第2話 残酷な真実と、どんこ舟
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
前回、すべてを失って逃げるように故郷・柳川へと戻ってきた夏生。
第2話では、彼が由乃の親友から「残酷な真実」を告げられ、さらなる絶望の淵へと立たされることになります。
しかし、どん底まで落ちた彼を救い上げたのは、故郷の水郷の風景と、昔馴染みの豪快なオジサンでした。
絶望から一筋の光を見出す第2話「残酷な真実と、どんこ舟」、どうぞお楽しみください!
「夏生、久しぶり」
僕は由乃の親友だった麻梨絵を、駅前の居酒屋に呼び出していた。
「元気そうやね。麻梨絵」
「もしかして、由乃の事ば聞きたかと?」
僕が呼び出した理由なんてバレバレなのは仕方ない。
「未練がましかてことは分かっとる。引きずる男なんて情けなかも分かっとる。ばってん」
麻梨絵は一瞬困った顔をしたが、決意したようにキッとした目つきになって言った。
「夏生、今でも由乃のことが好きなら、そっとしといてやって。夏生と別れた後、由乃、手首ば切ったとよ」
麻梨絵の言葉は衝撃的だった。
正直にいえば、親の言うことを聞いて僕との別れを選んだ由乃に、僕は恨みを持っていた。
そしてどうしようもなく愛していた、つもりだった。
こんな惨めで独りよがりな自分が情けなく思えて、体が震えた。
「由乃は夏生ば裏切ったって思い悩んでね。今更、あんたに何がでくると? 結婚する夏樹君が、そげん由乃ば包み込んで、ようやくここまで立ち直らせてくれたとよ。由乃は夏生に対する義理ば、あの葉書で果たしたとやけん」
その通りだ。今、僕に何ができるわけでもない。ご丁寧に、僕と一字違いの『夏樹』という男と結婚するというオマケ付きだ。
「夏生、あんた由乃に葉書ば送ったろ?」
「あ、うん」
「バカやね。あんたからの葉書、ポストに入っとったとば、由乃のお母さんが先に見つけて読んで捨てたとよ。由乃はそれでお母さんと大喧嘩してさ」
結局僕は、由乃の何者にもなれず、由乃を更に苦しめるためだけに戻ってきてしまったようだ。
「やけん、あんたが由乃にしてやれることはもう何もなかけん。そっとしといてやって」
目の前の麻梨絵がそう言っているのが幻のように思えた。それだけ僕の心は混乱していた。
——気がつくと、僕は水路に架かる橋の欄干に登っていたのだ。
「おい、おん!」
夢現のようで意識が混濁した状態で欄干に立っていた僕に、野太い声で誰かが声を掛けた。
「おん、そっから飛ぶつもりね?」
「僕んことね?」
「おんしかおらんめーが。手ば貸すけん、そっから降りんね」
「す、すみません。独りで降りらるっけん、大丈夫ばい」
正気に返った僕は、欄干から道路側に飛び降りて見せた。
「一体全体おん、何ばしよっとね? 穏やかやなかね」
「あ、ああ、ええと……ちょっとショックなことがあって。声ばかけてもらわんやったな、そんまま飛びよったかもしれんばい」
「まあ五月やけん、水は冷とうなかばってん、こん川は浅かけんな。頭から落ちたらひとたまりもなかぞ? おんも知っとるやろ?」
「は、はい。申し訳なか。ご心配ばおかけしました」
僕は申し訳なくなって恥ずかしくて、一刻も早くここを去りたいと思った。
「お、おん、夏生じゃなかね? こっちにいつ戻ったんね?」
よく見ると、この人は川下りの会社を経営しながら船頭をしている源五郎さんだった。
父の小中学校の同級生だ。
「ひと月ほど前ばい」
「確かおんは東京に勤めに行ったったろ? なんで戻ったんね? ここでなんばしよっとか?」
田舎者にはプライベートという概念があまり無いが、まさに源五郎さんもそのタイプだ。
僕は観念してある程度の経緯を話したが、由乃の件は上手くぼやかした。
流石に源五郎さんにはそこまで踏み込んで欲しくなかったからだ。
「川下りん船頭……ね?」
「そうたい。やってみたっちゃよか」
「僕にでくるもんね?」
この街には城跡の公園を中心にお堀と水路が網の目のように張り巡らされている。
どんこ舟と呼ばれる小さな船による川下りは観光の名物となっていて、その船頭は市民からも人気だ。
長い竿を川底に差し入れ、手繰り寄せる。
その間中、観光コースのガイドをし、地元にまつわる小唄、童謡、歌謡を歌い上げる。
そんなマルチな才能が必要な仕事だ。
「若かもんのなり手がおらんとよ。昔のごたっ年上のイジメとかはのうなったばってん、割に合わんとやろな」
僕は競ったり、口から出まかせを言って人を騙すようなことができなかった。
だから生保レディの人たちには、あまり強く目標達成を迫ったり、未達成について強く詰ったりという事はしなかった。——というより、できなかったのだ。
そこに付け込んできたのが保険会社の先輩や支店長だった。僕は弱き者を虐げる格好の的だったのだろう。
「や、やらせてくれんね!」
自分でも少しビックリした。決して船頭の仕事を甘く見ていたわけじゃない。
でも、思わず声が出たのは、自分を変えなければダメだと思ったからだ。
「そうか。なら、明日からワシんところに弟子入りたい。今日はゆたっと寝らんね」
船着場に六時、と言い残して源五郎さんは右手を上げて去っていった。
僕の再就職先は、こうしてあっさりと決まったのだ。
第2話を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
由乃の親友、麻梨絵の口から語られた由乃の真実に打ちのめされ、自暴自棄になってしまった夏生。
しかし、橋から身を投げようとした彼を引き留めたのは、父の旧友である源五郎さんでした。
柳川弁(筑後方言)の温かくも力強い言葉に背中を押され、夏生は「どんこ舟」の船頭として再起を誓います。この少しお節介で温かい距離感が、田舎ならではの良さですね。
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それでは、次回の更新でお会いしましょう。




