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勇者増殖  作者: T村
この先未改稿
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36/52

増殖17体目「フロン」

「なっ……!」


 僕はその光景に言葉を失った。何と形容すればいいのだろうかもわからないのだが、ラップのような材質の物に絵を描いて、それを無理矢理に引き延ばしたような、と言えばいいのか。とかく、『空間がねじ曲がり、槍の様に黒騎士の体に突き刺さった』。いや、牙と言っていたから、これは牙なのだろうか。


「おの、れぇっ!」


 身をよじり、牙から逃れる黒騎士、だがその姿に先ほどまでの余裕はみじんも感じられなかった。


「はっ、口先だけか小僧!」


 ジルナードが挑発し、更に体を捻って――恐らく第二激を――放とうとしたその時、


「やれ、困るなあ、ちゃんと言うことは聞いてくれないと」


 いつからそこにいたのか、ペスト医師じみた造形の仮面をつけた男が、そこに立っていた。


「! お前は……いや、何故ここにいる!」


 ジルナードが血相を変えて叫ぶ。なんだ、一体何がどうしたというのだろう。


「いや、何。私が丹精込めて育て上げた『クローバー』を、こんなところで使いつぶすわけにもいかないのでね」

「そうか、やはりお前らが関わっていたのか」

「お前らとは随分な物言いですね、『万象の魔王』」

「お前なんぞにその名で呼ばれる筋合いはない、『黒揚羽』。いかれた妄信家め」

「ふふふふふ、貴女こそひどい呼び名で私を呼ぶものだ」


 な、なんだこいつら。僕と黒騎士――クローバーとかいったっけ――が完全に蚊帳の外じゃないか。祖須賀にちょっと傷ついたがこれはチャンスだ。僕は一番近くにいた僕を【交信】で操作し、黒騎士を背後から羽交い絞めに―――


「おっと、君はまた随分と手癖が悪いね」


 しようとしたところで、突如として目の前に現れた仮面の男に阻まれた。一体いつの間に、まるで瞬間移動だ。するとさっき現れたときも同じような手を使ったのだろうか。と何故か不意にそんなことを考えていると、仮面男がぬっと僕の顔をつかむように手を伸ばしてきた。

 その手には、スキルを発動するとき特有の輝きが――あ、やばいこれは。


「っ! やめろ黒揚羽!」


 ジルナードが叫ぶが、どう考えたって間に合わない。仮面男はその手で僕の顔をつかもうと更に手を伸ばし、『その手は跡形もなく砕け散った』。


「させないわよ」

「させるものかよ!」


 扉の方から聞こえた声がなんだかとても懐かしいが―――。


「キノメ! カフカ! 来てくれたのか!」


 どうやらあの二人の援護射撃のおかげで助かったらしい。仮面男が使おうとしていたスキルが何にせよ、僕は何とか一命をとりとめたらしい。【増殖】スキルについて知っていたジルナードがあれだけ動揺していたことから察するに、分身がやられたとしてもかなりマズいことになる類のスキルだったのだろう。喰らわずに済んでよかった。


「って、このチャンスを逃すかよ!」


 呆然として亡くなった右腕を見つめる仮面男をしり目に、僕はいまだに痛みにあえいでいる黒騎士にとびかかった。


「はんっ、その兜の下を晒しやがれ!」


 後ろからガッと羽交い絞めにして、もう一人の僕で黒騎士の兜をはぎ取った。いや、別に深い意味はないが。死んでもダメージはほぼないとは言っても僕を何十人も殺してくれた奴の面を拝んでおきたいと思ったからだ。だが、そこにあったのは。


「………………………………………え?」


 僕は言葉を失った。え、いや待ってくれ。どうなっているんだこれは。何が起こっている? 僕は固まったようにそこから動けなかった。【交信】で情報を共有しているから、その場にいたすべての僕が凍り付いたのだ。あまりにも、非現実的すぎて。


「! 今日はこの辺にしておきましょうか」


 僕が立ち尽くしているうちに、仮面男は黒騎士をひっ捕まえて窓の前にすとんと着地した。仮面越しだから表情こそうかがえなかったものの、声はどこか焦っているようだった。


「では、増田玲汰。次に会うときは、あなたの死ぬときです」

「なっ」


 そんな捨て台詞を吐いて、仮面男は消えてなくなった。黒騎士もだ。ただ一つだけ、おいて行かれ転がった黒騎士の兜を拾い上げ、静かにそれを眺めた。

 黒騎士の兜の下の顔、あれはまるで。


「おーいレイター! だいじょうぶなのかー!」

「大丈夫よカフカちゃん。あいつは殺せば倍に増える無限スライム並みにしぶといから死ぬことはまずないわ」

「僕の知らない生物に例えてけなすのやめて」


 ドアの方から僕のいる部屋の中央まで駆けてきた二人に、僕はそういって微笑んだ。彼女たちの援護がなければ、今のはかなりやばかった。正直なところ、最悪の場合死ぬよりひどい目にあっていたかもしれないのだ。【カイザー】を経験した後だから、そのことが痛いほど身に染みた。意識だけ殺すとか、そういう系のスキルとかだったら、【交信】で接続してた全僕がやられていただろうし、二人には感謝してもしきれない。


