古代竜狩り 52
「あなたはよくやったと思うよ」と、不意にイリスの口から優しい言葉が紡がれる。だけどジューザスはその言葉を素直に受け止め、感謝することは出来なかった。
「いいや、違う。まだ終わっていないよ……ジュラードの事もあるし……」
「あなたがそこまで責任持つことも無いと思うけど」
「君の事だって……」
「だから……っ」
どこか苛立ったような声の後に、イリスは小さく溜息を吐く。彼は目を細め、複雑な感情宿る眼差しでジューザスを見つめた。
「……さっきあんたは私を見てきたって言ったけど……言いたく無いけど、私だってあんたを見てた。その上で言わせてもらうけど、あんたは何でもかんでも自分の責任って、他人のこととか背負いすぎなんだよ。そういう性分なのはわかるけど……あんたの他人の面倒を背負い込もうとする態度は、時々無責任だよ。だってどうにもならないことだって、確実に存在するんだから」
「……」
イリスの真を穿つ言葉に、ジューザスは彼を見返したまま沈黙する。確かに自分は無責任でもあると、ジューザスにもそう思う自覚があった。
たとえばカナリティアの事。結局今も自分は、成長しない体になった彼女に何もしてやれていない。ヒスが面倒を見てくれている事実に甘えている部分もある。
他人に対する責任を背負う自分の態度は、無責任でもあるというのはイリスの言うとおりだった。
「きつい言い方して悪いけど……でも、何でもかんでも背負い込みすぎると、あなただって辛いだけだよ。そういうこと、あんたに言いたいの」
「……君にそんな事言ってもらえるなんてね」
苦笑で痛む心を誤魔化し、なんとかそんな言葉をイリスへ返す。ジューザスのそんな態度に、イリスは彼を責めるような眼差しで見つめた。
「勘違いしないでね、あんたを心配してるわけじゃないから。あんた、もう一人身ってわけじゃないんでしょ? だから……今の言葉はそう言う意味での、ですので。あんたが他人の厄介を背負い込みすぎて精神的にダメになったら、あんたの周囲が心配するでしょ」
無表情にそうイリスが言うと、ジューザスは苦笑を漏らす。だがそれにはどこか嬉しそうな感情が滲んでいた。
「……そういうふうに、素直には心配してくれない人の言葉には慣れてるよ。というか、私の友人は皆そんなタイプだし」
「その友人枠に間違っても私を数えないでね、ジューザスさん」
「……はい」
そうしていつの間にか穏やかな雰囲気になっていた会話は、それを拒否するかのようなイリスの言葉で終わる。
「……だからもう私のことをかまうのは止めて、ジューザス。私を自由と思うなら放っておいてほしい……心配もしてほしくない。いっそ忘れてくれたってかまわないんだから。もうあんたの飼い犬じゃないんだから……私のことを少しでも思ってくれるならそうしてもらえるほうが嬉しいんだよ、こっちも」
「そういう言い方されると、何もいえなくなるな」
「でしょ? わかっててそう言ったもん。卑怯な言い方は得意だからね、あんたと一緒で」
「……本当に君は私のこと、よく見ててくれたみたいだね」
ジューザスのその言葉に、今度はイリスが珍しく苦笑を返す。だがジューザスに対しては珍しいその表情は直ぐに消え、イリスはジューザスに背を向けた。それが会話を終了させたいという彼の意思表示だと、ジューザスにはわかっている。
ジューザスはこれ以上喋っても余計嫌われるだけだろうと思い、彼もまたイリスに背中を向けた。
イリスの言葉を受けて、立ち去るジューザスの足音が空虚に響く。足音がイリスから遠ざかり、ジューザスが下へと戻ろうと階段へ続く扉を開けようとした時、不意にイリスの声がジューザスの足を止めさせた。
「もう、あんたの事もどうとも思ってないよ、ジューザス……ううん、思わない事にする。憎む事も、もう疲れたし。だから……」
ドアノブに手をかけたまま、ジューザスは振り返る。視線の先には、背を向けたままのイリスがあった。
ただ、言葉だけが自分の元へと届く。
「レイリス……?」
続く言葉が届かず、ジューザスはイリスの背中に声をかける。だがいつまでも沈黙ばかりが続き、それ以上の言葉はイリスの口からは出てこなかった。
しばらく無言でイリスの背中を見つめ立ち尽くしていたジューザスは、しかしやがて続きの言葉を諦めて同じく背を向ける。そうしてドアを開け、彼はイリスを屋上に残して立ち去っていった。
一人残された屋上で、イリスは眼下の町並みから空へと視線を移しながら口を開く。
「私のことなんて忘れて、幸せに生きればいいよ……私の分までね」
呟いた言葉は、どこにも届かないままに消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……まさかこんな危険な場所で一晩過ごす事になるとは思わなかった」
そんなことをふと呟いたのは、ぐったりした表情でうさこを胸に抱えるジュラード。今彼の立つ場所は相変わらず閉鎖的で暗く、息苦しい坑道内だった。
「ま、まぁ仕方ないじゃないか……ここまで来て、休む為に地上に戻るのも面倒かなって……そういう話になってしまったんだし」
休んだはずが逆にぐったりしているジュラードを見て、ローズはそう彼に言葉を返しながら苦笑 いを漏らした。
だがそうジュラードを説得しているローズ自身も、正直彼の気持ちはよくわかるほどに昨夜は神経をすり減らしていた。その理由はたった今ジュラードが呟いたとおり、危険なドラゴンがいつ襲い掛かるかわからない地下坑道内で一晩過ごした事だ。
疲労しきった体で動き続けることは危険だからと、時間的に休む時刻になった時点でその場で休息を取る事になったのだが、時計を見なくては昼か夜かもわからないうえに魔物がいつ出るかわからない坑道内で長時間休むというのは、ジュラードやローズにとっては素直には休めない行為だったようだ。
「そうよー、仕方ないでしょ。上に戻って、またここまで戻ってくるのなんて馬鹿みたいじゃないー」
だが危険を承知で休む事を提案した張本人のマヤは、危険な一晩に緊張疲れした様子はなく、ぐったりして訴えるジュラードにそう言葉を向ける。ウネもそれは同様のようで、いつもどおりクールな表情で野宿の後片付けをしていた。
フェイリスはやや廃れているようだったが、しかしこちらもジュラードほど露骨には疲れた表情を見せず、「でも寝ているところを奇襲、なんて恐ろしい事はされずに済んで安心しましたね」と微笑みながらマヤたちに言葉を向けていた。
「運が良かったんだろうな……」
思わずフェイリスの言葉にそう呟いたジュラードに、ローズも無言で首を縦に振る。そう、寝ているところを襲われなかったのは本当に運が良かったのだろうと、それは皆一様に思っていた。




