第94話 四つの道標
街道脇の土を掘った。
四人分の小さな墓だった。エイナール。ヘルガ。ガルム。シグルド。ラグナルのかつての部下たち。
誰も多くを語らなかった。ただそれぞれが土を静かにかけていった。
全てが終わった頃には、日が傾き始めていた。
埋葬を終えた後、ラグナルが静かに口を開いた。
「黒曜騎士団が、動いたということは」
まだ土を見つめたままだった。
「ハラルドは、マリアンネ様が生きていることを知った」
全員が沈黙した。その事実の重さを、それぞれが噛みしめていた。
ラグナルは続けた。
「これから先は、今までとは違います。もう追跡部隊ではありません。王国軍そのものが、敵になります」
アリシアが尋ねた。
「ラグナルさん。これから、どうすればよろしいですか」
ラグナルは少し考えた。それから地面に、枝で簡単な図を書き始めた。
「まず」
枝の先が一つ目の印を記した。
「味方を集めます。我々六人では王都は落とせません。兵が必要です。旧王国騎士団を探します。二年前の粛清で、多くは処刑されました」
「ですが」
ラグナルの声に、わずかな光が宿った。
「生き延びた者もいます。彼らは今も、各地に潜伏しています」
マリーが驚いた声を上げた。
「まだ……いるのか」
「おります」
ラグナルは頷いた。
「粛清を逃れた者、密かに逃亡した者、数は多くありません。それでも貴重な戦力です」
二つ目の印。
「姫様の存在を知らせます」
ラグナルは続けた。
「彼らは姫様が、亡くなったと思い込んでいます。生きていると知れば」
少し笑った。
「必ず集まります」
その言葉には確信があった。長年王家に仕えてきた者としての確信だった。
三つ目の印。
「北部諸侯を、味方につけます。ハラルドに不満を持つ領主は、少なくありません。ですが」
ラグナルの声が少し沈んだ。
「誰も、最初の一人にはなれない」
アリシアが口を開いた。
「旗が、無いからですね」
「はい」
ラグナルはアリシアを見た。
「姫様が、旗になります」
地面に描かれた三つの印を、全員が見つめていた。
味方集めの為、旧王国騎士団を探す。王女の存在を知らせる。そして北部諸侯を味方につける。
一つ一つは小さな一歩だった。しかしそれらが繋がったとき、国そのものを動かす力になる。
マリーは、地面の印を見つめていた。
自分の存在が、これほど多くの可能性を動かす。その重さを改めて感じていた。
「わかった」
マリーは静かに頷いた。
「それから」
ラグナルは更にもう一つの印を、地面に記した。
「世界樹神殿にも、行かねばなりません」
その名に、マリーがわずかに反応した。
「神殿……」
「はい」
ラグナルは頷いた。
「世界樹神殿は、建国より遥か前から存在する宗教組織です。ヴァルケリア王家よりも、古い」
全員が耳を傾けていた。
「王国が建国された際、初代国王は世界樹神殿から、王権の祝福を受けて即位しました。戴冠の儀、と呼ばれるものです。以来、歴代の国王は即位の前に、必ず神殿で儀式を行います」
ラグナルの声には、確かな重みがあった。
「つまり神殿は、王を認める唯一の機関なのです」
アリシアが口を開いた。
「では、その神殿の後押しがあれば」
「はい」
ラグナルは続けた。
「ですが神殿は通常、政治には一切関与しません。掟があるのです。神は王を選ばない。神は真の王が現れた時だけ、それを証明する。そう定められています。戦争にも介入しません。軍も持ちません。誰にも加勢しません」
マリーが、眉を寄せた。
「では、何ができる」
「ただ一つだけ」
ラグナルは、静かに言った。
「証明することができます。神殿の最奥に、世界樹の祭壇があります」
ラグナルは続けた。
「そこには建国以来、誰にも動かせない神器が祀られています。王印。初代国王が世界樹から授かった、黄金の紋章です。この神器には、不思議な力があります。王家の血を引く者しか、触れられません。偽物が触れても、何も起こらない」
マリーの表情が変わった。
「私が触れれば……」
「はい」
ラグナルは、まっすぐマリーを見た。
「姫様が王印に触れれば、神殿全体に白銀の光が広がるでしょう。巨大な世界樹が共鳴し、神官全員がその場に跪くはずです」
その光景を想像したのか、マリーはしばらく何も言えずにいた。
「大神官が、こう告げます」
ラグナルは続けた。
「世界樹が認めました」
「この方こそ、ヴァルケリア連邦王国、第一王女。マリアンネ・ヴァルケリア殿下です、と」
「それで」
アリシアが尋ねた。
「ハラルドは、どうなるのですか」
「終わります」
ラグナルの声に、迷いはなかった。
「なぜならハラルドは、戴冠していません。摂政に過ぎない。神殿は彼の戴冠を、拒否しています。理由は単純です。王家の血を引いていないから。つまり彼は、正式な王ではないのです」
ラグナルは続けた。
「神殿が姫様を、王女と証明したその瞬間、証拠に変わります」
ラグナルは、地面の四つ目の印を指した。
「北部諸侯は、神殿が認めたと知れば参戦するでしょう。旧騎士団は、本物の王女だと知れば集結するでしょう。民衆は、神が認めたと知れば蜂起するでしょう」
その一つ一つの反応が連鎖するように繋がっていく様子が、全員の頭の中に鮮明に描かれていった。
しかしマイアが、静かに口を挟んだ。
「神殿は、力を貸してくれるのですか」
「いいえ」
ラグナルは首を振った。
「大神官は、恐らくこう言うでしょう。我らは、王を作ることはできません。ですが、王を偽る者を、認めることもありません」
「つまり神殿自身が動くことはないが、証明することだけはしてくれる、ということですね」
「ですが問題があります」
ラグナルの表情が、少し曇った。
「神殿へ行くこと自体、容易ではありません」
「なぜだ」
マリーが尋ねた。
「神殿へ続く聖域は」
ラグナルは、地図の北方を指した。
「既にハラルド軍が、封鎖しています」
その一言に、全員の表情が引き締まった。
王印に触れるだけで、状況を一変させられる。しかしそこへ辿り着くこと自体が、大きな戦いになる。
夕陽が、地面に描かれた四つの印を、静かに照らしていた。
これから始まる道のりが、ようやくその全貌を見せ始めていた。
つづく…
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