「すまないな、玲汰君。私の結界が甘かったせいで……」


 そう言ってジャージ姿の魔王が申し訳なさそうに頭を下げた。


「い、いやいや、こっちこそなんだか迷惑を賭けちゃったみたいだしな。あいつらの目的は僕だったみたいだし、ジルナードが頭を下げることは無いよ」


 あんまりにも申し訳なさそうだったので、僕はすかさずフォローを入れた。僕はボッチだが人を見る目はまあそこそこあるつもりだ。そのうえで言わせてもらうとジルナードは良い奴である。間違いなく。僕は『良い奴』と出会う機械が絶望的に少ない人生を歩んできた。だからこそ、こういう人にはそんな哀しい顔をしてほしくはないのだ。


「それで、一応私たちのパーティーのリーダーであるノミ――レイタが、あなたに招かれたここで襲われたわけだし、襲ってきたやつらについて位は、教えてもらえるのよね?」


 おいこらキノメ、お前は仮にも一国の主を前にしてなんでそんなに高圧的な態度をとるのか。どういうメンタルしてんだこいつ。なぜか僕の脳内でキノメと天霧さんがシンクロしてしまったが、あの二人が一緒にいたりしたら僕の胃がエライことになってしまうので深くは考えないようにした。


「ああ、そうだね……彼らは、『フロン』と呼ばれる組織の一員だろう。少なくとも仮面の男、黒揚羽については間違いない」

「そのフロンとやらがどうしてレイタを狙うのかしら。……ああ、男色好きにとっていい感じの尻だから、とか?」

「んなわけねえだろ馬鹿」


 すりおろすぞ。さながら100%リンゴジュースのごとく。僕はそう悪態をついた。


「うぼあ」


 眼球に何の容赦もない全力の突きが繰り出された。


「あ、ああっ! だ、大丈夫かレイター!」

「まえがみえねえ」

「し、死ぬなー!」

「いきる」


 と、僕たちがそんな漫才みたいなことをしている傍らで、二人はまじめな話を続けていた。


「奴らはな、トリッパーが持つ能力を移植できるんだ」

「……つまり?」

「有効な能力持ちは育つ前に誘拐してスキルを奪い取るんだ」

「話が見えてきたわね」


 なるほど、どうやら僕はスキルを奪われそうだったらしい。まあ確かに【増殖】って、俺みたいなのじゃなくて十二分に訓練を積んだ王国騎士とか伝説の勇者とかがこのスキルを手にしていたらと思うとゾッとする。超強い奴が全くの同性能なうえに【交信】で完全な統率のとれる軍隊を編成できるのだ。

 ……自分で言っててなんだが、恐ろしいスキルなんだな、【増殖】って。


「たしかにスキルの移植が可能なら、【増殖】だなんてスキル、人によっては世界すら滅ぼしかねないわね」

「ああ、だから奴らも玲汰君に目を付けたんだろう」


 二人も、十分に【増殖】のヤバさには気づいたようだ。


「で、僕たちはこれからどうしたらいいんだろうな」


 流石にこれ以上蚊帳の外は嫌だったので会話に加わる。


「どうしようもこうしようもないわ。当初の予定通りカブトに行って冒険者登録を済ませるのよ」

「今の話の流れでその発言できるってお前の精神力おかしくないか?」

「あら、隣にカフカちゃんがいる限り私の精神力は限界突破ストップ安よ?」

「それなら仕方ねえな」


 確かにカフカが隣にいるとなんだか不思議なエネルギーが体の髄から湧き上がってきて負ける気がしないので、キノメの言っていることは至極真っ当だろうと思われる。そっかー、そうだよなー。カフカがいるんじゃ仕方がないよなー。僕は笑顔でうなづいた。カフカのような純粋場用の天使が隣にいると心の何か大切なところがケミストリーでなくハートフルな感じの反応を起こしてしまうのは最早誰の目にも明らかなので仕方がない。近々この説は論文にまとめて提出する予定だ。


「……いや、何でそこに納得しているのかはちょっとよくわからないが。まあ概ねそのプランでも問題はないだろう」

「? フロンの連中とか、そういうのはいいのか?」


 気になったので聞いてみると、「ああ、当面は問題ない」とジルナードは微笑んだ。


「奴らはとにかく完璧を望む。一度しくじれば、次何が起きても成功するよう手はずを整える。だから、二、三年は大丈夫だろう」

「全然大丈夫に聞こえないんですがそれは」


 むしろさっきよりも不安しかなくなったんだが。帰りたいんだが。


「ふふふ、安心してくれ、その間の期間、私たちも君をバックアップしよう」


 お? おおおおお? 今なんて言ったこの魔王。


「お前、中立じゃなかったのか?」


 そう尋ねると、ジルナードはその天使のような笑顔でにっこりと微笑むとこういった。


「個人の味方をしないとは言ってないよ?」

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