第93話 朱雀、舞う
アイリが前に出た。
「こいつらは私一人でやる。みんなは下がっていろ」
その一言に、ラグナルは愕然とした。
六人の仮面の男たちも、明らかに戸惑っていた。
「一人で我々六人を、相手にするというのか」
零番と名乗った隊長格の男が言った。感情の読めない金色の瞳が、アイリを見据えていた。
「慢心か。それとも狂気か」
アイリは肩を回した。口元に不敵な笑みが浮かんでいた。
「身体がなまっていたところだ。本番前のウォーミングアップには、ちょうどいい」
アリシアたちは誰も止めなかった。
リアナだけが、小さく微笑んだ。
「始まりますね」
ラグナルはその反応に驚いた。
「止めなくていいのか」
マイアが静かに答えた。
「ええ。アイリが一人でやると言ったなら、一人で終わらせます」
その一言に迷いはなかった。
ラグナルはその四人の落ち着きに、かえって不安を覚えた。
六人が同時に動いた。
四番の矢が放たれた。三番の双剣が迫った。一番の槍が突き出された。二番の大剣が振り下ろされた。五番の魔剣が闇の刃を纏った。
完全な連携だった。
普通の剣士であれば、避ける間もなく終わっていただろう。
しかしアイリは、避けるだけだった。
最小限の動きで矢を、刃を、槍を、次々とかわしていく。まだ剣を振っていなかった。
ラグナルは目を見張った。
(見えている……全部)
六方向からの同時攻撃。それをまるで止まって見えているかのように、対処している。
「遅い」
アイリが呟いた。剣が一閃した。
「雀炎閃」
炎の波が走った。四番の弓が真っ二つに断たれた。弓騎士が崩れ落ちた。撃破だった。
続けて剣が大きく振るわれた。
「火炎斬」
炎を纏った斬撃が二番の重騎士を捉えた。黒曜の鎧ごと、その巨躯が後方へと吹き飛んだ。地面に深い跡を残しながら、動かなくなった。
三番が双剣を構えたまま、じりじりと後退した。
「鳳凰剣舞」
アイリの剣が、幾重にも残像を残しながら舞った。
気づいたときには三番は地に崩れていた。残像だけが、その場にしばらく留まっていた。
この辺りで、零番――ゼーヴェリンは理解していた。
「隊形を変える」
短く命じた。
残った一番、五番、そしてゼーヴェリン自身。三人は初めて理解していた。
この女は一人ずつ仕掛けて、仕留められる相手ではない。
「鶴翼の陣」
ゼーヴェリンが再び短く命じた。
三人は即座に動いた。槍が距離を支配した。魔剣が斬撃を重ねてきた。その隙間、ゼーヴェリンも確実に突いてきた。
一対一ではなかった。三人が互いの死角を、完全に補い合っていた。
ここで初めて、アイリは剣を握り直した。
「なるほど」
口元が少しだけ上がった。
アイリはギアを上げた。一瞬で二人を倒した。
一番の槍が砕けた。五番の魔剣が、真っ二つに断たれた。二人とも、声も上げられずに地に伏した。
ラグナルは、思わず息を呑んだ。
「なっ……今まで、本気ではなかったのか」
マイアが静かに頷いた。
「ええ」
残るはゼーヴェリン、ただ一人だった。
ここだけは互角だった。
剣と剣が幾度も交わった。十数合。息もつかせぬ打ち合いが続いた。
金色の瞳とアイリの瞳が、真正面からぶつかり合っていた。
「これほどとは」
ゼーヴェリンが、口を開いた。
アイリは笑った。
「お前、今までで三番目くらいには、強い」
その言葉に、ゼーヴェリンの瞳が初めて揺れた。
感情を宿さないはずの、その金色の瞳に、わずかな動揺が滲んだ。
アイリは剣を構え直した。最後の一撃だった。
「火炎斬・烈」
炎が剣身を包み込んだ。先ほどの比ではない密度だった。
振り抜かれた一閃が、ゼーヴェリンの防御ごと、その体を捉えた。
黒曜の鎧が砕けた。巨大な炎の余波が、街道のあちこちを焦がしながら消えていった。
ゼーヴェリンの体が地に崩れ落ちた。仮面が割れ、地面に転がった。
全てが終わった。街道には静寂だけが残っていた。
アイリは剣を鞘に収めた。振り返り、仲間たちを見た。
「こんなものか」
その声に疲れはなかった。
マイアが小さく笑った。
「さすがね」
ラグナルはしばらく言葉を失っていた。目の前で起きたことが、まだうまく信じられずにいた。
六人の黒曜騎士団。国家最強と謳われた、その精鋭部隊が。
たった一人の若い女性に、全滅させられた。
つづく…
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