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「なっ、ハァ!?」
悲鳴に近い声を上げ、正面の牡丹が真っ赤に色付く。
先程までの怜悧な表情は消え失せ、代わりに驚愕と羞恥が浮かんでいる。
僕はどんな顔をしているのだろうか。
理事長の放った爆弾はそれはもう凄まじい威力で、思考回路が殆ど吹き飛び、情報処理がまったく出来ない。
「そんなに驚くことかね。 友達として仲良くしてやってくれ、と言っただけだがな」
「全然違うじゃない! それなら最初からそう言えばいいじゃない!! 変に含みを持たせなくていいじゃない!!!」
ソファから立ち上がり、理事長へ怒りを露わにする佳乃に、内心まったくもって同意する。
よろしく頼む、なんて父親から義理の息子への言葉だろうに。
ともかく、人生の大きな転換点を迎えてはいないようなので、今しばらく成り行きを見守る事にしよう。
猛る牡丹を宥めてソファへと戻した理事長は、先の問題発言について順に説明を始めた。
1つ目に、可愛い孫娘に友達がいない事。
2つ目に、友達がいない孫娘が楽しく毎日を過ごしているのか不安な事。
3つ目に、友達がいなくて学院生活が不安な孫娘の先行きが真っ暗な事。
以上を憂慮した結果が、爆弾投下に繋がったという。
「儂からすれば目に入れても痛くないくらいなんだが、佳乃ちゃんは小さい頃からこの調子でな」
「勉強は出来るが、頭も性格もカチカチでな、誰かが遊びに来た事も、誰かと遊びに行く事もない」
「習い事に精を出す訳でもない、花嫁修業を頑張るでもない、そもそも勉強以外取り柄の無い佳乃ちゃんが心配なんだよ」
赤裸々に、残酷に、最愛の孫娘を評する理事長。
一旦は大人しく耳を傾けていた当人も、堪忍袋の緒が切れたのか、三度顔を紅潮させて立ち上がり吠える。
「別に友達がいなくてもいいでしょう!? 頭の悪い連中と慣れ合うつもりはないわ!! それに私は新入生代表、つまり学年で1番の成績なのだから、将来だって安泰よ!!!」
「いや、入試の点はそこの彼が1番だがな」
怒声が止まり、絡繰りのような動きで猛獣は首を僕へ向ける。
緩慢に見える動作に殺意すら感じる、蛇より恐ろしい美少女に睨まれ、僕の体が物言わぬ石へと変わっていく。
「勉強も出来て将棋は儂より強い。 聞けば日頃から家事もこなしているそうだ。 立派な男だよ彼は」
たった数局手合わせしただけの僕を、何故だか理事長は高く評価しているようだ。
ありがたい事なのだろうが、今この場でその評は、高温の油に水を叩き込むような物ではなかろうかと、危惧する。
しかし意外にも、本当に意外にも、鎌首をもたげていた彼女は、静かに元の居へ戻った。
牙と爪を収め襟を正し、鋭利な視線を僕へ向ける美少女は、傍から見ればさぞ絵になるだろう。
今の僕には、姿勢低く身を隠し、獲物を捉えんとする狩りの一幕が思い浮かぶのだが。
「そもそもな、竜胆学院に入学した時点で、勉強が出来る事なんぞ当たり前に成り下がるんだ」
理事長は穏やかに、しかし威厳のある調子で話し始めた。
それは孫を想う祖父としてなのか、生徒を導く先達としてなのかはわからない。
けれども、その眼差しと表情は先程までの様子と異なり、口を挟む事を許さない、教えを説く高僧を思わせる物になっていた。
「うちには日本全国から入学者が集まってくる。 そして卒業した生徒は鳴り物入りで社会へ出ていく」
「それはな、名門だからではない。 うちで学んで、うちを卒業する生徒が皆立派な人物だからであって、結果として名門と呼ばれるんだ」
「ただ知識を詰め込むだけならそこまで金もかからんし、金で買える名声に権威は備わらん。 だが正統な教育には正統な設備が必要で、それ故に金がかかる。 正統な教育を受けた人物には、正しく品格や器量といった物が備わり、それ故に人を惹きつける」
「学費が高いからではない、偏差値が高いからではない。 本物を目指して入学し、努力と研鑽を重ねて、本物になって卒業していくんだ。 そして本物を知ったからこそ、親になった時に我が子も本物たれと、うちへ入学させるんだ」
「これが明治から続く竜胆の背骨だ。 結果として学費と偏差値が上がっていったんだ。 今更銘柄に拘る俗物なんぞ入学しては来ないよ」
「勉強が出来る事は無論素晴らしい。 だがな、勉強が出来るだけでは駄目なんだ。 ここに入学し、ここを卒業するからには、あらゆる面で立派な人物へと成長してほしい」
「周りを凡愚と決めつけて友人の1人も作らず、驕っている佳乃ちゃんでは駄目なんだ」
それは、説法のようでもあり、告解のようでもあった。
入学前に読んだ学院のパンフレットに、大きく記載されていた校訓、”伝統と誇りを胸に、誰よりも一歩先へ”
標榜する言葉の意味を、1人の少女へ真摯に伝える老人の姿は、真に教育者と呼ばれる物だろう。
そして、膝の上で拳を握り、俯いていた彼女が顔を上げる。
一途な説得が届き、改心を果たしたのだろうか、真っ直ぐに理事長を見据える瞳には鋭い光が宿っている。
「何度もダメダメって言わないでくれる!? 惨めになるじゃない!!」
全然違った。
溜め込んだ怒りをぶつけるタイミングを計っていただけのようだ。
良い話だったのになぁ。




