再びの旅立ち 20
ジュラードたちがレイヴンの所から帰ってくると、眠そうな顔をしながらもイリスが起きてきていた。
昨夜はハルファスに徹底的に訓練させられたようで、イリスのやつれた顔は血色良くなく、髪の毛もボサボサな彼は明らかにまだ疲労困憊した様子だったが、しかし起きた彼は洗濯や昼食の準備などの仕事をこなす。なので孤児院に帰ってきたジュラードたちは、昼間は普通に美味しい食事を取る事が出来た。
「あんたもさー、疲れてるなら休んでればいいのにー」
昼食を食べるローズの肩の上に座ったマヤが、うさこ用にくだものを切ってきて用意するイリスにそう声をかける。するとイリスはげっそりとした顔のまま、「そうしたいけど、やる事あるし」と返事を返した。
「ご飯作らないと、皆お腹空かせちゃうし……」
「ご飯なら私が作るのに」
ローズが気の毒そうな顔でイリスを見ながらそう言うと、イリスはうさこの口に切ったりんごを突っ込みながら「じゃあ今度からはあなたに頼む」と言った。
「で、結局お前、どうにかなったのか? 変身だかなんだかってやつ」
ユーリがイリスに問うと、イリスはうさこの口にさらに小さく切ったりんごをグイグイ押し込みながら「微妙」と答えた。
「微妙ってなんだよ……」
「手と足は結構早くに元に戻せるようになったんだけど、あるものを”消す”って言うのが難しくてさ。なんか朝方やっと一回角と尻尾消せたけど、気を抜くとすぐ元に戻るから……」
そうぼんやりとした顔で話すイリスの手と足は、確かに以前と同じように人のそれと全く同じものに戻っている。その手で必死で食事するうさこの口の中に次々にりんごを押し込めながら、イリスは「ハルファスもなんか納得出来てなかったみたいだし」と疲れた様子で呟いた。
「でも一応一回は消せたってことで、女王様の地獄の特訓はお開きになったわけだけど」
「女王様って、ハルファスのことか? そ、そんなにきつい練習だったのか……?」
ローズはハルファスのマスターとして何か申し訳ない気持ちになりながら、イリスにそう恐る恐る問いかける。
しかしよく考えれば、元々彼は精霊語が理解できるにしても全く魔法に関して素人だったのだから、そんな彼が手足を元に戻せることがたった一晩で出来たことは凄い。その結果から、おそらく相当厳しい特訓が昨日の夜に行われていたのだろうと想像出来た。
「きついって言うか……『何故言った事が出来んのだ! 次に出来なかったらこの服で訓練を続けさせるぞ!』とか言って、失敗する度にどっからか召喚して取り出した看護師制服とか女学生服とかを罰ゲーム的なノリで私に着せるから、精神的な意味でね……地獄だった」
そう答えるイリスは「最後には私、なぜか猫耳付けて給仕人服着てたし……」と遠い目をしながら呟いて、ますますローズを居た堪れない気持ちにさせた。
「う、うちのハルファスが大変ご迷惑をおかけしまして……」
「ううん、いいよ。何だかんだで彼女が私を徹底的にしごいて訓練してくれたおかげで、不安定ではあるけども変身で元の姿に戻れるようになったから」
申し訳無さそうに謝罪を告げるローズに対して、イリスは苦笑を漏らしながらそうローズに言葉を返す。彼のその言葉は本心のようで、イリスは人の形を取り戻した自分の手を愛しげに撫でた。
「そうか……」
イリスのその様子から、ローズも何となく嬉しい気持ちになって頬を緩める。そうしてローズが満足していると、マヤがイリスに問いを向けた。
「で、大丈夫なの? あなたの準備が出来次第出発しようと思ってるんだけど」
マヤにそう問われ、イリスは少し迷う様子で考えた後、彼女に「大丈夫」と答える。
「おいおい、ホントかぁ?」
疑わしげに視線を向けるユーリに、イリスは「私が足引っ張るわけにはいかないからね」と答えた。
「だから大丈夫。……ううん、大丈夫なようにする。この後も少し練習してみるから」
「そう。じゃあウネやユエにも言って、明日にはもう出発しましょうか」
イリスの決意した返事を聞き、マヤはそう皆に告げるように言った。
夜、ジュラードはリリンの部屋に来ていた。
彼は明日また自分は遠くに向かう事を妹に説明する。それは前回に失踪するように消えた自分の行為を反省し、今度はしっかり説明してから出かける事を決めた彼の行動だった。
「そっか……お兄ちゃん、またどっか行っちゃうんだね」
「でも今度は直ぐ帰ってくる」
寂しそうに呟くリリンの頭を優しく撫でながら、ジュラードは微笑んでそう告げる。しかしリリンの表情に笑顔は戻らなかった。
「リリン?」
やけに気を落としている様子のリリンを見て、ジュラードは不思議そうな顔をする。するとリリンはどこか泣きそうな顔でジュラードを見上げた。
「だって私もそのうちにここを離れて、どこかに行っちゃうんでしょ? さっき先生がそう言ってたよ……」
この場所に留まる限り、リリンの病状は悪化するだけなのだ。それを説明されたリリンは理解はしたが、感情が納得できない。彼女はやはりこの場所を、一時的にとはいえ離れる事にひどく寂しい気持ちを感じているようだった。
「リリン……寂しいのはわかるが、それはお前の為だ」
リリンを励ますように、ジュラードは彼女へそう言葉を向ける。リリンは俯き、「それはわかってるもん」と呟いた。
「でも、お兄ちゃんがまた遠くに行って、私も遠くに行って……なんかお兄ちゃんと私、すっごく離れちゃう……他の皆ともお別れだし、やっぱり寂しい……」
泣きそうな声でそう呟いたリリンに、ジュラードも悲しい表情を見せる。だが直ぐに彼は、リリンを励ます笑みに表情を戻した。
「ここを避難したとしても、直ぐにお前もここに戻ってこれる。お前も病気が治ったら、ここでまた皆と昔みたいに遊べるんだ。そうする為に、お兄ちゃんはローズたちと一緒にお前の病気を治す方法を手に入れに行ってくるんだからな」
ジュラードは微笑んだ表情のまま、「だから寂しいのは少し我慢しててくれ」とリリンに言う。リリンは泣きそうな表情は変わらなかったが、彼の言葉を信じるように「うん」と頷いた。
「約束だよ、お兄ちゃん。早く帰ってきてね……」
「あぁ、勿論」
力強く頷くジュラードに、リリンはさらにこう言葉を続ける。
「それで、私の病気が治ったら……今度はお兄ちゃんも、私と皆と一緒に遊ぼうね?」
「え!? あ、あぁ……わかった、遊ぶよ」
この歳になって『遊ぶ』と言うのも何か恥ずかしいことに思えたジュラードだったが、しかし今のリリンにそれを頼まれると断ることも出来ない。
ジュラードが苦笑しながら頷いてみせると、リリンはやっと笑顔を取り戻した。
「やった、約束だからね、お兄ちゃん!」
「あ、あぁ……」
本当に嬉しそうに笑うリリンに、ジュラードは少し困ったような笑みを向けながらもう一度頷いた。




