再びの旅立ち 19
「……ヒューマンの食事は斬新な味ですね。ここまで攻撃的な味の食事は、エレスティンの作った食事を食べた時以来です」
「確かに彼女の料理も衝撃的な味付けだったわね。味蕾を殺しにかかっている味付けと言うか……これも文化の違いなんでしょうね」
「なるほど。……イリスの食事は私の舌にも合いましたが、これに慣れるには少し時間が必要ですね」
「うん、私もそう思う。もう少し精神面を鍛えないと、この食事には立ち向かえないわ」
「つまりこれは精神を鍛える料理というわけですか。と言う事は、エレスティンの料理にもそういう意図が隠されていたわけですね」
「今思えば、そうかもしれない……」
何か二人はこの衝撃的な朝食が『ヒューマン的には標準な料理』なのだと勘違いしているようだったが、当然これがジュラードたちにとって普通の料理という認識は無い。
だがやたら真剣な表情で料理の消化に挑む二人を見ると、ジュラードも二人の認識を訂正する気になれなかった。
「そういえばジュラード、この後アタシとローズはレイヴン先生の所にリリンちゃんの一時避難場所をどうにか出来ないか話に行く予定なんだけど、あなたも来る?」
ジュラードが錆びた鉄の味がするサラダに口を付けると、マヤが彼へそう声をかける。彼は顔を上げ、少し考えてから「あぁ」と頷いた。
「行く」
「そ。了解」
マヤは頷き、「それと、レイマーニャには早くて明日には出発するから」とジュラードに言う。
「明日か……早いな」
「早いほうがいいでしょ? イリスの方の準備が出来次第行くから、あなたも準備しといてね」
マヤの話は急だったが、しかし確かにリリンの事を考えると早いに越した事はない。ジュラードは「わかった」と彼女に返事をした。
朝食を食べ終え、ジュラードはローズたちと共にレイヴンの診療所へ向かっていた。
診療所は孤児院と離れた街の中にあり、ジュラードたちは山道を歩いて街へと向かう。その途中、彼らはこの近くで異形の魔物が出没した跡のようなものを見つけた。
「きゅいぃ~きゅいぃ~」
ジュラードの頭の上に居座って一緒についてきたうさこが、頭の上から飛び降りて勝手に何処かへと向かう。「おい、ひとりでどっか行くな」と言いながらジュラードが慌ててうさこを追うと、うさこは舗装された山道から少し外れた藪の中で足を止めた。そしてジュラードたちの方を振り返り、うさこは何かを伝えるように鳴く。
「きゅいぃ、きゅい~」
「どうした、うさこ」
ローズがそう問いながらうさこに近づくと、うさこが立つ藪の中に複数の魔物が移動を行った痕跡を見つける。だがその中に見慣れぬ魔物のものを見つけて、ローズは顔を顰めた。
「これは……魔獣の足跡に混じって、変な跡があるな……何か引きずったような、押しつぶしたような……」
しゃがみ込んだローズが、地面に残った魔物の移動の跡を観察しながらそう呟く。
通常よく見られる魔獣の足跡に混じり、何か大きな塊が地面を押しつぶしながら移動した跡が見られる。さらにその跡の上には、異臭放つ黒いヘドロ状の塊がこびり付くように残されていた。
「おそらくは、”あの”魔物の移動の跡でしょうね」
「やっぱりそうか」
マヤが言う”あの”魔物とは、この周辺に出没するようになった球状の異形の魔物だ。
ローズは険しい表情で立ち上がり、「心配だな」と小さく言葉を漏らした。
「真新しい移動の跡に見える。と言う事は、まだこの辺りにあの魔物がいる可能性が高いと言うことだろう」
ローズの分析に対して、うさこが怯えるように大きく震えながらジュラードの足に引っ付く。ジュラードはそんなうさこを抱き上げながら、「魔物のことも、何とかしないといけないんじゃ……」と呟いた。
「そうね……こんな街の近くで足跡が見つかったってことは、この辺りまで移動の範囲にしてるってことだからね。いつ街中に侵入してくるかわからないわ。早く土地の正常化も行わないとね……」
ジュラードの不安にそう返事を返すマヤは、どことなく申し訳なさそうな表情を見せる。意図したわけでは無いので彼女に責任は無いはずだが、しかし”禍憑き”や各地に発生した異形の魔物の原因はウィッチ解放に使った彼女のマナだと言うことがわかった今、マヤはやはり少なからず責任を感じているのだろう。
それに気づいたからこそ、ジュラードは自然と不器用にだがマヤにこう言葉を向けていた。
「あ……お前のせいでは無いからな。その……過去にお前たちのした事自体は正しい事だって俺も思うし……」
ジュラードのその言葉に、マヤは少し驚いた表情を見せる。そして彼女は嬉しそうに微笑み、ジュラードへ「ありがと」と言葉を向けた。
「あんたに気を使われるなんてね……ま、でも素直に嬉しいわ。特にあんたは”あの時”の当事者ではないから、そういう人からそう言われるとね……安心するわよ」
「そ、そうか……」
マヤの言葉にどう返事していいのかわからないジュラードは、困った様子の表情で曖昧に頷く。そんな彼の態度にマヤは笑いながら、皆に「じゃ、行きましょう」と言った。
レイヴンの診療所に着いたジュラードたちは、外に出ているというレイヴンが帰ってくるのを待ち、昼近くに彼が診療所に戻ってくると、早速彼にリリンの移動のことで相談を行った。
レイヴンはマヤの行った説明を聞き終えた後、考える表情でしばらく沈黙し、やがてこう口を開いて答える。
「リリンちゃんの避難ですか……わかりました、どういう返事が返ってくるかはわかりませんが、いくつか当てはありますのでこの後にでもそれらの場所に話をしてみます。受け入れを了承してくれればいいんですが……」
「あ、ありがとうございます、先生!」
レイヴンの返事を聞いて、ジュラードが深く頭を下げる。レイヴンは「いいんですよ」と笑い、彼に頭を上げるよう告げた。
「ただ……今も言いましたが、受け入れてくれるかどうかはわたしにもわかりません。以前に務めていた病院や知り合いの医師の経営する診療所などを当たってみるつもりではありますが」
「聞いてみるだけ聞いてみて欲しいの。ダメだったら、アタシたちも避難する場所を考えてみるから」
「わかりました」
力強く頷いたレイヴンを見て、ジュラードはどうかリリンが避難出来る場所が見つかりますようにと、心の中で祈る。
「……お願いします、先生」
「えぇ。リリンちゃんの為にも、わたしも出来る限りの事はしますよ」
微笑みながらそう答えたレイヴンに、ジュラードはただ感謝することしか出来なくて、彼はもう一度「ありがとうございます」と言った。




