにも感じられた。
「安心しろ。余程のことがねぇ限りはいたぶる趣味は無い」
懐から大型ナイフを取り出した。銀色に刃が輝く、柄にはダイヤモンドの思われる宝石が1つ埋め込まれている。
「じゃあな」
つぅ、と彼女の口角が上がる。
「くたばれ」
「う″う″……!!」
大きくナイフを振り上げた。
ドゴォッ!!
ガシャアアン!!
轟音が響く。
「あははははははっ!!
ほらほらどうしたの!?さっきまでの勢いはあっ!?逃げてばっっっかりじゃあないかあ!!」
伊奈が手を振れば、小野に向かって高級そうな机や椅子、ソファ、花瓶と、次々に物が飛んでいく。触れた物を収納、そしてまた吐き出す。
「っ!」
横へ、後ろへ、前へと跳び、転がり、避ける。
その様子を見て、楽しんでいるように伊奈は笑う。その笑みには嘲りも共に浮かんでいるようだ。
「にしても君もよく避け続けるねぇ、動きっぱなしじゃない? 休憩は要る?」
「必要ない」
彼女はきっぱりとそれを断った。
敵である相手なんぞに、話し掛けられたくもなかったのだ。
それを見て彼はニタニタと笑って喉を鳴らす。
「そっかそっか……じゃあもっとイケるよねぇ!!?」
残虐な笑みを貼り付け、更なる追撃を。
小野は目を細めて、避けようともせず、そこに立ったまま動かない。
伊奈は不思議そうな顔をしたが、すぐに好機と判断。先程の瓦礫を小野に向かって多数発射。
「コワレタ体は僕がキレイにキレイにして、ずうっと傍にオイテアゲルヨ★」
目の前に迫っても動かない小野を狂った笑みで見て、勝利を確信した。
ドゴゴゴガガガッ!!!!
ガレキが小野へと降り注ぐ。
ブアッと煙が舞い、ガラガラと音がする。
「さてさて 潰れたお姫様を回収しないと……♡」
彼女の死体を想像して、笑みが溢れる伊奈。収納していた風で土煙を払った。
────────笑みが固まり、驚愕に変わる。そして後退り。
「なっ……馬鹿な………!?」
目の前には変わらず立ち尽くしている小野は、変わらぬ表情で、目の前で狼狽えている男を見据える。
何故、そこまで彼が驚いたのか。
1つは小野にガレキのダメージが一切入ってなかったから。
そしてもう1つ。
彼女の周りに浮かぶ、黒い文字。
「(あいつの能力は『他人の心を読むこと』だ! なのに……なのになんなんだあの文字は!?)」
彼が頭を混乱させている中、小野は1歩ずつ確実に近づいていき、伊奈の背後から声が聞こえた。
「危ないところでしたね」
「っ!! 誰だ、」
直後、彼の体が、視界が、反転した。
ナイフが振り下ろされる。
その時、彼女は横から殺気を感じ、その逆へとすぐに跳んだ。
「………誰だ」
ナイフを目前で構え、腰を落とす。
二葉亭が本気の警戒をするほどに、目の前の人物が強い威圧感を放っていた。
その人物は赤みがかった茶髪と瞳を持つ、長身の男性。
彼は、構えている二葉亭の問いに応えた。
「政府の役人だ」




