増殖12体目「そして増田玲汰は主張する」その1
「【羅刹】!」
僕はこれで何度目になるかすら忘れ、今できる最大威力の攻撃を放ち、横野のHPバーを1割ほど削る。哀しいくらいのステータス差があってもこれだけのダメージが通るのは、【羅刹】の特殊効果【クリティカル80%】があるからだ。
この世界の戦闘方式におけるクリティカルヒットの扱いは、威力増加に加えて、いわゆる【防御無効】となっているからだ。これにより圧倒的な防御力をどうにかすることが出来る。しかし、
「【ヒール】!」
「【ヒール】!」
「【ヒール】!」
「【ヒール】!」
「はんっ効くわけないだろ!」
敵は8人。しかも、その内6人はどう見てもプリースト系、つまりは回復役だ。
おそらく適正値的な関係だろうが、使っているスキルは僕のそれより性能が低そうだ。名前が明らかに僕の系統と違うところからして、もしかすると魔法というやつなのかもしれない。それに加え、どうやら敵はMP回復手段をそれ系の回復薬しか持っていないようだ。
プリースト以外の二人は、僕が回復役を攻撃できないように身構えている。
たいへんまずい状況だ、これは。具体的に言うと赤い彗星との戦闘中に大気圏に突入しちゃった白い悪魔ばりにやばい。
………ふざけてはいるが、かなり危険な状況になっている。
まず、こちらは圧倒的に劣勢であるという点。
相手の方が強くて多い。更にこちらの攻撃はうまくいってMAXの1割程度、しかも即全快。それに対してこちらは1撃くらっただけでピチュりかねない。
ならば回復役を―――と思っても、先ほど述べたように女騎士二人がプリーストを庇っているうえ、そもそも横野をどうにかできない限り手の出しようがない。
完璧すぎるほどに完璧なパーティだ。おそらく、国おかかえの軍師とかそこらが考えたんだろう。偏差値36の横野にこんな編成が組めるとは思えない。くそ、勇者ばっかり優遇しやがって。これじゃあ手の出しようがない。
その上、横野はチートスキル【カイザー】を持っている。それがどんなスキルなのかは分からないが、横野の口ぶりだと戦闘系スキルであることに間違いはないだろう。それも攻撃系。今僕が最も出会いたくないタイプのやつだ。
パッシブ系や特殊能力系ならまだしも、攻撃系チートは大概防御無効とか必中とかHP減少効果付加とかそんなだ。正直言って捌ききれる気がしない。
というか思案している今も【羅刹】を打ち込んでは回避、打ち込んでは回避を繰り返している。まあ【精神統一】のおかげでMP切れが無いのが唯一の救いだろうか。
もう一度【羅刹】を繰り出し、即座に回復されるHPに歯噛みしつつ後退する。勿論、ターゲットを背後で震えるルサールカに変えられないように細心の注意を払いながら、だが。
なんでこんなにムキになって戦っているのかは僕にもよくわからない。でも、オオタイリクコロガシを前にした時と同じような気持ちがあったのは確かだ。
逃げたくない。その、本心とは真逆の筈の感情に突き動かされたのだろう。
別に感謝されたいとか、そういう気持ちじゃなかった。
また逃げるのか? そう馬鹿にされていたようで、逃げられなかった。逃げたくなかった。
つまりこれはただの意地だ。自己満足の偽善ですらない、自分の正当性を主張したいがための勝負。そこには敵も味方も関係ない。最終的に自分が勝って『正しさ』を高らかに宣言したいだけなのだから。
そういうことだ。そういうことに決まってる。でなきゃこの保身のために生きてるような僕が誰かを護ろうとするなんてことは無いはずだ。……無いはずなんだ。
MPの回復を視界の隅に映るバーで確認し、懐に潜り込んでスキルを放ち、間を取る。これを何度か繰り返し、僕は息を整えるために一度大きく距離を取った。
すーはーと軽く深呼吸して、また突っ込んでスキルを使う。そしてまた退く。この間、2秒。
……僕はどこのグラップラーだよ。
しかし、こちらもただ無策にスキルを使って神経をすり減らしているわけではない。もう3分ほど凌げば、確実に『ボロが出る』。
そう確信した僕は、再び意識を思考の海に落とした。
僕が命を懸けてここに立っているのは、僕の主張を貫くため。
僕のすべてを、言いたいことを、認めさせるため。
じゃあ一体何を言いたいんだろうか、僕は。
