増殖23体目「図書館」その2
図書館に通うようになってからかれこれ八日ほどが経った。
「ここは、あれだ『アルバートも彼の言うことを聞いてついて行くと決めた』だろ」
「わ、すげーやにーちゃん。もうそこまで読めるようになったのか?」
「ばっかお前僕は物覚えだけはいいんだぞ」
「へー、すっげー」
へへんと胸を張る僕。しかし、胸を張っている相手が八歳くらいの子供というところが悲しいが気にしたら負けだろう。うん、僕も相手も真面目にやってんだからそこに年齢というハンディキャップなど存在しない。これは正当に公平な戦いなのだ。
僕はそう自分に言い聞かせて次の絵本を開いた。
◆ ◆ ◆
この世界の、とりわけここで使われている文字は大きく二種類に分けられる文字であらわされるということは前述した通りなわけだが、それに付け加え、この文字は、単語一つずつの区切りで下線を引くという少し独特なルールがあるようだった。これは元の世界で英語やらドイツ語やらが単語ごとにスペースを開けているのと同じ理屈だろうと思われた。ようはこちらの文字は表音文字であり、表意文字ではないために単語ごとでの区別をはっきりつける必要があるからだろう。まあ世界が変わっても、利便性を追い求めれば大体同じ形式になるというわけだ。有袋類の収斂進化のように、突き詰めれば何事も一定の形に落ち着くのだろう。
おかげでこちらの文字は、単語の語彙に関してはアレだが、比較的文法などは覚えやすかった。ただ、なんというか、昔の日本の読み物みたく、口に出す言葉と本やなんかに書き留める言葉は言い回しが違うので、そこが少しばかり分かりにくかった。こればっかりは文句を言ってもどうしようもなかったので頑張ってなれるしかないのだが、たとえ年の差がやばかったりしても、ライバルというか競争相手がいるだけで大分モチベーションが上がるものだ。
僕はカンタロとカントラに負けるまいと必死にこちらの文字を勉強しているのだが、二人と一緒に勉強するようになるまでとは、まるで上達速度が違う。流石に高校生として小学生並みの年齢の二人に負けるわけにはいかないと奮い立った成果である。おかげさまで僕は予定よりも早く文字を読めるようになり始めていた。
感謝感謝である。
と、それはそれとして初めはこの図書館の蔵書の豊富さにも驚いたが、この図書館で僕が読んだ絵本は、どれもなんというかこう、勇者が魔王を倒しましたとかそういう話なのだ。今暴れているのは確かに魔王たちだが、東の魔王であるジルナードは確か他種族と和解しているはずだ。それに一番最近暴れて【魔神】に至ったのは魔王ではなく一人のエルフである。魔王が忌み嫌われる理由はないはずなのだが。どういう事だろうか。
「ああ、勇者様の魔王退治の絵本ですか」
うーんと首をひねっていると、そう後ろからカンタネさんが話しかけてきた。
「ああ、はい。カンタネさんはもう仕事あがりですか?」
「ええ、今日は何と三時上がりなんですよ。ブイ」
にっこりと微笑んでブイサインして見せたカンタネさんは、「よいしょ、っと」と僕の隣の席に座った。
「その話は、転移者の人が書きあげたらしいんですよね。実話じゃないみたいでしたけど、よくできた話だったので絵本とか吟遊詩人の詩とかにもなってるそうですよ」
「へえ、どうりで」
竜王とかロ何とかさんの一族とか妙に聞きなれた単語が並んでたわけだ。まあ異世界だから著作権とかないし、神様に呼ばれた―とかじゃない転移者は普通に生きるのもかなりハードなので、知ってる知識を最大限活用して物書きとして生きたとかそういうところだろう。僕も戦闘面では痛い目を見てばかりなのでよくわかる。正直キノメやカフカ、マルドゥクがいなければ治療院で治療師として一生を終える道を選んでいるだろう。
それくらいこの世界は過酷なのだ。オオタイリクコロガシとかいうトンデモクリーチャーが闊歩してるし。なんか僕が初めてやってきた森も大分やばかったし。世紀末も真っ青な治安の悪い森だった。人っ子一人いないはずなのに治安が悪いというのが怖いところだ。
「まあ今はお勉強お勉強っと」
これから先、どんな道を選んだとしても読み書きはできておいた方がいいに決まっているので、僕はこきこきと凝り固まった肩を鳴らして、もう一度絵本とにらめっこした。
「ふんふふー、ありがとうございますね玲汰さん」
「? 何がです?」
この子たちの事ですよ、とカンタネさんは机を挟んでちょうど僕たちの正面に座ってうんうん唸りながら絵本を読もうとしているカンタロとカントラに視線を向けた。
「この街って、ほかの街に比べればまだ大分マシな方ですけど、それでも人族以外は肩身が狭いんですよね。獣人は獣臭いとかなんとかーって言って」
「へぇ、そりゃまた難儀なことで」
「そうじゃない人は品定めするみたいな目で見て来るんですよねー。まあ男の人は仕方ないのかもしれませんけど」
「そう、か」
やっぱりこの世界も、そういうところはあるんだな。というかそもそもそれが生物としての本質なのか。まあ今はそんなことを考えても仕方がない。今わかるのは、そういう環境の中でカンタネさんが二人の幼い家族を守りながら生きてきたということくらいか。
そんなことを考えながらおもむろに二人の頭をわしわしと撫でてやっていると、「そういうところですよ」とカンタネさんは笑った。
「玲汰さんはこの子たちや私を嫌うでも、そういう目で見るでも無しに兄弟みたいに可愛がってくれますからね」
「子供は嫌いじゃないしな……あとカンタネさんは別に兄弟みたいに可愛がってはないと思うんですがね」
僕がそう言ってぎこちなく笑うと、カンタネさんは少し寂しそうに微笑んだ。
前回に引き続き、これからしばらくは【増殖】してそれぞれいろんな場所で過ごした一か月を、一人ずつオムニバス形式で書いていくことになります
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