↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
High×Low ~ハイスペ男とロースペ女~  作者: なまのき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/9

5

 どうやらお互いに同じ1手を分水嶺と捉えているようで、僕と理事長は投了図から中盤まで、淀みなく盤面の時間を戻していく。

 天秤が傾いたタイミングに焦点を絞って、両者共に神(・)の(・)視(・)点(・)から盤と駒を見下ろす。

 その時の形勢、互いの描いた未来図を詳らかにし、先の1局で通らなかった支流を辿るこの時間、理事長との間には壁も溝も感じられない。

 年齢や立場等、殆どを異にする久世理事長と今、多くの物事を共有している。

 やはり妙な事態ではあるが、不思議と心地は良かった。


 飛車交換の是非を検討している最中、耳に木を打つ音が届く。

 同時に顔を上げると理事長は声を返し、間もなく重厚な扉が開く。

 視線を向けると、スーツ姿の女性が無駄の無い所作で入室してきたところだ。

 その手には急須と湯呑、羊羹を乗せた盆を持っており、理事長の用命を受けて来た事を示している。

 カツサンドを届けてくれたのもこの人だったな、と短期記憶を呼び起こしていたその時、グレーのスーツ越しにもう1人の存在を確認した。


 「いつもありがとうな。 佳乃ちゃんもよく来たな、こっちだ」


 もう1人の入室を理事長も認知しているようで、流麗にお茶の支度を始める女性へのお礼と共に、扉の前に佇む少女を呼び寄せた。

 無言のまま、姿勢良くこちらへ向かってくる少女は1歩進む度に長い濡羽を僅かに揺らし、距離が近付く度その艶がはっきりと分かる。

 程無く、百合を想起させる少女は牡丹のように理事長の隣へ膝を揃え、端正な顔と鋭い視線を僕へ向ける。

 理事長が急須からお茶を注ぐ女性(秘書の坪井さんというらしい)と気さくに会話する中、僕は鍔迫り合いを避けて湯気を立てる湯呑を見つめていた。

 だってなんか怖いし。

 

 湯呑と羊羹がそれぞれの前に揃い、秘書の坪井さん(既婚者らしい)が退席したところで、疑問と人数の増えた放課後が幕開けとなった。


「クラスメイトなんだから紹介するまでもないだろうが。 儂の孫、佳乃ちゃんだ」

「初(・)め(・)ま(・)し(・)て(・)。 久世佳乃(くぜよしの)、1‐Aよ」


 鋭い目元、通った鼻筋、薄い唇、白い肌、真っ直ぐな背筋と黒髪。

 総じて一振りの業物を彷彿させる美少女は、普遍的な挨拶を鋭利な切先に変えてこちらへ向けてきた。

 確かに交流は一切無かったが、それ故に僕へ刃を向ける意図が読み取れない。

 一先ずこちらも名乗り、余計な事を口にせず彼我の間合いを測る事に専念する。

 一旦の主導権を理事長が握っている以上、今は後手に回るしかないだろう。

 あとなんか怖いし。


「佳乃ちゃんよ。 いつも言っておるがな、そんなトゲトゲせず笑顔でおる方が可愛いぞ」

「お爺様。 いつも言ってるけど、訳もなく笑顔を浮かべているのはバカみたいでイヤ」


 いつも言ってるのか理事長。

 あと先程から妙に攻撃的なこの美少女は、こ(・)れ(・)がデフォルトの態度なのか。

 何ぞ彼女の気に障る事をやらかしていたか、と肝を冷やしていたが、僕に落ち度が無いのであれば一安心出来る。

 だからと言って、普段からその抜き身を振るっているのであれば、それはそれで恐ろしい。

 本日ずっと嬉々とした面持ちの理事長も、時折見せた盤上を睨む顔はまさしく、虎のような捕食者のそれであった。

 改めて見比べれば2人の目元は似通っており、血縁を感じさせる。

 今のところ受けた印象は、まったくの逆ではあるのだが。

 受け継いだ虎を日頃から外に放っているとすれば、やはり羊羹を突きながら楽しく談笑、とはいかないだろう。


「まぁツンツンしていても、借りてきた猫みたいで可愛いんだがな」


 本気で言っているのか理事長。

 絶対に使うタイミング間違っているだろう。

 いや、猫が見知らぬ相手を警戒して殺気立っている様を例えているのか、それとも今の態度が十分におとなしいと思っているのか。

 はたまた、場を和ます為の小粋なジョークなのか、もしくはただただ猫が可愛いだけなのか。

 まったく真意が分からず、採るべき反応に迷っていると、理事長の孫娘が鯉口を切った。


「それで? 要件は何かしら。 まさかお見合いでもないでしょう」


 理事長を、続けて僕を撫で斬るように、佳乃は視線を移しながら本題へ切り込む。


「おう。 まぁちょっとした頼み事だな」


 鬼でも蜘蛛でも断ち切りそうな一太刀を、理事長は事も無げに受け止めて、打ち込んできた相手ではなく僕へ顔を向けた。


「伊能灯人、お前さんを男と見込んだ。 どうか佳乃ちゃんをよろしく頼まれてはくれんか」


 それは、ちょっとした頼み事と言うには、あまりにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた。

 それは、正に、爆弾であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。