考えてみても、分かりそうなことではない。つまるところ僕は、『分かりもしないことの為に』、戦っているのだろう。
我ながら、どうかしていると思う。頭おかしいんじゃないか。まあきっとおかしいのだろう、僕と言う人間は。
ずっと誰からも話しかけられず、致死レベルで痛い目を見て、現実を、世界を知ったはずなのに、それでも未練がましく『リアル』に縋って。
わざわざ知り合いのいない他県の高校に進学して。
合格してから毎日鏡に向かって練習し続けた付け焼刃のエアーリーディングでクラスに飛び込んで。
目をつけられて。
苛められて。
抵抗しようともせずにそれを誰かのせいにして。
逃げて。
逃げて。
逃げた。
………本当に、ばかばかしい人生だ。こんなのは、お泪頂戴ですらない。上演と同時に反感をくらってお蔵入りさせらるレベル。失笑ものだ。
でも、それが僕の人生だ。
どうしようもなくて愚図で馬鹿で惨めで哀れな、そんな日々こそが僕の人生だ。
だから、この世に神は存在しても、僕を救う神はいない。
僕がダメなやつだからか、ボッチだからか、『あの日』僕が目をそらしたからか。
バカで気の利かない僕にはそんな難しいことは分からない。
でも、今分かったことがあったんだ。
かつての、誰からも相手にされなくても、前を向こうとしていたあのころの僕と、ルサールカはよく似ていた。
僕はもうあきらめてしまったけれど、彼女はあきらめていない。
僕の眼は濁ってしまったが、彼女の眼には光があった。
だからだろうか、そんな彼女がこうして何の情けもなく殺されてしまうのかと思うと、『あの日』持てなかった勇気が、体の奥底からあふれてくる。逃げるな、戦えと、いつも僕を嘲笑っていた『何か』とは真逆のことを誰かがささやく。
全神経が呼応する。
そうして、僕はやっと気づいた。
僕の主張? そんなの決まってる。
それは―――
「うおおおおお!」
「ぐっ……」
僕はもう一度【羅刹】を繰り出す。横野は苦しそうに顔をゆがめるが、それはすぐさまプリーストの【ヒール】で全快させられた。だが、もちろんこれは想定内だ。問題は、後衛のプリーストたちの顔色が悪くなってきているということだ。
その表情の変化から分かることは一つ。
そろそろ『MPが尽きる』んだろう。
プリーストたちの顔色が悪くなり、横野を見る目に不安感と不信感が混じり始める。それもそうだ、何せ絶対最強だと思ってた勇者様がこんな雑魚そうなやつにてまどり、おされて、回復役のMPが尽きようとしているのだ。不信感も募るというものだろう。
僕が狙っていた『ボロ』がこれだ。
いくら「いや~ん勇者様~♡」と慕ったところで、所詮はそんな構図、横野が神様からもらった『恩恵』による力に過ぎない。
強いから慕う。
そばにいれば良いことがあるからついていく。
楽だから。
自分は戦わなくていいから。
そんな性根の腐りきった理由で生まれる『信頼』なんて、こんな簡単なことでたやすく崩れ去る。そう言うものだ。
だって、さっきも言ったがこんな雑魚そうなやつに、その勇者様とやらは一撃も与えられていない。それどころか、自分たちが回復させなければとうに10回は死んでいる。
そんな笑える現実を見せつけられ、しかも自分たちの生命線たるMPが残り少ないともなれば、その程度の『信頼』、壊れて当然だろう。
ボッチ生活といじめ生活を経験し、人の顔色をうかがうのが得意な僕には分かる。
あれは、見捨てて逃げるべきか思案する人間の顔だ。
そして、意志の力が戦局を左右するような戦いにおいて、戦うことを放棄しようとすることは、かつてない隙を生む。
「【羅刹】!」
僕は女騎士の懐に潜り込み【羅刹】を喰らわせようと―――
「甘いぜ、【カイザー】」
「ぐぅあ、が…………⁉」
ああ、相変わらず学習能力のない……。
右腕の激痛と共に、僕はまた自分の甘さを呪った。そう、こいつはチートスキルを持っていたんだった。しかも正体不明。ここは堅実にMPを枯渇させて倒すのが一番確実な手だったのに、功を急いてしまった。
全力で後方に回避した僕は、違和感の残る右腕の状態を確認しようと視線をずらし、
「………っ⁉」
絶句した。
「驚いたか悪党め、」
横野は勝ち誇ったように叫ぶ。
「俺の【カイザー】は、悪の存在を認めない!」
震える僕の右腕は、肘から先が綺麗に消滅していた。




