増殖23体目「図書館」その1
それから一か月の間に起きた出来事を、ざっとだがまとめてみよう。
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まず、二日目に僕の【並列処理】の熟練度が上がり五人まで動かせるのが増えたので、一人は冒険者として四人クランで街の周辺の魔物を狩りに、一人は正規職員として治療院で治療師の仕事を、一人はあの三人組を鍛えなおし、一人は冒険者ギルドの教官たちに戦い方を習い、最後の一人は足繫く市立図書館に通い、こちらの言葉について勉強している。
この世界の言葉は、会話としては理解できる。話も通じるし、聞き取れなかったりということがない――というか外国語を話しているようなあの独特の感覚はない。まるで日本語を話すようにすらすらと口から言葉が出て来るし、聞いた言葉もすぐに何なのか理解できる。
とはいえこれは確実に日本語ではないのだが、僕はあのクソ自称神に何の特典ももらっていないので、もしかするとこれは【交信】の力なのかもしれない。実際、僕のような転移者が一番困るのは意思の疎通らしい。神に呼ばれた奴らは加護か何かで話ができるようになるらしいが――あれ? すると、カフカは加護を受けたのか? まあいいか、どんな事情があろうとカフカはカフカだし。
さて話を戻すが、つまるところ僕はこの世界の文字を読めないのである。文字が読めないくらい――と一は思っていたが、店に並んでいる商品の値段はわからないし契約書の中身も分からないから詐欺にあってしまうかもしれないとマルドゥクから指摘を受けたのだ。
ちなみにマルドゥクは彼の紹介でとった宿屋で同室である。女の子は女の子同士、野郎は野郎同士ということだ。なんとなく着替えるときとかにマルドゥクは変によそよそしいが、まあ男に裸見られるの嫌な男だっているだろうと気にしてはいない。彼とはこの一週間で大分仲良くなった気がする。今ではお互いにため口で呼び捨て、一緒に酒場でうぇーいする仲である。この世界では未成年の飲酒は違法じゃないし、気にしてはいけない。
とかく、僕はこの世界の文字を学ぼうと一大決心をし、マルドゥクに聞いてみたところ「ここには市立図書館があるからそこで識字表を借りて簡単な絵本とかから読んでみたらどうだ。普通は厳しい素性調査とかがあって入りにくいが、【戦神】の紹介状があれば多分大丈夫だろう」とのことで、交易都市カブトの市立図書館へ意気揚々と乗り込んだのである。
このカブトという都市はこの世界でも有数の大都市らしく、僕たちのいつもいる東街区から大通りに出て、リヒテン通りを道なりに行った北街区の東にある行政区、その中心地に図書館はあった。ギルドから歩いて二時間程度の位置だ。この段階でこの街の広さがうかがえた。
宿もギルドも東街区だったし、街の中央にある広場に隣接した治療院に行く時くらいしか東街区から出ない僕にとって北街区周辺はかなり新鮮だったといえる。まあ北街区なんて公的施設の他には貴族が住む貴族街くらいしかないから、一平民の身としてはあまり近寄りたくないというのもある。
で、この図書館だが、かなりでかかった。市立図書館だなんて言うから前の世界で良く訪れていた地元の市立図書館をイメージしていたが、敷地面積がまずやばい。滅茶苦茶に広いのだ。多分僕の職場である治療院――前の世界で言う国立総合病院並みの広さ――より広いと思われた。受付で聞いた話だと、交易都市というのもあって世界中の書物がここに集まるらしく、それらをほぼ全て網羅するように蔵書しているのだとか。
しかも、厳しい素性調査などをパスすれば、この街に住んでいる限り、入場料銅貨一枚で一日中ここで本を読むことができるらしい。ちなみに僕の治療院での給料は毎日日払いで銀貨五枚である。銀貨一枚で銅貨十枚だし、街角の露店で売っているフランクフルトみたいな食べ物が銅貨一枚ということから、とてもリーズナブルと言える。
凄い安くてびっくりしたが、この世界では前の世界で言う和紙のような紙を作る製紙技術が発展していて、さらにアルファベットのような文字をスタンプの様に並べて一気に印刷する技術が確立されたそうで、本は比較的出回っているのだそうだ。本が安く買えるというのはとても素晴らしいことだったが、僕は今買っても邪魔になるだけなので、ここで読むだけにしようと決めていた。
ここに通うようになって三日もすると、なんとか絵本程度は読めるようになってきた。この世界は、三十種類のフェルマ文字と呼ばれる文字と、十五種類のアヴェニム文字というのを組み合わせて文章を作るのだが、アヴェニム文字は主に母音のような役割を果たす。構文としては英語に近く、更に男性動詞と女性動詞というものがありドイツ語みたいな要素もあった。ひとまず読み方は覚えたので、ここ最近は色んな絵本を読んで文字の語彙を増やしているところだ。単語をたくさん覚えないといけないところは英語学習と同じで、たまに懐かしくなる。
で、まあなんというか、ここで知り合いが何人かできた。獣人で司書のカンタネさんというお姉さんと、その弟のカンタロ君と、妹のカントラちゃんである。
そりゃ毎日毎日やってきては識字表眺めたりおもむろに大量の絵本をじっくり読んだりしている奴がいたら司書として一応声をかけてみるものなのだろうが、滅茶苦茶に警戒されながら「あの、不審者ですか?」と声をかけられたときには椅子から転げ落ちるかと思った。そんなこと聞かれて「そうだよ!」って答える奴はいないだろ。どこか天然らしい彼女に事情を説明していると、「お姉ちゃんに変な事すんなー!」とタックルを食らった。弟のカンタロ君との邂逅の瞬間である。ただタックルがもろ股間に直撃したので怒りのアイアンクローをお見舞いしてやった。そのあと遅れて、「お、お兄ちゃーん! 弱すぎるよー!」とカントラちゃんも登場。この個性的な三人との出会いを果たしたのだ。
軽く事情を説明すると、「あ、そういう事だったんですね、すいません、なんか変なこと言って……」と頭を下げてきた。うん、素直に謝れるのはいいことだ。悪い人たちではなさそうだったので、自分が【代償技能】持ちで、増殖体が治療師と冒険者をやっているのでこうして毎日ここに来れるのだと【増殖】を使いながら説明すると、子供二人には意外とウケた。カフカと言い、やっぱり子供のような純粋な心の持ち主から見たら僕の能力は怖いとかより先にかっこいいという感想が出てくるらしい。
こちらの自己紹介が済むと、今度はカンタネさん一家について教えてもらった。なんでも、両親が早くに他界してしまった為、字も読めて頭も良かったカンタネさんが司書としてここに努め二人を養っているのだが、家庭の事情を鑑みて、特別に二人は無料でここに来れるようにしてくれたそうだ。家族と一緒にいられるようにという心遣いだろう。いい館長だ。
というわけで、ここで過ごしているうちに、どうせ図書館にいるのだから文字を覚えたらどうかという長女の提案で二人はここで毎日文字の練習をしていたのだとか。
それなら一緒に勉強しようと僕は提案し、こうして図書館での愉快な日々が幕を開けたのである。
なんだか二年前の感性でつけたタイトルを見ているともやもやしますね。そろそろタイトル変えようかな…。
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