第5話 卒業の夜と、すれ違う想い
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
由乃が見守る中、無事にどんこ舟の船頭としてデビューを果たした夏生。
第5話では、試験合格の祝杯をあげるべく、あの「面倒見のいい先輩たち」に捕まってしまいます。
由乃と連絡を取りたいのに取れないもどかしさ、そして、実家で顔を合わせた父との不器用なやり取り……。
少しずつ、でも確実に変化していく夏生の日常を描いた第5話「卒業の夜と、すれ違う想い」、どうぞお楽しみください!
卒業試験の結果は合格だった。
源五郎さんから、
「おんがよう頑張ったけん、当たり前の結果たい」
と、褒めてもらった。
「なら、もうワシは同乗せん。これがローテーションたい。とりあえずこん舟ば回しといてくれ」
もう僕は一人で、川下りでどんこ舟を一隻任された。
川下りは一方通行だ。
船頭がコースを逆走しないように、外堀のコースを使って舟を回送しなければならない。
僕はこのデビューの日に四本の川下りをこなして、同じ数だけ舟を回送した。
夕方にはへとへとになって、後片付けをしていると、吉田さんと慎之介さんが寄ってきて言った。
「夏生、今日はおんのお祝いばするけん、ちいと付き合え。よかね?」
有無を言わさぬ感じで、吉田さんが迫って来た。
吉田さんにしてみれば飲みに行く良い口実ができただけだろうが、誘ってくれて悪い気はしなかった。
「友達と電話する約束のあっとばってん、早めに終わるんなら喜んで」
「何ば言いよっとか。よかけん付き合え」
「え、ええ。わかりました」
由乃へ連絡をすることが少し怖い気がしたが、もっと話をしたい気持ちが抑えられなかった。
悪いけど中座して、LINEで話すことにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕と吉田さん、慎之介さんは連れ立って、この間麻梨絵を呼び出した居酒屋「花霞」に行った。
旨い刺身を少しつまみながら、吉田さんは船頭の心構えをとくとくと説いていた。
ありがたいけど、毎日聞いていることだし、まさか酒を飲んでまでも同じことを聞かされるとは思わなかった。
吉田さんの話はとにかく長い。同じ話が何度も出てくる。
全く途切れることがなく辟易しつつ、気が付くと、もう夜の十時を回っていた。
「あの、そろそろ友達に連絡ばせんといかんけん」
と中座しようとすると、
「せからしか! 先輩のしゃべりよる間は、ちゃんと正座して聞くもんぞ!」
と一喝された。
表情を見る限りシラフなのだが、慎之介さんによれば、これは吉田さんの『酩酊モード』だという。
吉田さんは「トイレ」と一言言って席を離れた。
やれやれ、と座り直すと、今度は慎之介さんが聞いてきた。
「夏生、今日、おんが卒業試験前にお客さんと話しとったろ? あれは誰ね?」
「大学時代の友達です。あん子に今から電話せんといかんとですよ」
「そうね。あん子、ひょっとしておんの元カノか?」
「うーんと、ええ、昔の話ばい。とっくに振られて、十月に結婚するげなです。何の相談か分からんばってん、話のしたかって」
「ふーん。早かこと電話してやった方がよかぞ。どうせ吉田さんは前立腺肥大で小便の長かけん。今掛けたらよか」
そう言われて、吉田さんが戻ってくるまでに僕は由乃に電話を掛けることにした。
メモに書かれたIDを入力している間、心臓が早鐘を打っている。
通話ボタンを押した。
時間が遅かったのか、由乃は出なかった。
すると吉田さんが帰ってきて、
「夏生、次行くぞ、次」
と言って、僕の肩をがっちりと掴んで離さなかった。
僕は観念して、吉田さんに次の店に付き合った。
上機嫌になった吉田さんに引っぱり回されて、結局僕が自宅にたどり着いたのは午前二時だった。
由乃へ連絡が出来ないでいることが気がかりだった。明日、連絡しよう。
自分の部屋に戻ろうとすると、父さんがそこに立っていた。
「夏生、お前、源五郎んところで船頭ば始めたげなな」
確かに父さんには何も言っていなかった。
「うん、今日正式に船頭になったとよ」
「そうか」
父さんはそう言って、トイレにたどたどしく歩いて行った。
僕が行こうとすると、父さんはトイレの手前で立ち止まって、僕に向かって頭を下げた。
「お前には借金の事で迷惑ば掛けて、ほんなこつ済まん。こん通りたい。許してくれ」
「なんば言いよっと。僕の方こそ、お父さんたちの期待に応えられんで、東京から逃げて帰ってくるごたる真似ばしてゴメン」
正直、色々と混乱したし、迷惑だとも思っている。
それでも父さんをなぜか恨んだりすることだけは出来なかった。
「呼び止めてすまんかったな。明日も早かろ?」
「うん、もう寝るけん」
僕がそう言うと、父さんはトイレのドアを開けて入って行った。
人生って思うようにいかない。
父さんだって、きっと今の状況を好き好んで引き起こしたのではないはずだ。
僕だってそうだ。
自分がこんなにも弱くて、要領が悪くて、そのくせ自分本位で、みじめで、情けなくて。
こんな僕は、あの日、由乃の家に行かなかったとして、そのまま付き合っていたら由乃と結婚できたんだろうか。
いや、僕の家族の事をよく思っていない由乃の両親はいずれ由乃に別れるように進言しただろうし、由乃も僕のこんな弱さや隠している自分本位なところに気が付いて、嫌になっただろう。
僕は、由乃が僕と何を話したくなったのか、皆目見当がつかなかった。
しかし、さすがにこの時間に連絡を取るのは非常識だろう。
「明日にしよう」
そう呟いて、疲れもどっと出たのか。僕はそのまま泥のように、深い眠りに落ちていった。
第5話を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
厳しい先輩ながらも、夏生を一人前の仲間として認めて祝杯をあげてくれる吉田さんと慎之介さん。
こういう泥臭いけれど温かい人間関係こそ、彼が東京で失っていたものかもしれませんね。
そして、由乃への電話はすれ違ってしまいましたが……帰宅後の、お父さんとのやり取り。
お互いに不器用で、でも心の底では気遣い合っている父子の姿が伝わっていれば嬉しいです。
次回、いよいよ夏生は由乃と連絡を取れるのでしょうか?
結婚を控えた彼女が、なぜ夏生の舟に乗り、連絡先を渡したのか……。
「親父さんとのシーン、グッときた!」「由乃との会話が早く見たい!」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや下部の星(★)での評価をお願いいたします!
次回の更新もどうぞお楽しみに。




