古代竜狩り 61
ガラガラと音を立てて、破壊された洞窟の壁が地面へと落ちる。巻き上がる土煙さえ輝く水の蒼に照らされて美しく、その存在の登場に神秘的な印象を与える演出となっていた。
青白く輝く結晶洞窟の舞台に現れたのは、ただひたすらに巨大な竜だった。地層だということを忘れてしまいそうなほどに広いはずの洞窟内が窮屈に見えるくらいに、そのドラゴンの大きさは凄まじい。数階建ての建物程度ならばゆうに超えそうな巨体は、見るだけで心も体も支配されそうなほどに圧倒された。
その大きさはまさに、古より生きる巨躯の賢竜・ギガドラゴン。
「っ……」
ただそこに現れただけで圧倒的な気迫を放つその存在に、ジュラードは言葉を失って立ち尽くした。
今はまだ自分たちが立つ場所の方が、ドラゴンのいる場所より高い。なので僅かにドラゴンを見下ろす位置なのだが、それでも足が金縛りにあったように動かないのだ。これでもしドラゴンを見上げるような位置にいたら、それこそ本当に自分は動けなくなっていたんじゃ無いかと、ジュラードはそんなことを無意識の恐怖の中で思った。
だが、そうやって圧倒的な恐怖に飲まれそうになっていたジュラードを、ローズの声が現実へと呼び戻してくれた。
「ジュラード、あれだ……ヴォ・ルシェ、その古代種……!」
ただ立ち尽くしていたジュラードと違い、既に剣をその手に構えているローズの押し殺した緊張の声が耳に届く。ジュラードはハッとしながら、横目でローズを見つめた。
「そ、そうか……あいつが……!」
ローズに体の毒を浄化してもらったジュラードとは違い、ローズ自身はおそらくはまだ体に先ほど不意打ちで食らった虫の毒が残っているはずだ。
しかしそんな体の不調を微塵も感じさせない様子でローズは剣を持ち、戦闘体勢へとすでに移っていた。そんな彼女が逞しくもあり、ジュラードも気を引き締める。
ジュラードも背負った剣に手をかけて、眼下のドラゴンを見据える。ドラゴンはまるでジュラードたちを見定めるかのように、今はまだ静かにこちらへと金属のような眼差しを向けていた。
(あいつを倒せば……リリンは助かるかもしれない)
ドラゴンは恐い。だけど、大切な妹を助けたいという気持ちが勇気を呼び覚ます。ジュラー ドは巨大な刃の剣を強く握りなおした。
『オオオオオォオォオオオォオォォォッ!』
突如響く咆哮が、洞窟の中を震わせる。耳が痛くなりそうなその雄叫びにまた圧倒されそうになりながらも、ジュラードはローズの「行くぞ」という声に頷いた。
「うさこはどっか安全なところにいろ」
「きゅいいぃっ!」
ジュラードがそう短くうさこへ声をかけると、うさこは震えながらも返事をしてジュラードから離れる。そして彼はドラゴンの待ち構える下層へと降りようとしているローズの背中に続いた。
「!?」
古代竜の凄まじい雄叫びは、ウネたちの元で待機しているマヤの耳にも届く。いや、雄叫びが聞える以前から、大きな物音などでマヤもギガドラゴンの出現を予想していた。
「ローズたち、大丈夫かしら……」
目を伏せ、マヤは小さく不安を呟く。たった二人で行かせたことが凄く不安ではあったが、しかしだからと言って自分がここを離れるわけにもいかない。ウネたちが目を覚ますまで、自分が彼女たちを見守っていなくてはいけないのだから。
「……お願いだから、アタシがいくまで無事でいてよね」
祈るなんて行為、自分には似合わない。そう思いつつも祈らずにはいられなくて、マヤは再び小さく呟いた。
瓦礫が積みあがっただけのような足場の最悪な道を下り、ローズとジュラードは巨大なヴォ・ルシェの元へと近づく。
先行するローズの後を進むジュラードは、その背中を追いながらも、自分たちの到着を待つように今はまだ静かにその場で佇むヴォ・ルシェへと視線を向けた。
緊張を隠せない眼差しを向ける自分に対して、一方のヴォ・ルシェは感情の読めない鋼色の眼差しを静かにジュラードたちへ向けて、ただその場で待ち構えている。余裕すら感じられるその態度は、災厄を超えて千年以上の時を生き続けたものの風格なのだろうか。
「ジュラード、以前も言ったがドラゴンはブレス攻撃には特に注意するんだ」
ジュラードの思考を遮り、背中を向けたままそうローズが声をかけてくる。ジュラードは視線はそのままに、「わかってる」と彼女へ返事を返した。
「そうか……しかし私もギガ・ドラゴンと戦う経験はそう多くは無いから、他にもどんな攻撃が来るのか正直全ては予測できない。あいつが危険だと思う動きをしたら、迷わず逃げろよ」
「……あ、あぁ」
危険だという動き、と一言で言われてもそれが自分に判断できるのか……そう不安を感じつつも、ジュラードは妙に頼もしいローズに頷く返事を返した。
そしてローズはジュラードの不安と緊張を察するかのように、僅かに背後を振り返ってこう言う。
「大丈夫、私も一緒だ。今度はジュラード一人じゃないから、そんなに不安にならなくてもいい。リリンちゃんの為に、絶対にあれを倒そう!」
そう言って微笑むローズがやはり頼もしくもあり、それ以上に美しいと感じた。そして直後に、こんな時に何考えてんだと、ジュラードはやや顔を赤らめながら反 省する。
(でも……)
ローズの言葉に安心する自分にも気づき、同時に何故か脳裏にアリアの事が浮かぶ。ローズがそっくりで、かつ彼女のように自分には”奇跡の力”としか思えない魔法を使うからだろうか。
いや、それもあるだろうが、やはり自分を勇気付けてくれた存在という理由が一番の正解なのかもしれない。まるで太陽のように導き、希望と安心を与えてくれるような……。
(……多分、ローズとなら倒せる。……ううん、多分じゃない、倒す!)




