第97話 陽動と潜入
封鎖された神殿を見つめながら、全員が黙り込んでいた。
街道は木柵と兵士たちによって、完全に塞がれている。等間隔に並ぶ柵の隙間から、槍を持った兵士が巡回する姿が見えた。その後方、少し高くなった土手の上には、弓兵まで配置されている。矢の届く距離を、既に計算し尽くしているような、整然とした布陣だった。
正面突破は、自殺行為だった。
誰も、それを口にする必要すらなかった。見ればわかることだった。
重い沈黙を破ったのは、ラグナルだった。
「……一つ、方法があります」
全員の視線が集まった。
ラグナルは街道脇に落ちていた枝を拾い、地面に簡単な地図を描いた。
「ここが正規の参道です」
枝で一本の線を引いた。
「そして、ここが世界樹神殿」
さらに円を描いた。
「この道以外にも、神殿へ辿り着く道があります」
枝が神殿の西側へと、伸びていった。
「建国以前から使われていた、古い巡礼路です。今では巡礼者も、ほとんど利用しません。森に埋もれ、獣道のようになっています」
リアナが地図を覗き込んだ。
「通れるのですか」
「人一人なら」
ラグナルは頷いた。
「荷車は無理ですが、我々なら問題ありません」
マリーが尋ねた。
「軍は、その道を知らないのか」
「知っています」
ラグナルは静かに答えた。
「ですが、軍勢を動かせる道ではありません。警備の主力は、正面に集中しているはずです」
その話を聞き終えたアリシアが、しばらく考え込んだ。
地面に描かれた地図を、じっと見つめていた。正面の道。西の巡礼路。柵の位置。兵の配置。
やがて顔を上げた。
「でしたら」
全員がアリシアを見た。
「正面に兵力を、さらに集めましょう」
アイリが笑った。
「つまり、私か」
「はい」
アリシアは頷いた。
「アイリさんとラグナルさんには、正面へ出てもらいます」
ラグナルが眉を上げた。
「二人だけで、ですか」
「目的は、勝つことではありません」
アリシアは、静かに首を振った。
「兵士たちの目を、正面へ向けさせることです」
地図の正面を指した。
「アイリさんが動けば、敵の指揮官は間違いなく全兵力を集めます」
マイアが小さく頷いた。
「確かに。あれだけの活躍を見せられれば、警戒せずにはいられないでしょうね」
「その間に」
アリシアは、古い巡礼路を指した。
「私、マリー、リアナ、マイアさんの四人で、神殿へ向かいます」
ラグナルは、地図を見つめながら頷いた。
「理にかなっています」
アイリは肩を回した。関節が小さく鳴った。
「昨日より、大暴れできそうだ」
アリシアは苦笑した。
「神殿を壊さない程度に、お願いします」
「努力はする」
「努力では、困るんですが……」
リアナが小さくため息をつき、その場にわずかな笑いが生まれた。張り詰めていた空気が、ほんの一瞬だけ緩んだ。
しかし、ラグナルの表情は、すぐに引き締まった。
「一つだけ問題があります」
「何ですか」
「封鎖部隊の指揮官です」
ラグナルは兵士たちの陣形を、遠くから見つめた。
「これほどの兵を率いる以上、並の将ではありません。恐らく、ハラルド直属の将軍です」
アリシアも視線を向けた。柵の奥、少し離れた天幕の前に、指揮官らしき人影が見えた。
「冷静な指揮官なら、陽動と見抜く可能性がありますね」
その時、アイリが笑みを浮かべた。
「だったらその将軍ごと、私が相手をすればいい」
全員がアイリを見た。
「指揮官が前に出てくれば、兵は放っておけない。嫌でも全員、私に釘付けになる」
アリシアは静かに頷いた。
「……お願いします」
アイリは剣の柄に手を置き、不敵に笑った。
「任せろ」
その一言に、不思議と誰も不安を覚えなかった。これまで、この剣士が見せてきた力を、全員が知っていたからだった。
こうして六人は役目を分けた。
陽動班――アイリとラグナル。
潜入班――アリシア、マリー、リアナ、マイア。
夕暮れの光が、地面に描かれた簡素な地図を、静かに照らしていた。
世界樹神殿を目指す作戦が、今静かに動き始めていた。
つづく…
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