増殖18体目「交易都市カブト」その1
「とうとう、来てしまったんだな……」
「無駄に長い道のりだったわね」
「うわー! 見て見て二人とも! すっげーきれーな川だぞ! すごいな♪ すごいな♪」
「「かっひゅ」」
あ、やばい死ぬ。
「「っ!」」
ぱあんと勢いよく自らの頬を平手打ちすることにより僕たち二人は何とか途切れかけた意識を無理矢理現世に引きずり込んだ。あぶねえ、死ぬのはもっとカフカと遊んでからだ。
「ふふふ、まだまだカフカちゃんと遊び足りないのにこんなところで死んでなんかいられないわ」
「激同」
さて、茶番はここらで終いにするとして、僕たちは無事に境界門を超え(壊れていたはずなのにもう直ってた。ドワーフが直したらしい。ドワーフやべえ)、無事に雄大なメッセル川を抱くここ、交易都市カブトへとやってきていた。
うん、やっとである。やっとのことでようやくでかい街にたどり着いたのである。長かった。正直初めの村を出てから大きな街に移るという一連の流れの中で、勇者の一人と戦ってこれに勝利し、なんか確実に世界を支配しようとしていると思われる組織との邂逅を果たし、魔王の後ろ盾を得るとかいう異様に濃い経験をしていた。というかこれ全部後半に詰まってるイベントだと思うの。少なくともギルドに登録もしてない段階でこなす密度じゃねえわ。
これには、キノメも同じ気分だったようで、苦い顔をしている。そのとなりで一人何の話か分からず首をかしげるカフカ。
「……っっっあ」
またも即死級の攻撃を受け膝から崩れ落ちる、がすぐに【増殖】で増やしたもう一人の俺が鳩尾に一発いいのを叩き込み、何とか一命をとりとめた。ここに至るまでにも何度も似たような事態になったため、もはや手慣れたものである。おそらく、今の一連の流れを視認できたものはほぼいないだろう。そのレベルにまで、僕が独自に考案した『増殖式意識覚醒術』は達していた。もうこれは免許皆伝、ぜひとも世界中の【増殖】持ちのみんなに広めていきたい。【増殖】持ち僕しかいないわ。
「? 貴方は何を馬鹿なことをぐぅふっ」
僕を冷めた目で見たキノメに、すっと指をさしてカフカの方を向かせると、やはりキノメも倒れてしまったようだ。カフカ…恐ろしい子!
「よし、さすがに茶番はこれくらいにしておこうか」
そろそろ周りの目が気になり始めたことだし。街に入る前に悪目立ちしすぎるのは流石に問題だろうし。というかさっきからちらほらと「不審者」「衛兵」という非常に怪しい香りのするワードが聞こえ始めたのでなるはやで離脱する。
街に来て初日でお縄とか、そんな修学旅行で都会に来てはしゃぐ高校生みたいなノリは嫌だ。
「早いとこ中に入ろう」
◆ ◆ ◆
ここに来て、僕たちはこの旅最大の苦難に直面していた。
「身分証を掲示してください」
「はい、どうぞ」
僕たちの何組か前の旅人らしき人物がなにやらカードのようなものを門番に見せている。身分証、そう、身分証なのである。
「僕とカフカが身分証なんて持ってるわけないしなぁ」
そう独り言ちて頭を抱える。
「おい、キノメお前持ってるか?」
「あら、言いたくはないのだけれど私はこう見えて村から出たことは無いわ身分証とか初耳よ」
「使えねえなお前はっぐぅお」
本日二度目の目つぶしを食らった。おかしいね、ステータス的に僕がダメージ受けるはずはないんだけどね。何でだろうね。
「で、どうするのよ。このままじゃ街に入れないわ」
「あ、そうだ。たしかビルド村のばあさんが通行証と一緒になんかくれたんだった」
確か紹介状だった気がする。僕はがさごそとポケットを探り、ここ最近のごたごたですっかりよれよれになった紹介状を取り出し――
「あれ、何でこんなきれいなままなんだ?」
と首を傾げた。フロンとかカイザー(笑)とかと戦っていたから相当ぐしゃぐしゃになったかなと思ったんだが、全然きれいなままだった。折り目一つついていない。
「恐らく、状態保存の付呪がなされているようね。依り代はその封蝋かしら」
「へえー……」
マジであのばあさん何者だったんだろう。いや、オオタイリクコロガシの丸めた岩石みたいなのを砕いて出てきたりアホみたいなトラップの中平然と歩いてたりペットがワニだったりとやばい奴だというのは間違いないのだが。絶対頭おかしいもんあの村。
「ともかく、これで行けるかどうか試しましょう」
「お、そうだな。カフカ、行くぞ」
「ああ!」
……うん、今回は流石に耐えた。確かに大輪の花が咲いたようなアルカイックスマイルだったがその程度でいちいち反応しているわけにもいかない。なあに、ちょっと鼻から血が出ただけだ。
「はい次の方どう……うわすっげぇ血!!!!」
しまった、門番の人に怖がられてしまった。何という事だ、僕はいつだって紳士的に対応し、みんなを笑顔にできるような男になろうとこちらに来て誓ったというのに。一体僕の何に怯えているのだろうか。
「落ち着いてください門番さん。僕は何も怪しいものではございません」
「いやその滝のような鼻血を見て怪しくないと!? ていうか大丈夫君!?」
おや、どうやら門番の彼はとてもいい人らしい。明らかに怪しいのは僕なのに心配してくれるなんて。あれ、心配?
「あー・・・・・・」
しまった。どうやらカブトでは鼻血を噴出しながら歩くのはあまり一般的ではないらしい。隣を見ると何でもないことのようにキノメが鼻に詰め物をしていた。なるほど、門番としてこの場を任されている以上、カブトの街の地面に血痕を残しながら歩きそうなものは見逃せないというわけか。素晴らしい万番根性だ。今年のベスト・モンバニスト賞は間違いなく彼に送られることだろう。
僕はにっこりと微笑んで鼻に詰め物をした。




