増殖13体目「僕が玲汰だ」その2
「そんな事、当たり前だろう!」
女騎士は声を荒げて言った。成程、勇者パーティの一員に選ばれるだけのことはあって、なかなかに正義感が旺盛の様だ。他の者もうんうんと頷いている。
そんな中で横野だけはこの世の終わりみたいな顔をしていたが。
「じゃあ、目の前にいじめを―――それも集団でいじめをしてたやつがいたら、どうするね」
「殴るな」
即答ですか、僕こういうはっきりした態度のやつは嫌いじゃないね。むしろ好きですらある。ほら、カフカとか超はっきりしてるし。あれ、それで言うとキノメの事も好きなのか? てか何気にハーレムだな僕。ってそうじゃないや。
僕は軽く咳払いをすると、ニコッと笑って横野の頭を掴んだ。
「よし、殴っていいぞ」
「「「え?」」」
八人全員が首をかしげる。
「こ、このっ」
「お前の【カイザー】と僕の【勝者の選択】どっちが速いか分かるだろ。僕にお前の生殺与奪権があるのを忘れるな」
僕に向かってスキルを使おうとしていた横野は、ひいと小さい悲鳴を漏らした。どうやら今更自分が危機的状況に置かれていることに気付いたらしい。ひどく怯えているようだ。
まあ、だからと言って僕が情けをかけるわけもないが。
「知らないと思うがこいつは前の世界で増田玲汰っていう男をいじめてたんだよ」
「ふん、何を見え透いた嘘を」
おお、流石に気丈だな。でも、
「当事者が証言してんだ。嘘なわけないだろ」
「い、いや、でも、あいつは」
目を見開いたまま固まる横野、信じたくない、とでも言ったところか。その気持ちは分からんでもない。
でも、さっきも言った通り、情けをかける気は無いんだ。
「僕が玲汰だ」
そう告げると僕はHPバーのネームテキストを突きつけた。
「久しぶりだな、横野君?」
どうやら、横野は確信したらしい。目の前の勇者が増田玲汰であるという事に。
そして、自分のことを憎んでいるであろうその人物が、自らの命を握っているという事に。
「僕がこの選択肢の中からどれを選ぶかくらい、分かるよな?」
横野は急速に恐怖のベクトルの方向性を変えた。
自らの悪が暴かれる恐怖から、
命を危ぶむ恐怖へと。
僕は無表情で指を動かした。
「見逃してしまって、良かったんですか?」
なぜか僕の後を付いてくるルサールカが、静かな口調でそう問いかけてきた。
「面倒くさい、以上。終わり」
気だるげにそう返すと、僕は再度【交信】に意識を集中させた。
簡潔に言うと、僕は横野を殺さなかった。僕が選んだのは【釈放】だった。
あのぽかんとした顔は笑えたが、女騎士の
「それをした直後に攻撃されるとは考えないのか?」
という問いには驚いた。そんな、答えの出ている問いをわざわざ投げかけてくるとは思わなったからだ。
キノメから聞いた話だが、神に与えられたり、特殊なアイテムで覚えたりするチートスキルは、【サクリファイススキル】と呼ばれるらしい。
【サクリファイススキル】は代償のスキル。
遣い手から何かを奪う、魔性のスキル。
横野は【悪意】を奪われた。
つまりは、そういうことだ。
横野は正真正銘の【いい人】になってしまった。きっと【勝者の選択】が無くなっても僕を消したりしないだろう。そう思ったからだ。
そう思ったから僕は彼等を生かした。勇者を殺すと軋轢が生じかねないというのもあるが、いくら憎くても、それを本気で後悔してくれている奴を殺すのは気が引ける。
そう告げると女騎士は驚いたような顔をして、何も答えなかった。
だから僕ははぐれた分身とキノメ達を探すために無言でもと来た道―――繁みか? に入っていったんだ。
正直頭を冷やしたかった。代償のあまりの大きさに酷く怯えてしまっている自分を感じてしまったから。
キノメはHPを消費するだけだと思っているが、そもそもその段階から恐ろしいという事に気付いていない。
MPが減るのはわかる、だがHP―――この世界における『命』を削るという事の意味は、考えれば考えるほどに何やら全く別の意味がある様にすら覚える。
それこそ憎い相手を前に、一刻も早く立ち去りたいと思えてしまうほどの何か。
僕はそれが怖かった。怖くて、恐くて、そしてまた理由をつけて逃げ出したのだ。
もしも本当にトリッパ―が手に入れたチートの代償で、人間性すら捻じ曲げてしまうのなら。
僕は何を失うのだろう。
僕は僕でなくなるのだろうか。
「いや、違う」
僕は拳を硬く握りしめた。
「僕は玲汰だ。僕が玲汰だ」
そう言い聞かせると、力強く大地を踏みしめた。




