古代竜狩り 51
「私は都合のいい、良い飼い犬だったでしょ? アンタの為にも色々やってあげたもんね。餌やっとけば文句も無いし、命令ならどんな危険な事もクソ最低な事もちゃーんと実行してあげたしね」
おかしそうに笑いながらそう告げるイリスに、ジューザスはただ静かな眼差しを返す。
自分を非難する意味を持つイリスの言葉を、彼は甘んじて受けるように聞いた。
「……ホント、いい忠犬だったでしょうね。中途半端なアンタとは違って、ね」
「……君はこの三年をどう過ごしてきたのだろう」
目を細め、そう唐突に問うジューザスの言葉に、イリスは笑みを消して沈黙した。
独り言のように呟かれたジューザスの問いに、返される言葉は無い。再びジューザスが口を開いた。
「君に対してひどい仕打ちをしてきた私なんかが言う言葉では無いとはわかってるが……その、君は一人で行ってしまったから心配していたんだ」
「ハッ、なにそれ。どーしてあんたが私を心配するわけ? 元飼い犬だから、一応心配ってこと?」
再度唇を歪めてそう返したイリスに、ジューザスは僅かに強い口調で「違う」と言う。そしてどこか疲れた溜息と共に、繰り返すように「違うんだ」と彼は言った。
やがてジューザスは一緒迷うように唇を動かした後、イリスへとその迷った言葉を向ける。
「君と……クノーで再会した時の君を見たとき、正直私は少し驚いてしまった。君が、私が知る頃と随分印象が変わったような気がしてね。勿論いい意味でだよ。随分と穏やかで、他人に対する警戒心が薄くなったようだと感じた。だけど……」
じっとイリスを見つめ、ジューザスは「だけど、今は違うようだ」と彼に告げる。その言葉に、イリスは反射的にこう言い返していた。
「あんたに私の何がわかる」
そう言うイリスの眼差しは、ジューザスがよく知るものだった。
他人を徹底的に拒む、凍て付いた眼差し。
「君が思っているよりも、私は君を知っているよ。ずっと君を見てきたから」
「……気持ち悪い」
吐き捨てたイリスの言葉に、ジューザスは寂しく苦笑を漏らした。
「……やっぱり今の君は、クノーで会った時とは違うね。以前の君を見ているようだ。……何があったんだい?」
問いかけて素直に答える相手では無い事はジューザスも承知していた。それでも率直に問わねば、話は進まない。
「クノーから今までの期間に一体なにが……」
案の定イリスは拒む眼差しでジューザスを睨むだけで、その問いに対する答えは返ってこなかった。
沈黙の後、ジューザスは深く息を吐いてからまた口を開く。
「じゃあ、先ほどの質問には答えてくれるかい? 君は三年を一体どう過ごしてきたのだろう?」
「だから、何でそんなこと聞く……」
「君は幸せになれたのだろうかと、それを知りたいからだよ」
「!?」
ジューザスの言葉に、僅かにイリスの表情が変わる。驚いたように目を丸くしたイリスは、しかし直ぐに険しい表情へと戻 す。
「……そんな事を知って、どうする……?」
小さく掠れた声で呟かれたイリスの言葉に、ジューザスは優しい声音で答えた。
「私や君が幸せにならないと、意味が無いからだよ……ユトナやマギや、それにクロウ……他にもたくさんの命の犠牲があった。尊い彼らの命の犠牲を無駄にしない為にも、私たちは幸せに生きなくてはいけない」
『クロウ』の名を聞き、イリスの表情に悲しみが僅かに滲む。やがて彼は重い溜息の後、震える声で言った。
「幸せだったよ……こんな私でも、幸せに生きてた。少なくとも、”禍憑き”なんて病が出てくる前までは」
不安定な彼の心そのもののように、ジューザスの見つめるイリスの眼差しと彼の声は揺れていた。
「私だってわかってた……ちゃんと……ちゃんと生きなきゃって、そう思った……だって、クロウに最後に言われたから……あんな状況で、あんなになってまで他人の心配なんかして……目の前でそんなの言われたら、さすがに私だって……」
イリスの言葉は途中で途切れ、顔は俯く。泣いているのだろうかとジューザスが思うと、イリスはまたすぐに顔を上げた。その目に涙は無かった。代わりに、ひどく悲しい感情があった。
「そう、幸せだった……ちゃんと、あれからあの檻の外で普通の人として普通に生きる事が出来てた。あんたに心配されなくても、私は……」
「じゃあどうして今の君はそんなにも辛そうなんだ? どうして『幸せだった』と、過去形になるんだい?」
「なぜ、って……? だって私はもうゲシュでもないんだよ? この体で、どう幸せになれと?!」
言葉は悲鳴のような叫びに変わっていた。そしてイリスのその言葉に、ジューザスは思わず沈黙する。
魔物へ変わったという彼の体の事は聞いていたが、それでも普段の見た目は今までどおりの姿である為に、正直ジューザスはそれを言われて思い出した程度にしか意識していなかった。
しかし当事者であるイリスには、普通の姿を保てるからと忘れられるほど能天気な事では無いのは当然だと、ジューザスはそれを思う。
だが変わってしまったのは姿だけではないということは、ジューザスにも想像は出来なかった。
「……レイリス」
「……大丈夫だよ、私はもうゲシュでもない。幸せにならなくとも、彼らを裏切る事は無いよ。そうでしょ?」
「……」
痛ましい答えを聞き、ジューザスは咄嗟に言葉を返せなかった。本当にそれでいいのか、と、そう聞くことが愚かしい行為のような気がしたのだ。だがそんな言葉しか、今は思いつかない。
そんなジューザスの内心を悟ってか、イリスは自嘲気味に笑いながら「いいじゃん」と彼に言った。
「あんたは幸せでしょ? レイチェルだって、エルミラとミレイと暮らして楽しそうに見える……ならいいじゃん。それで十分じゃない?」
「しかし……」
「それだけじゃない。ローズも今はマヤと一緒にいられる。アーリィは……まぁ、ゲシュとは違うかもしんないけどユーリと一緒に暮らしてる。まだあんたが理想としていた世界には程遠いけど、今を幸せと思うゲシュは多いと思うよ」




